[修復処理が実行されています。][エラーが発生しました。][修復しなくて問題ないんだよ?
温かい感じがした。
それに浸っていたいのに、びゅうびゅうと吹く風がなんだか肌に冷たくて。
体も揺さぶられていて。
もう、朝だろうか。
昨日はいつ寝たんだったっか。
とても怖くて痛い思いをした気が――
「おはよう」
瞼を開いた瞬間に映ったその顔で、一気に覚醒する。
体は反射行動のように半ば自動的に跳ね起きて距離をとった。
「……?」
そこで疑問が湧く。
怪我。大怪我をしていたはずなのだ。
それになのに、無理なく動くことができた。
そして痛みが、ない?
いや、あるにはある。なくなっているわけではない……
けれど、明らかに傷は少なくなっていて、包帯などもまかれて治療されている。
「こんなところにいないで、帰ろうよ! よくないよ、山は入ったらいけないんだから! なんだか、想像よりずっとここって気持ち悪いし」
「なんなんだよ……」
一度眠ったからか。
傷だらけになって追い詰められ過ぎたから逆に理性の隙間ができたということなのか。
過剰に震えたりかすれたりはすることなく。
声は、自分自身が意外に思うほどしっかりしていた。
「何がしたいんだよ! お前は! お、おいつめて、でも治療して、するくらいなら、病院なり部屋なりに運べばよかったろうが! 何がしたいんだ……どうしたいんだよ……ただ追い詰めたいだけかよぉ……」
この包帯などは、明らかに目の前の異常者がしたものとしか考えられない。
追い詰めて、追い詰めて。でも治療して。馬鹿にしているとしか思えない。そんなことをされなければ、そもそも怪我をする可能性もなかったのに。
感情の波が抑えられるほどの余裕はなかったのか、喋っているうちにまた涙があふれ出した。
「だって、まだそこまでじゃないし、ここじゃなんか無理だったんだもん」
元凶が、ぶすくれている。
ちょっとしたことを咎められて拗ねているような顔。
その姿は、まるで何にもない日常に見えて、見慣れているのに不自然極まりないものでしかなかった。
会話も、繋がっているようで繋がっていない。その手ごたえはないと思った。
「でも大丈夫だよ。近くにいるから。どこにでもいけるよ? 一緒に行けるの。啓くんがいればどこにだって私はいける。生きていけるの!」
「話を、聞けよ! 俺の意思は無視するってのか……!?」
何かが引っかかったのか、俺がそういった瞬間に全ての表情がストンと抜け落ちたように無くなって、じぃっと目を開いてただこちらを見た。極端すぎる。反応がおかしすぎる。喉がぎゅっとつまった。
言葉にも詰まる。続けることができない。勢いが殺された。
それは目の前で、無表情のまま首をかしげる。
「どうしてそういうこと言うの?」
ずっと近寄り、座ったままのこちらに合わせるようにかがみながら息が当たるような距離まで顔を寄せて、無表情に言う。
「……やっぱりなぁ、この場所はよくないんだよ! 離れよう! そして一緒にいるんだよ! それだけでいいって言ってるのに、どうしてわかってくれないんだろ? ねぇ?」
立ち上がりながら、強引に手を引っ張られる。
「ねぇ! 早く! 帰ろうって!!!!」
痛みが走った。伸ばされた手を見る。
恐怖からかこわばるその手は、貫通していた場所はどう処置をしたのか、刺さっていた木は無くなっている。包帯で見えないが穴も塞がっているように思える。縫われることは確定しているような傷だったのに。
そんなことを疑問に思い続けることを許さず、異常な力で引っ張られている。
びきりと伸ばされ骨がなる。
顔が恐怖以外で歪む。
「あ、ごめんね」
やっておきながら、本当に申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。力が弱まる。
だが、その手自体を離そうとはしない。
むしろぐいぐいと、こちらに自発的に動け、早く立て、早く立て、と促してくる。
「なんでかなぁ……なんでかなぁ!? おかしいよ。おかしいんだよ。おかしいんだよ?」
「何がおかしいっていうんだよ……」
お前だろ、おかしいのは。と言いたかった。
勢いで立ち上がらされ、少し引っ張られて数歩そのまま流されて動く。それで、満足したのか手が離された。たった、その距離で何を満足したというのか。
無理に立ち上がったからなのか、治療といってもやっぱりその場しのぎでしかないということなのか、痛みがぶり返してきている気がする。頭痛も酷い。
そもそも、傷が直っているようなことがおかしな話なのだけど。
「だってそうでしょ? なんで私にそんなこと言うの?」
「それは、お前が」
「啓くんが助けたんじゃない。啓くんが助けたんだよ? 私を見捨てたことを後悔していたんじゃないの? だから助けたんでしょ? 助けようって思ってくれたんでしょ? 助けないことが後悔になるくらいに私を思ってくれたんでしょ? なのに、どうしてそんな風にいうのかなぁ?」
「――」
それは。
どうして?
