→【他神の情事に巻き込まないでほしい。】→寝取られではないことを寝取られと思い込むな。


→寝取られではないことを寝取られと思い込むな。




 気になることはあっても昔話は止まらない。

 実らないとしか思えないような他人のアプローチなんて、見て居られるもんじゃないから止まってほしいものではあるけど。

 兄神は、誰が見ても幼馴染神に好意を抱いていることがわかるくらいそう接していた。


 しかし、幼馴染神は変わらない。


 気持ち悪がったわけじゃない。

 受け入れたわけじゃない。

 冷たくなったわけでもない。

 ずっとずっと優しいままだ。


 見て居られないのは、兄神がそれに気付いていない事。

 嘘、嘘、嘘ばかりなのだ。


 兄神は評判がよくなった。

 前に比べてよくできるようになったな、と他神に言われ。

 管理する地の人にも讃えられることが増え。

 微笑むことに慣れて、そうすることで元からいい容姿はいいように働いて。


 ぐるぐるぐるぐる回る全ては嘘でできている。

 嘘でできていたから、初めて手に入れたそれに違和感なんて持つことはできなかったのだ。

 その意味を知らなかった。知ろうとしなかった。


 全ては、独りよがりでしかないのだ。

 兄神という存在は、初めからずっとそうだと思った。

 さすがに哀れになってくるものだ。


 幼馴染神の態度とは、弟神を除いて全てが同じだという事を。その現場を見るまで、その意味を本当に考えもしなかったのだ。思い込みとは恐ろしい。感情に盲目とはこういうことだ。

 全て自分に都合よく解釈していしまう。それはありがちなことではあるが、ものとタイミングによっては致命的になるのだというわかりやすい例だ。


 優しくしてもらえるのは。

 怒ったところみない笑顔に溢れているという事を。

 会話して笑ってくれるという事を。

 話を聞いてくれるという事を。

 凄いと褒めてくれることを。

 そうだね、と相槌を打ってくれることさえ。


 自分自身に、強い興味を持ってくれているからと。


 全て同じという事は、全部同じに見えているという事だ。

 マイナスはないかもしれない。だが、それは感情がある側にとってはいいことではないのだ。

 プラスもないのだから。


 幼馴染神にとって、兄神とは。

 その辺の有象無象と同じと、態度でいつも示されているのと同じだったのだ。


 それを、兄神は幼馴染神が弟神と話しているのを見た時に自覚してしまったのだ。


 顔が違う。

 声が違う。

 雰囲気が違う。

 違う! 違う! 違う!

 何もかもが違う!


 そこには、もしかしたら、とか、見間違いだ、とか、そういうものが介在する余地がなかった。

 一目見て、兄神にすらわかるほどに、はっきり示されていたのだ。


 あぁ、いつものは、余所行きなのだ。本音ではない――いや、本音ではあるのか、『どうでもいい奴にする態度』として一貫している――ただただ流す態度でしかないのだ、と。


 優しくしてもらえるのは。優しいのではなく興味がないから軋轢も無駄にうまないだけで。

 怒ったところみない笑顔に溢れているという事を。表情を固定していて動かすほど興味もないだけで。

 会話して笑ってくれるという事を。笑っていれば勝手に納得すると知っているから。

 話を聞いてくれるという事を。きっと明日聞けば『そうだっけ』と思う程度で。

 凄いと褒めてくれることを。内容がどうであれ、褒めればたいていの生き物は満足するというだけで。

 そうだね、と相槌を打ってくれることさえ。そういえば、向こうから話を振られたことはないのだという事に気付く。


 兄神は唖然とした。

 そして、例外の相手が弟神である。


 兄神の側に――気持ちよくはないが――たって見てみれば、もう完全に落ちて言っているのがわかる。落ちる音がするような気さえするレベルで駄目な穴に落ちていくのが。

 勝手に恋だの愛だのという穴に落ちていって、その穴が汚らしい泥で満たされていたことに気付いて憤慨しているみたいな。したり顔で恋は落ちるもの! という事を言うやつがいるが、つまり落ちるのは簡単でも、這いあがるのは難しいという事なのだろうか。


