→【質問をされたから答えた。】→三宮さん家。


→三宮さん家。




 金持ちだ。三宮君。

 金持ちだった。三宮君家。


 見た目というか服が垢ぬけている様子だったし小奇麗でもあったから、薄々そうなんじゃないかとは思っていたところだが……家が大きい。金があるとわかる家だ。いや一軒家じゃん。すぐ引っ越したのに一軒家とは……? 元からあったとかなんだろうか。

 家具が成金っぽくないセンスで、しかし高いとわかる綺麗なもので形成されている。


「か、格差社会っ……縮図……世界の……!」

「大げさな」


 部屋で高い菓子を頂きながら、これはわからないが高いっぽい味がする茶を飲む。高い味とかはわからないけどおいしい。

 部屋もまた綺麗なものだ。三宮君の性格か。


「さて、じゃあちょっと包帯とか、取り替えてくる」


 そういって立ち上がった時、声をかけた。


「手伝おうか」


 もちろん、からかいでいったわけじゃない。

 もしかすると、勘違いでそうでなくとも早かったかもしれない。


 でも基本的に俺は感情に従いたいタイプなのだ。我慢することを覚えはしたが、いつでもちょっとやってみたい衝動が消えたわけではない。

 だから、読んだ時点で『踏み込んで欲しいんだろう』と感じた。だから、このタイミングでそういって席をはずそうとしたから踏み込んだ。

 それは、『部屋で一人待たせても何をすることもなく、特に文句を言わない』という信頼だったかもしれないが――


 俺は自分が割と酷いやつだという自覚はある。特別悪い奴のつもりはないけれど、いいやつと言い切るほどの性格をしていない。

 そうではあるが、三宮君のそれに関していえば、ぶっちゃけ、仲良くなってきた時点で『痛そう』とか『不便そう』とは思っても負の感情はない。人の見た目は好みとしてそら綺麗な方に好印象を抱くが、だからといってそうでない人を下に見るタイプではないのだ。

 見ても『気持ち悪い』等とは思わないだろう自信があった。


 物凄く勝手な話、こういうのは後々勘違いで遠慮されると俺の方が頭に来てしまいそうだからというのもある。


 これで培ってきたものがダメになるならいつかそうなるということだろう、という気持ちで、俺は重くい空気は纏わせずに普通に聞いた。

 別に、普通に嫌がるならそれでもいい。

 話題にしても、気を使っても普通の状況、お互いそうすることを気にしないというのが大事なのだ、ストレスを溜めない関係というのは。いや、俺が一方的にストレスを感じたくないだけだといえばそれはそう。


「うつらないぞ!」

「落ち着け。返事がおかしい。それはうつるとかいって触れたところ露骨に洗いに行ったり、逆に手伝い要請に対して手伝いたくない、とかいったやつに言うべき台詞だと思うよ」