それは、芽依が知っていてはおかしい事だ。
やはり、昨日から想像ではどうにもならない情報をこいつは喋っている。
後悔だなんだとか、というのは。そうしなかったことだとかを知ってるというのは――
にっこり、こちらを見て笑う。
伽藍洞のような目に、ただ嬉しいとだけを張り付けただけのようなおかしな、歪な、そんな顔で。
「啓くん! 私、気付いたんだよ! 啓くん! 啓くんが教えてくれたから! 私、生きてる! 死んでたのに生きてる!」
声は良く通った。
そして、理解せざるを得ない。
何故だか知らないが、目の前の存在は知っている。
間違いなく、俺がしていることを知っている。
そして、過去の俺がしなかったことを知っている。
出来なかった事を知っている。
その心情さえ何故か知っている。
「どうして……?」
それは、いつから?
それは、昨日の俺の発言一つで?
なんど同じことを思ったか知らないが、そんな馬鹿な話があるものか。
疑問への返答かそうでないのかわからない言葉を、俺を見ながら楽しそうに、歌うように言葉を続ける。
「生きてる私がいる! 死んでる私がいる! 色んな私がいるんだよ! 見た、聞いた、知ったんだよ! だから私はどこにでもいるの。境界線は啓くんなんだよ!」
言っている意味が、よくわからない。
知った。知ったとは。見たとはなんだろうか。
まるで俺のやってきたことをプレイ動画でも見るように知った、とでも考えればいんだろうか。
そんな非現実的な。
「啓くん、ゲームなんだよ! でも現実なんだよ。すごしているものにとって、そんなことはどっちでもいいんだよ! この世界はゲームで色々な可能性があってどこにでもいけるんだよ。それを知ったから私はどこにでも存在できていつまでも一緒にいられるんだよ? 啓くんがいてくれたからわかったの! 私、わかった!」
でもおかしいのだ。
例えばゲームでやってきたデータを読み込んだとしよう。それにしては、俺がやってないことまで含まれていると思う。言っていることにわからない、心当たりのない事も含まれている。
現実の事だって、それだと知っているのはおかしいじゃないか。
「死んじゃうんだぁ、啓くんがいないと、いっつも死んじゃうみたいなの! これってつまり啓くんと私が一緒にいることが絶対で特別って事なんだよ! それしかないの、それしかないんだから」
攻略データでもあって、全ての分岐でも読んだとでもいいたいのだろうか。
俺は自分で選んで進んでいるつもりで、ノベルゲームが如く、選択肢を選び選ばれをしていただけとでもいうのだろうか。
「一緒だよ。一緒だよ? 一緒だよ! 一緒だよぉ。ずっとずっと、ずっとずっとずっとずぅぅっと、ずっと一緒だよ?
だって死んじゃうんだからね。啓くんが、生かしたんだから!」
死んじゃうというのは。
死なれたくなかったわけで。
生きたいというのならそれは当然で。
こんなことは予想外で。
俺以外でもいいはずなのに、それは駄目みたいで。
そんなことはおかしくて。
ただの執着をいいようにいってるだけにも思えないけれど、確かに俺が自分の意思でやりたかったことだったはずだけれど。
でも、あまりに気持ちが悪い。
「お、があああああああああああああああああああ!!!!」
爆発した。
色々な感情が、もう限界だった。
それとも、傷が治ったのとかで余裕ができていたからかもしれない。
だから、とにかく、怖いも何もかも塗りつぶして、俺はただ拳を目の前のうすら気持ち悪い生き物に叩きつけることに必死になれた。
届かないかもしれないと思っていた手は、いとも簡単に届かせることができてしまった。
「え゛、う゛、ぎ、ははは!」
殴られていながら、それは笑う。
殴られながらずっとずっと笑う。
暴力を振るわれながら笑う事をやめない。
何度も何度も何度も何度も拳を振り下ろしているのに笑う。
癇に障るように笑う。
笑う。止まらない。笑う。
笑い声が、耳からこびりついて取れない。
どうしようもなく不快で、自分の耳たぶを引きちぎる。
また熱くて痛くなった。
でもじんじんとどくどくと内側からの煩さが、かき消してくれるようで心地よさが勝った。
叩きつけて、叩きつけて、叩きつけていた。
「っ……はぁっ……!」
気付けば俺の拳はぐしゃぐしゃになっていて、白いモノとか色々覗いている。
興奮しているのか、熱くて体ごと震えているけれど、痛みは不思議と少なかった。
笑い声がまだ聞こえた気がした。
でもそんなはずはない。
もう肉の塊なのだから。
そう。
あんなに恐怖を覚えていようが、意味が分からなかろうが、これだけやればどうしようもないだろう。
意味が分からないものでも、殴れればどうにでもできたなんて拍子抜けというものだろう。過信でもしたかもしれない。
ざまをみろというのだ。
説明もしないで、ただただ俺を追い詰めるように、怖がらせるように、当てつけるようにしてくれやがって。
俺はただ、お前の為にもって思っていろいろやってきていたのに。
それを無駄にしやがった。
糞だ。クソ。糞クソクソ糞クソクソ!