 その後の行動は予想外だった。

 それが掠め取ったものだとしても、兄神にとっては自信となってはいたのか。

 幼馴染神になんと告白めいたことをした。


 いや、ダメだろう。


 幼馴染神は明らかに弟神に好意を抱いているのだ。

 そして、兄神がしていることを知っている。


 いや、無理だろう。


 そんなことをしているのに、嫌うほどの興味も持たれていないのだ。

 認めたくないだけかもしれないが、少し考えれば全く脈がないどころの話ではないという事に気付くだろうに。


 というか、どこを好きになったんだろうか。


 見てみれば、都合が良かったものが心地よすぎたからいまだに認めたくないのとか、うまくいけばとか、弟神への憎悪とか嫉妬とか殺意とか、見た目もとか、承認欲求とか独占欲とか、代替とか。

 もはや、幼馴染神だけではない感情まで絡みついてわけがわからなくなっている。


 そうして、感情を制御できないままに告白して。弟神への対応といい、無駄に行動力だけはある。

 当たり前に玉砕した。その状態で受け入れられたほうが怖いと思う。

 返事といえば、それも特別きつくなく。


『そんな風に思ってくれて嬉しいけど、ごめんね。そういう風には思えない』


 と、いつものような笑顔で。

 兄神には、それが何より辛いものだった。






 これで幼馴染と弟が付き合えば、寝取られものとかで見そうな展開かもしれないなとか、もう完全に他人事として思う。

 そしたら、もしかしたら兄がそっちに目覚めるみたいな話もあったかもしれない。

 だが、そういう道さえ許されていないのだ。


 弟神は、幼馴染神には興味がない。

 その薄い感情は、幼馴染神が兄神に向けている興味より下の感情しか向けられていない。


 弟神にとって、幼馴染神は己と似たようなものでしかないのだ。

 無難にこなして、演技をして全てを切り抜けている。何かが特別劣ることもなく、優れることもない。優秀レベルでおさまる程度の優秀な神。

 兄神は優しくされたから必要以上に美化しているところがあるようだが、容姿も能力も良くて中の上レベルでしかないのだ。表向き上手くいくような事を弁えて振舞っているから評判がいいというか、悪い評判が少ないだけだ。

 だから、弟神は興味がなかった。兄神が好ましいと思っているようだから、そっちにいけばいいんじゃないかとすら思っているくらいに、そういう対象としては興味がなかったのだ。興味がないから離れろという嫌悪すらない、奇しくも幼馴染が兄に向けているような態度を向けていたわけだ。


 つまりは、全部一方通行である。

 何を見せられているんだろうか本当に。

 イライラしてくる。


 共感出来たりできなかったりするところはあるが、そもそもこれを見ても何も得はない。

 そういえば、芽依がここに来る前に『私は彼女じゃない』みたいなことを言っていた気がする。

 拒絶された裏返しで呪っているとしたらもう気持ち悪すぎないだろうか。


 いっちゃあなんだが、確かに幼馴染神がいい奴とは言い難いが、別に悪いと特別言われるようなことだってしていないわけで。

 むしろ、悪意を持って傷つけたり操ったり利用したりしていないだけマシとすら思う。

 ぶっちゃけそういう風にもできる程度には好意を持っている神がいたようなのだ。


 だけど、そういうことはしていない。よく見れば気付くような同じような態度をして、勝手に勘違いされた。

 ただそういう興味を持っていないから、それ以上勘違いされないように曖昧にせずきっちり断った。よくいるような『これからも友達でいましょう』等という曖昧回避みたいなこともしていないのだ。可能性がないのにあると示唆するより、言葉汚く断られるより、よっぽどいい方ではないかとすら思う。


 なのに結果的にそこまで恨まれては、それは幼馴染神として心底たまったものではないだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る