→【森崎の芽依ちゃんさんって。】→そうして話しながら登った先。
→そうして話しながら登った先。
そうして、色々な話をしながら登っていた。
ふいに、凍り付くような空気流れたような寒気を覚える。
それは、大祐も同じのようでぶる、と体を震わせたのが分かった。
「近い、な」
一言だけ呟く。
それが契機だったというようにあたりの雰囲気がざっと変わる。吐く息が白くなったわけでもないのに、幻視してしまうくらい芯から冷えてきたのだ。
視界も歪む歪む。霧もないのに、目の前が見えない。遠くが満足に見て居られない。
ぐるぐると、まっすぐ立っているのか揺れているのかもわからなくなる。
「う……げぇ……」
せりあがってくる熱いはずのそれを、冷たく感じながら吐き出す。食ったものがびしゃびしゃと地面に向かって落ちているはずなのだが、その内容物であるはずのそれから、無数の手が伸びているのを見てしまった。幻覚だ。幻覚に違いない。違いないのに、どうしてこんなにも生っぽいのだろう。
声も聞こえだす。俺と大祐しかいないはずなのに。恨むような声。引きづり落とそうとする声。
その中に、あるはずのない無数の自分を見た。
逃げなければ。どこに。
「落ち着け!」
大祐の声がする。
同じくゲロをぶちまけはしていたようだが、俺よりもよほど落ち着いているようだ。
しかし、とまらない。次から次に幻聴幻覚吐瀉物があふれ出してくるのだからどうしようもない。どうしろというのだ。どうにかしろというほうがおかしいのではないか。
攻撃的な感情が湧く。ぼこぼことした底から別の――
「啓!」
はっとする。ぐっと力を入れると、少しはましになる。
何を考えようとしていたのだろうか。よくないことだけがわかる。
とても、引っ張られるような。
このままではまずい。呼吸もし辛い。どうにかしなければ。そう考えた時、自分を客観視することが大事みたいな話があったことを思い出した。そして、そうするための手段も。
ある種の禁じ手としていた――というかなっていたのだが、仕方ない。
コントローラーとVRゴーグルを意識する。
そうすることで、なんとも奇妙な――しかし慣れた感覚で――手足や臓腑から自分が離れていくのがわかる。
主点を現実の自分に寄せたという事だ。
現実の俺は吐いていないのだから、気持ち悪いはずがない。あんなにリアルに気分も悪かったのに、と混乱しそうになるのを無理やり押さえつける。
とても気持ち悪い状態になるためやらなかったというのもあるし、これをしてしまうと色々と拙い気がするというのもあった。そして、何より没入感等が失せるからというのもあって、ここまでずっとゲームをプレイしていて、現実の操作している方に意識して寄せる等というのはほとんどやらない事だったのだ。
それはそうだろう。こんな異常なゲームじゃなくとも、そんなことをしてゲームをしていても冷めるだけだ。
だが、そのかいあってというか。
体調が悪いのはキャラクターであるというものに認識を寄せることができた。
RPGでいくらキャラがHP削れようが、状態異常にかかろうが、操作プレイヤーは当然どうという事もないのと同じだ。できて当然のことであるはずが、とても緊張してしまった。
『ふ、ふぅ……』
「……? 大丈夫なの、か?」
『あぁ、問題ない、口の中は気持ち悪い感じするけどな』
嘘だ。
もうそんな感覚はない。喋りも違和感がある。違和感があるというか、対面して喋るようにではなくゲームしている、マイクを通す感覚に戻ったというべきか。
しかし、唐突に戻ったように見えたからか、疑問はあったようだ。しかし、大祐としてはそれはこんな状況では小さな違和感だったようで、ほっとしたのが勝った様子。
「社が近いんだ。その場でもないのに、こんなに明らかな異常が起こるなんていうのはさすがに予想出来ていなかった……」
『いまさら言っても仕方ない。動けるなら、いこうぜ』
「あぁ」
体力ももう俺は気にしなくていいのだから、楽なものだ。
大祐の方は辛そうだ。なんとか支える形で登っていく。
ず、ず、とまるで泥の中でも歩いてるように前に進まない。これが主観ならどれだけ辛かっただろうと思う。リタイアしていた可能性もあるだろう。元々、付き添いできたのだと自分を誤魔化すこともできるわけだし。
そう考えればこの状態もプラスだと捉えることができる。
「見えた」
ふと、前が開けた。
そこはまるで雨の日のガソリンが浮いた水をイメージさせる世界だった。
触ると害がありそうな、てらてらとした七色に、しかし鈍く光り輝くような。それが重苦しく漂っているような。中に入ることを、進むことを今まで以上に躊躇させる。こんなもの、ただ見ているだけでも正気が持っていかれてしまう。
俺でこれなのだ、大祐は震えていた。知らず、後ろ向きに下がろうとしているのがわかる。
『行こう。そのために、ここまできたんだろう?』
まだ冷静でいられる俺がそう声をかけると、はっと正気に戻ったように一度俺を見て、頷いた。
ここで帰っても、ただで済むとも思えない。
「あぁ。そうだな。そうだ……ありがとう。付いてきてくれて、本当に助かった」
そういって、一歩ずつ。しかし確かに歩を進めていけば――そこには、小奇麗な、しかし禍々しさをどうしたって受け取ってしまう社がぽつんと存在していた。
ここまで、人がくるだろうか?