「あぁ、」
なんでこんなことに。
頬が冷たい。
でも、ぬぐう手も濡れている。
もう、どうしようもない。
ただ助けたかっただけなのに。
感謝の一つしてもらえれば、それで自尊心は満たされたのに。
友達だと思ったから、思えたから、続けるためだったのに。
どうして。
「かえろう」
リセットだ。
リセットしなきゃいけない。
悲しかった。
だって、悲しいじゃないか。
ゲームだ。
ゲームだけど、俺にとっては確かにすごした世界で、時間だったのも事実。
それが消えるのは、一つの人生が終わることと何が違うんだろうか。
もう一度初めからはできるんだろう。ゲームなんだから、きっとできるはずだ。
でも、同じ俺だけど、それはもう同じ道じゃない。
これだけリアルなんだから、逆に同じようなことにはきっとならない。
だってもう、俺は色々知ってしまっている。
次はうまくやれるさ、と完全に開き直ることが難しい。
どろりと、暗い俺に引き込まれてしまうような気持ち悪い感覚は、もうどうしようもない。
だって、事故後からどこか映像のようで、俺は俺として生きたことがないと思っていて。
やっとそれが、こんな形でも解消されるって思っていて。
「父さん。母さん。未希」
家族に会いたかった。
こんなことをしでかしているとは露ほども思わず、恐らく心配をかけているだろう家族の事を思った。
現実では、まるで半分以上知らない者のようにしか思えなかった記憶越しだけの家族。
記憶はあるけど、どうしても生の感情を向けることはできなかった家族。
こちらで手に入れた。やっと家族と思えてきたのに。
ここからまたやり直すとは、つまり、聞こえはいいけどそれを消し去ってしまう事ではないのだろうか。
ゲームなのだから、なおさらに。データなんて、上書きすれば一瞬で消えてしまう。
同じNPCなんだからどうでもいい、と思えたらどんなに楽だろうか。
新しく始めた家族は、もう、それは俺が初めて感じて初めて一緒につくってきた存在ではない。
俺だけが連続している。
でも、このままにするのも無理で。
迷惑をかけていくだけだとか、そういう表向き綺麗なようなことも思い浮かぶけど、結局なにより、こんな人生は嫌だから。
ゲームだけど、ゲームだから。
もう取り返しがつかない。ゲームのくせに。
セーブロードが繰り返せるなら、ゲーム感覚が強すぎてここまで満足感も嬉しさも、色々なことがなかっただろうけど。
セーブロードが繰り返せないから、こんなにも不満が募る。
「……」
帰ろうと思った。止めることは、俺の中で変えられないけど。でも、すぐに止めるんじゃなくて――どこか本能的には、すぐにそうしたほうがいいのかもしれないとは思ったけど。
それでも、最後に顔を見たかったのだ。
そんなことを思うくらい、もうただのゲームとは思えないことが、どうしてか嬉しくてどうしようもなく悲しかった。
走る。
走ってばかりだ。
でも、止まれば捕まってしまう。色々なものに囚われてしまう。
転ばないように、でも全速力で走っていくと、実はそんなに大きな道から離れてなかったのかすぐに見覚えのある山道が目に入って、速度を上げて降りていく。
街にたどり着く。
人々は遠巻きだ。
面倒がなくていい。
走っていく。
やがて家が見えてくる。
電気がついていた。
そういえば、もう夜だ。
そんなこともどうでもいいくらい、意味が分からなくなっていたらしい。
そっと、玄関の扉を開けて入っていく。
VRゴーグルを意識する。確かに感じる。いつでも抜けることができるだろう。
あまり、長い時間接しすぎると、抜け出したくなくなるかもしれない。
名残惜しいが、短い時間にしようと思った。
料理の臭い。
リビングに入ると、おかずが並べられていて、当たり前に俺のぶんもある。
未希がちょこんと座っている。
『んあー』とかいいながらこっちに手を伸ばしてきていた。
引きつっているだろうが、笑顔を向ければきゃっきゃっと笑う。
父の姿はない。俺を探しに行っているのかもしれない。
泣きそうになりながら、母がいるだろう台所を見る。
汁ものでもあっためているのだろう、火を使っているようだった。