 想定外だったかもしれない。三宮君はたまに愉快である。

 そういう予想外の事態には弱いらしい。びっくりとかどっきりとかダメなタイプ。驚かすとヒョェ! とか変な声出しちゃうやつ。


「あぁ、うん。いや、しかし」

「はっきりいっておくと、ちょっと好奇心みたいなのがないとはいわないが、そういうのいちいち気にしなくていいし気にしないよ、というアピールでもある」

「それは、はっきりいっていいやつじゃないぞ多分……」


 まぁ、仲が良かろうが、一般的に怪我のあれこれを友達を緊急でもない限り手伝わしたりはしないだろうから驚くだろう。


 常識的に考えれば、余計なことではある。


 ただ、『知ってほしそう』な空気を感じていたのも事実。

 付き合いが深くなっていけばなるほどに、こいつも面倒くささがあるやつだということを知った。

 というよりも、『不安』が強いというべきか。


 『これ』があるから、いづれ知れた時に離れるんじゃないだろうか。

 友達でいられなくなるんじゃないだろうか。

 もしそうなら、早いほうがいいんじゃないか。


 みたいな。ある意味、俺と似てはいる。

 極端に言えば、合わないなら合わないで終わればいいと思う所が。

 それが、目的が傷を浅くするのか面倒ごとを少なくしたいかとかそういう違いはあるにしても。


「三宮君なんかそういう所気にしいだから、言っといたほうが逆に戸惑わないかなぁと」

「それはそうだが」

「じゃあいいじゃん!」

「……あぁ、そう。それでいいよもう……」


 落ち着いたか、ただ相手をするのに疲れたか。

 覚悟を決めた、というよりは力を抜いた様子で『じゃあ、こっち』と先導された。

 そうして先導されて別の部屋に入ると、そこには中心付近に椅子が配置されている、治療器具がある清潔な空間があった。

 そこにはこれまたかっこいいというかお顔のお整いなされているファッキンイケメンな大学生くらいの男がいて、入ってきたの俺たちを見ると同時に驚き顔で俺を見た後、続いて確認するように三宮君を見た。

 三宮君が頷くと、俺に向かって笑顔で『こちらにどうぞ』と自分が座っていた椅子を中心あたりにあった椅子の隣に並べて促した。


「こんにちはー」

「あぁ、こんにちは。兄です。都築君……でいいのかな?」

「あ、はい」


 いいながら、三宮君を見れば『今日呼ぶとは話しておいたから』と言われた。

 なるほど、と名前を知っている事には納得して、座る。


「ぶっちゃけ見学でーす。手伝うっていう名目で来たけど、何も知らないで手伝うもくそもないというか邪魔だと思うので。友情イベント? みたいなものと思っていただければ?」

「はは、おもしろい子だね」

「イケメンがテンプレの漫画みたいな反応してるのはちょっと面白い」

「え?」

「なんでもないでーす」


 三宮君から慣れた『呆れたなぁ』という反応をされているのを無視する。

 状況の理解は弟よりも早いのか、特に不満も見せずに『じゃあ始めるね』と上半身のシャツも脱いで包帯だらけの体も晒した三宮君の顔の包帯に手をかけた。上半身だけミイラっぽいな、といえばひんしゅくを買うようなことを考えたが言わなければ問題はない。

 三宮君がそれに、一瞬離れようとしたような反応をしそうになって、しかしぐっと堪えた、ように見えた。

 友達だからってなんでも見せる必要はないのにここまで見せたがるのはやっぱりしんどい考え方だよなぁ。


「大祐がめちゃくちゃな人だと言っていたけれど、当たっていたみたいだね」


 聞きようによっては揶揄されているともとれる台詞は、しかし温和な感情に包まれたものだった。


「友達が家族に陰口をいうなんて……!」

「そういう事言う子だって聞いてるよ。つっこみを入れたほうがいいかい?」

「ボケ潰しじゃん。恥ずかしいやつじゃん」


 からかうようにくすくす笑う声に、なんとなく……包帯を外されているため黙っている……三宮君が『さすがにごめん』という雰囲気を出している気がする。

 そうして作られた和やかな空気の中、思いのほか厚く巻かれていた包帯が外されていくと、解かれるたびにシミが濃くなっていく。臭いも濃くなっていく。消毒以外の、生臭いようなにおい。怪我の途中経過のような臭いに近いだろうか。


 もっとひどいにおいが俺の記憶にはこびりついているし、そんなはずはないけど他にも俺は知っている気がする。思い出せないけど。

 だから、特に気にはならなかった。


 他にガーゼなども含めてそこまで染み出すとは、一体どういう病気なのだろうか? 火傷か何かが酷くなっているのだろうか?

 そう思いながら観察していると、顔があらわになった。


「おぉ……すっごい痛そう」


 素直にそんな感想が漏れた。

 顔全体がぐずぐずで、爛れたようになっている様を見ればそんな感想も出るだろう。

 髪の毛もまばらになっていて、今なお膿み続けていると象徴するようにだらり、と表面を滑っている。


「実直な感想だね。大物だなぁ」

「見る目がありますねぇ!」

「――いやぁ、本当に凄いな」


 それを拭われて、消毒、薬だろうものを塗られる様はやはり痛そう。

 そして、日常が不便なのだろうなと、どうしたって少しなり憐憫のようなものが湧いてしまう。俺も、人並みに良心というものがあったのだということだ。

 しかし、このまま続けると上半身にいくわけで、目的はある意味達成したわけだし出たほうがいいんじゃないだろうか。上半身はともかく、三宮君は同性でも多分裸になるの気にするタイプだと思うし。下半身までこれが広がっているとしたらそれは別の話になってくるだろう。


