→【そうして話しながら登った先。】→そうは問屋が卸さない、みたいな。
→そうは問屋が卸さない、みたいな。
おぉぉ。という声が聞こえる。
大祐ではない。もちろん、俺自身でもない。じゃあなんだという話なのだが、それらはそこらじゅうから聞こえてくるのだ。
先ほどの異常と地続きになっているように、地獄に引きずり込もうと先ばかりの力のこもった声である。
死から地獄へ行くというのなら、門の前ではそのような歓迎の声がかかるのかもしれないと思わせるような声。
そんなものが、全方向から聞こえてくる。出所はわからないのに、気付けば囲まれているように存在感がある。見えもしないのに。視界の隅に影がちらりと見えるように。時計が止まるように。夜、外に気配を感じるように。子供のころ闇の中にいた誰かを見るように。
逃げようがなく、動きようのない。
「――!!!」
空が染まる。薄汚れた禍々しく輝く極彩色。だらりと垂れて今にも落ちてきそうな粘度を持ちながら、内臓のように艶めかしく絶えず流動している。
大祐と社の交流? は続いている。振動機能は動いていないのに、コントローラーが震えている気がする。
いや、手であろうか。体だろうか。俺はどこにいるのだろうか。
強く意識することで、現実の自分。
ゲームにのめり込むことで、ゲームでの自分。
今までは明らかに現実の俺が強いはずだったのに、引っ張られてしまっている。
抜け出せない。
コントローラーはどこだろう。そう思う事で、どっちつかずになって宙ぶらりんになる。
俺という存在の所在がわからない。
俺はいったいどこにいて、何が現実なのだろう。
俺はいったい誰だろう。
どこにいる俺が――
「やめろっ!!!!」
どこまでも落ちて分解されて行きそうになった時、その声はひと際大きく響いた。
そうして、場を切り裂くような声と同じく飛び込んできた人影は芽依の形をしているように見える。
芽依だと断定できなかったのは、俺でもわかるほど禍々しい何かの気配を噴出していることと、その眼球が今異常な空にようにてらてらと奇妙なマーブルで光っているからだ。
人に感じ得なかった。
外見でいえば、その異常は目だけであるはずなのに、その存在事が、人には。よくわからない多くが重なった何かに見えた。
人型の何かにしか見えなかったから、俺はそれを芽依の形をした何かとしか認識できなかったのだ。
「勝手しやがって! 相談でもして下手に出てりゃ私が丸く収めてやったってのにっ……余計なことをしやがる!」
その何かが、焦っていることだけはわかる。音階も声量もばらばらになり聞くだけで怖気が走るような音で大祐を罵っている。おおよそ、人からでる音ではない。怨霊かいえば、と言われれば納得してしまいそうな悍ましさがある。
急速に力が収束していくのがわかる。
それは、大祐と芽依を起点にしたものだ。
俺はなぜここにいるのだろう。
ふと、そんな事を思った。二人に関係しているのに、状況に対してあまりに置いてけぼりだからだろうか。
「――余計なこと?」
「余計なことだろうが! 丸く収まることを、わざわざ啓くんまで巻き込んで駄目にしやがったんだからっ」
目論見が成功しかけているという事なのか――交信のようなことを中断し、芽依に向き返った大祐は奇妙なことに次々に皮膚が治っているように見える。湿り重なった膿のようなものがどんどんとぽろぽろ乾いては剥がれ落ちていっているのだ。
良かったという気持ちと、異常の一部としてみてしまう気持ちがぶつかりあう。
「私をっ。この私をダメにしようとしてるんだよ? 三宮くん、人殺しとか、そういうのになりたかったんだぁ!?」
抑え目で、いつも通りに喋ろうとして失敗した、そんな風な口調の崩れ方をしたように見えた。
なんというか、ばらばらだ。
芽依が、わからない。
これはなんなのだろう。
確かに芽依なのに、その姿と雰囲気以外にも違和がある。
「人殺し? 俺は、呪いを母に返しただけだ。君なら俺よりわかりそうなもののように見えるが?」
「余計なことを、本当に余計なことばかりする。やっぱり、近く処分しておくべきだったんだっ」
「会話をする気がないのか? いや……何故だ? なんだこれは……どうして君に呪いが流れている?」
お互いに独り言をぶつけているようなものだ。
芽依は大祐が殺そうとしているといい、大祐は理由を聞いた後に一人で何かを見つけて疑問に思っている。
「知ってるよ、違う私が知ってたよ。表層だけしか知らねぇんだテメェはよ!