母がこちらにくる。
「あ、もう。どこいってた」
俺の姿が目に入ったのだろう、言葉が途中で止まってしまった。
それはそうだろう、俺の今の姿は土まみれで血まみれで怪我だら――
「の。の。の。の? ののののののののの」
固まっていた母が壊れた機械のような音を吐き出し始めた。
「か、母さん……? ひっ」
どろり、と溶ける金属のように。
ずるりと、母の顔が崩れ落ちた。体も液体になったようにどぅるりとすべる。
ぱくぱくと、打ち上げられた魚の真似のように口を開閉する。
声もない。一言、悲鳴を漏らした後は、俺の口は何も言ってくれない。
0と1みたいなものが液体のようにずるずるになった母の表面を舞った。
「おかえり啓くん。ご飯にする?」
それが、ぎゅうと急速に変形して芽依の形をした何かになっていた。
「あ、先に治療かな? 痛いでしょ? 無理するからだよ、もう」
焼きまわしのように後ろから聞こえないはずの声が聞こえた。
そうして、振り返ったら……未希がいた場所にも、芽依のようないるはずのないものがいつの間にかいて――
がしゃん、と機械が飛んで壊れる音。
反射的に、VRゴーグルを掴んで投げていた。
感覚の違いに酔いそうになる。吐きそうな気持をなんとか堪える。
しかしそれも一時的なものだったようで、生身の感覚がしっかりとしていくのがわかる。残った気持ち悪さをどうにかしたくて、大丈夫かどうかわからないが中身が入った缶を手に取り飲み干す。
VRゴーグルは、と見ればどれだけ強く投げてしまったのか、体感としてはかなり久しぶりに見たせいか、やけに小奇麗でちょっと違和感ある部屋のすみで、完全に破損してしまったようだ。
確実にもう使い物にはならないだろう。
やり直すには、新しく購入しなければならない。
……あれだけの目にあったのに、止める気がないのは笑える話だ。
いやでも、逆にあのままにしてはまずいという気持ちが変にある。
でも、バグ情報というかアップデートとかはしっかりあるか調べなければならない。
ゲーム内情報はともかく、その辺はちゃんとしている……といいなぁと思う。
感覚的にはかなり久しぶりの現実だが、どういう技術かあまり時間は立っていないように思えた。
でも汗だくで気持ち悪い。
考えているうちに頭もすっきりして落ち着いてきたし、シャワーでも浴びよう。
そう思って、洗面所に向かう。
がちゃ、と扉を開ける――
「はいってまーす。なんちってー」
と、知らない同じ年くらいの女が――芽依らしき何かが、いた。
ひゅ、と空気が漏れた。
知らない。目の前の女のことは少しも知らない。見覚えもないはずだった。
でも、確かに芽依のようだとわかる。
わかってしまう。
そんな、大人になった、成長した彼女が。
現実では、死んでしまっているはずなのに。
ここは、現実で?
「は、はは」
笑えて来た。
笑うしかなかった。
「ね、啓くん。殺した責任があるのなら、生かした責任もあるって私は思うんだぁ」
笑っている。
とても愉快そうだ。
「どっちも何度もやったんだから、倍以上、繋がりが深くなるよね!」
きっと、仲良くやってきたのだろう。
俺は知らない俺が。
「どこにでもいるっていったでしょ? ずっとずっと一緒だよ」
現実なのか? ここは。
どこからがそうなんだろう。
ゲームなのだろうか。まだ抜けられてないのだろうか。どこからか始められたのだろうか。
それとも、最初から現実なんてなかったんだろうか。俺はゲームなんだろうか。あれがゲームだったんだろうか。それも違うくて、全部ただ現実がそうだっていうだけなんだろうか。ゲームやってる妄想だったんだろうか。俺はどこにいってしまったんだろうか。
わからない。
笑った。
笑って笑って――
『×××××にて発生してた重大な不具合について対応が終了しました!
それに伴い、一部データに強制ロールバック処理を行います。
ご不便とご迷惑をおかけし誠に申し訳ございません。今後とも――』
舌打ちが聞こえた気がした。
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