「あ、一回外出るよ。さすがに全裸は」

「そこまで下まではなってない!」

「大祐、まだ」

「ご、ごめん」

「そうだぞ。治療中に立ち上がるとはこのあわてんぼうめ」


 恐らく、体全体がそうではないか、と思っていたが違ったらしい。

 なんとなく全身なるべくみせないようにしていた節があったので、上半身だけじゃない予想をしていたのだが外れてしまったようだ。

 そして『この野郎』という感情がこれでもかと伝わってくる気がする。エスパーに目覚めたかもしれない。


 そのまま上半身の包帯も外していくと、想像したままの状態がそこにはある。

 やはり痛むのだろう、外す最中にも、治療の最中にも、その顔は度たび顰められている。

 おおよそ、上半身の半分くらいになるだろうか、みぞおち付近までただれのようなものは広がっているようだ。何がどうなってそうなっているのか、知識のない俺にはわからない。


 しかし、兄というこの人物から考えれば、きっと三宮君もそれに類するくらいのものだったのだろうに。別に顔が悪ければショックが小さくなる等ということはないけれど……本人は。周りがうるさそうだなぁ。

 そう思った瞬間、ふと『芽依といい、三宮君は推定だけど、顔がいい奴が近くで不憫な目にあってんな』という思考がよぎる。そうでも二例だけだし、悪い奴でも不憫だし、病気や不幸が面食いという笑える話もないだろうから、近くになったからこそ思う理不尽への感情なのだろう。


「……君くらい」


 おもわずみたいに、ぼそり、と兄の人から呟かれた声に込められた感情は、重さがあった。最初にかけられたものと比べるとあまりに重量があった。

 あまり強く反応しないように、目だけちらっと向けると、『ごめんね』とだけいって笑った。誤魔化しより、気遣いのにおいがした。

 それが、俺なのか三宮君自身なのか、それとも己に向けたものかまではわからなかったけど。






 治療が終わって、三宮君の自室に戻った。

 時間にすると、少し会話もはさんでいたこともあって長目だろう。これが毎日。少なくとも二回は行われいてる。

 待たされるのは構わないのだが、改めて、不便だろうと思う。


「痛そう、不便そう、以外の感想が特になかったのは笑えたな」


 治療終わりだからか、それとも別の理由か。

 すっきりした様子で、三宮君はふ、笑いながら言う。

 今までよりもすっきりして見えるのは、俺側の問題だろうか。それとも裸の付き合いをしたという判定だろうか。俺はなってないんだけど。


「実際、友達に思うものとしてはそれくらいしかなくないか? 何を思うんだよ、他に」

「はは、確かにな」

「逆に俺が大怪我してたら、三宮君って多分冗談でも笑ったりできない奴だろ多分だけど」

「それはどうだろうな」


 悪ぶるというか。善人要素を消したがるというか。

 俺はむしろ出してなくとも感じてくれたら便利だな、くらいに考えているものを見せることを嫌がっているのは、ずっと変わっていない。


「でも、そうだな……そういう人間ばかりだったら、よかったな」

「えー、三宮君は本当にその辺重苦しいなぁ。そんなもんじゃねーの。何回も言うけど、他人だって自分がサイテーな人間とか思いたくはないんだから、少なくとも表面上くらいは『可哀そう』とか少なくとも負の感情じゃないものを考えるって」

「それはそれで割り切りすぎてる気もするが。優しいのか、そうじゃないのか……」

「俺は優しいだろ。だってともだちも多い」

「自分ですらそう思えてないから『友達』がそんなわかりやすく無感情の棒読みになるんだろうが」


 三宮君だっていないだろうに。

 むしろ俺くらいだろう、少なくともこの地域では。引っ越してくる前は知らないけど、一度もこれまで話に出てこないあたりお察しなんだろうに。

 俺は芽依がいるから、カウント的には上だぞ。さすがにこれでマウントとりにいくと悲しすぎる気がしてできないけどさ。


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