ここで啓くん連れて、新しい枝を選ぶみてぇな真似しやがって、どうしてくれるっ。どうしてくれるんだよっ!
せっかくうまく行く枝に乗れたと思ったのにっ。上手くいってた、上手くいってた上手くいってたんだよ!
お前さえ! 余計なことしなけりゃあなぁ!」
芽依が膨れ上がる錯覚。
押されている。
呪いを返すことに成功したのか、だからなのかこの人外らしくなっている芽依を前にして、余裕さえあった大祐が。
芽依は激昂しているためか何を言っているのかわからない。わからないが、そこには俺も関わっているという事だけがその聞き取り辛い声からわかる。そんな気持ちの悪いだけの状況。関わっているからといって、俺に今なにかできるとは思えなかった。
「ここにいる糞はなぁ! 他のモノを羨むことだけは、足を引っ張ることだけは、嫉妬に狂う事だけは、呪うことだけは、いいやそれだけが上手だったんだよ!
私がっ、この、私が、せっかく気に入らなくとも抑えて宥めすかすことに成功してたってのにっ……」
「何を知らないって……」
「てめぇのソレだって、私を通してくれたらどうにだってできたんだっ。そのくらい、私からアクションをかけられたなら、てめぇが下手にでさえして頼み込んだら、相談でもしたら、私はそうしてやれたんだっ。結果がこのざまだろうがっ。お前のせいで、お前のせいでぇぇぇぇ!」
芽依は、言葉のわりに大祐に襲い掛かるなどはしてない。
けれど、俺も大祐もその圧力を前に動けないでいる。異様に重力的な場が形成されているように、一歩踏み出すこともできない。むしろ、座り込んでしまいたいくらいだった。
「話の筋を勘違いしすぎなんだよっ。なんでちゃんと調べないで、そこまでのずさんさでこんな、啓くんまで巻き込んだ行動できるんだっ。始めましての行動しやがって、今更。だから私がきたパターンが無くて来るのも遅れるハメにっ……!」
錯乱だ。怒っていて、泣きそうで、叫び出していて、ぶつぶつとつぶやいている。
もはや、大祐の方を向いてもいない。その場でうずくまる様にしながら顔を抑えて――何かに耐えているように見える。
それが、何かはわからないが――堰き止められたダムのようにも感じてしまう。あふれ出ると、何か、とても良くないことが起きてしまうような。
「外せないっ。私を捨てられない、駄目だ。こんな、糞、糞、糞! こんなのおかしいよ! 助けて啓くん。助けて! 助けろよ! 助けろ! 私を助けろ早く! 最近は都合よくなってきてたろ!? 嬉しがってたろ!? そうだよね、都合よく付き合えるんなら私って啓くんの好みのタイプでしょ……!?」
ばっと起き上がって、その人に見えない目を向けてくる。見たくない色で気味悪く光っているはずのその眼球が、まるで底のない穴のように見えた。こちらを、吸い込んでしまいたくてたまらないように。
体が勝手に震えて、下がってしまう。下がる? 操作した感覚はなかった。
それをどう見たか、大祐が俺を庇うように一歩前に出る。やめておけよと、場違いにも冷静な部分の俺が内心ツッコミを入れてしまう。無理だろ。あれは、無理だろ。
そう、どうしてか、どうやっても逃げれないような確信のような、トラウマのような、そんな治らない傷のような、消せない傷跡のような何かを芽依に強く覚えてしまっている。俺は、意識もなく下がってしまう癖に、それ以上動くことも逃げることもできないでいる。
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