そんなことはありえないと思う。けれど、社はその割に不自然に汚れもなければ、壊れてもいなかった。古めかしさを覚えるのに、どこか劣化していない印象すら受ける矛盾。気持ち悪かった。ここにあることが、ここにいることが、気持ち悪かった。
そして、ただそこにあるわけじゃなくて――確かに、そこには何かがいる。
わからないことを許さない。
そういうように、こちらが頭を垂れるのが当たり前だというように。威を放ってもいるのだ。大祐は立っているのもきつそうだ。俺でさえ、気を抜くとまた強くゲーム内の自分という主観に戻りそうになる。なんだそれは。
こんな異様なものが、現実にもあるということを認めなければならないのだろうか。そんなものどうしたらいいというのだろう。いや、どうする必要もないしどうにもできないのだが、知る事の恐怖から目をそらせない。
ゲームだと、ゲームだからと自分を誤魔化し切ることができないのだ。
これだけ、これだけオカルトめいていて、リアルに進んできてしまったのだから。これだけが例外だなんてことは、思えない。
狂ってしまいそうだと思う。
そんなの、このゲームを始めた時にこそ思うべきだったかもしれない。
そう思えないことを含めて、仕組まれた何かすら描いてしまう。
妄想だろうか。そう自らに言い切り、聞かせることができるだろうか。
俺には、今の俺にはその自信は持てない。
「待っていてくれ、後は、訴えかけるだけだ――それが通じるかどうかは、文字通り神頼みになってしまうが、きっとうまくいく。苦しくて、重くて仕方ないのに、呪いが引っ張られるのを感じるんだ。
恨みと呪い、それ以外にも複雑に絡みつくような負の感情。しかし、シンパシーのようなものもある。喜んでもいるような、そんな、このままじゃ正気じゃいられなくなるようなものを」
そういうと、大祐は包帯を外しだす。
きつく巻かれたそれは、外すには一度上着を脱ぎ、人に助けてもらわなければ外すのが難しいもののはずが、するすると抜けていく。
まるで、そうあることが正しいというように。まるで、手助けされているように。
待つほどの時間さえ立たず、するりと抜けて晒された肌は、いつか見た時とは違い――ぐずぐずと、それ自体に意志があるのだというように蠢いている。
それは幻覚ではない。確かに、爛れた皮膚が、化膿したようにあふれ出る膿が、引き寄せられるように蠢いている。
いる場所が違うというようにか。
それとも、より濃い場所に戻ろうというのか。
「―――!!!」
その中で、大祐が吼える。
何を言っているのか、どうしてかわからない。けれど、訴えであり、密告でもあるという事が何故だか理解させられる。
これは、普通ならうまくいかないんじゃないか、と不思議に考えが泡のように浮かんできた。
今こうして反応しているのは。
どうしてか、共鳴しているようになる部分があったからだと思った。
兄神とやらの、呪いたいという部分と。
大祐の、母やそれ以外への、俺にさえ話していないような根底にこびりつくような恨みつらみ。
そういう、どうしようもないそれらが。
もはや、俺はそれを眺めているだけの観客である。
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