→【転校生の事を少し思い出した】→感情を抑えきれない。


→感情を抑えきれない。




 転校生がくる。

 だから、あわよくばそいつと仲良くなれれば、子供で同性同士ということでそっちと仲良くなっても不思議じゃない空気をつくりやすいと思うのだ。

 だから、そうしようと思った。


 それは、もちろん自分の為であることが一番。

 何せ、このままというのは絶対的にリスクだと思うからだ。


 だが、押しつけであろうが芽依自身事を考えてでもあるのだ。

 だって、健全云々と執拗にいうつもりはないが、芽依自身のあれこれを狭めることは事実だろう。

 だから、自分だけの為ではない。自分だけの為ではないのに――


「でも、どうかな? 実際、必要かな? ……いらないんじゃない? 友達って、そんなにいらないんじゃないかと思うんだよ。本当に仲がいいのは一人だけでいいと思うんだよ?」


 あの日から、芽依は我慢できなくなったか、じわじわと主張を始めていた。

 今日だってそうだ。

 最近はいつもそう。鬱陶しがってもやめない。子供らしさといえばその強引さだけで粘着質にずっとじとじととした調子で言ってくる。

 特にこうしていつもみたいに俺の家、俺の部屋で主張してくる。制限しようとしてくる。


「芽依ちゃんに必要なくても、俺は必要なんよなぁ。芽依ちゃんだってくるみちゃんとかいるでしょ」

「くるみちゃんたちは友達じゃないんだよ?」

「くるみちゃん他が泣いちゃう」


 正直、ストレスが溜まっていた。冗談で毎回スルーするにも限度というものがある。子供だからと自らに言い聞かせるのも同じ。

 依存心。独占欲。子供らしい嫉妬といえばそうなのだろう。

 そこまでの依存でなく、同性同士だろうが、仲がいい友達が他の人間と仲良くしていればそういう感情が湧いてもおかしくはない。

 おかしくはないことはわかる。


 でも、芽依という人間のそれは駄目な方向に発展しようとしているのは明らかなのだ。

 一緒にいるのが当たり前、どこにいくか把握していないければ感情の動きが激しくなる、自分の行動も把握させるなどなど、激化していくばかり。完全に知らなければだめ、自分が気に入らなければだめ、自分がそこにいなければだめ、自分以外がダメ。

 それ自体が、鬱陶しいしストレスだ。それでも冷めていくようなものなら、一時的なら、問題ない。


 しかし、俺は予言者でもないが、とてもそう見えない。危うさのようなものが日に日にはっきりしていくのだ。

 だから、それは結果的にお互いによってよくない。


「だからぁ!」

「声がでかいって……」

「……ごめんなさい」


 鬱陶しい。

 本当に、鬱陶しかった。

 鬱陶しくて鬱陶しくて仕方がない。

 何故、やることに口出しされ続けなければならないのだろうか。


「捨てるの? 離れちゃうんだ」


 こんな、別れられないカップルみたいなことを延々やらなければならないんだ。

 ずっと優しくしてやってきた。怒ったりしたこともあまりない。それがわるかったってのか?

 俺は。

 やってきただろう。俺は。

 それを全く理解しようとしない。こいつは。


「支離滅裂すぎるんだよなぁ、最近。そういうことじゃないじゃん。ただ、友達増やそうかなってしてるだけでそんな事一言もいってない」


 落ち着け。

 落ち着こう。いつものことだ。だから、少し言い含めればまだまだ大丈夫――


「ちょっと前までそんなこといってなかったもん……」


『お前って性格変わったよな』『前はさ』

『前にさ』『前はやってくれたのに』『付き合いが悪くなったよな』

『え? 前は貸してくれたじゃん』『ケチくさ! 前は』

『人が変わったみたいだよな、今のお前』


『本当に同じなのかよお前、おかしくなっちまったんじゃねぇの』


『前は』『前は』『前は』『前は』『前は』『前は』『前は』

『前は』『前は』『前は』『前は』『前は』『前は』『前は』


『お前は』


「――鬱陶しいなぁ」

「え?」


 だから、リスクをしょってもはっきり言ってしまったのは、何をおいても苛立ちからが一番大きな部分だったろう。


 計画も、予定も、全部、全部丸つぶれだ。


 せっかく気持ちよくやってきたのに。

 うまくやってきたのに。うまくやってきたから、我慢もしていたし、芽依自身のことだって考えなかったわけじゃないのに。


 今まで問題行動を起こそうが、それは俺の制御に根差しているものだ。

 感情に左右されて突発的にやってきたわけじゃない。

 計画しているものだったり、嫌な予感だとか、そういうものを感じて避けたりしてきたが、湧いた感情だけに左右されたものではなかったはずなのに。


 どうしても、我慢が効かなかった。

 付き合いが深ければ深いほどに、俺という存在に口出ししてくる目の前の子供が。


 ――助けてやったのに。そうじゃなけりゃ。


 それを後悔しそうになってくる。やめてほしい。そんな事で、俺をクズみたいな事にもっていくのは。

 俺は、前の俺よりよほど立派にやっている。そう思わせるのがゴミだろ。


 現実だって、ゲームだって。俺は記憶の自分より、よっぽどまともにやってる。


「鬱陶しいんだよ。他の事にも目をむけろっての。別に相手しないっていってないだろうが。無理やりみたいに俺に不自由を、お前が望むような俺を押し付けてくんなよって」

「だって」

「だってじゃねぇよ。せっかく、――」


 多少はつくろっていた子供の口調やら態度も何かもを放り投げて、感情のまま、思い浮かぶまま半ば自暴自棄で更に口を回そうとして――それを口にした瞬間に、知らず体がびくりと跳ねた。

 いつのまにか、先ほどまでが嘘みたいに全てをそぎ落としたような表情がのっていない顔をした芽依が、底が見えない穴みたいな光のない目でこちらをみている。

 言葉に傷ついたから、だけじゃない、みたいに見える。

 冷え冷えとした何かが漂ってくるような。


「どういうこと?」

「いや、ほら」


 声すら、どこか寒々しい温度。

 何を聞かれているのかわからないが、奇妙な焦り。

 拙い、と思う。


「確かに助けてもらったと思うんだよ?」

「あ――あぁ、それは、そうだろ。俺の自己満だとしても、結果そうだったし、お前もお礼とか、いってたじゃんか。何が、疑問なんだよ」


 光のない目で、どこか俺を見ているようで見ていない目で。

 ずっと見てきたはずなのに、初めて見る生き物みたいに感じてしまう。

 依存心がどうのこうのとかで感じた恐怖とか、現実で似たような奴を相手にしたときに感じたものとは違う。後悔解決に置いて失敗するかもとかそういうに感じたものとも違う。


 生き物として何か、根源的な。

 未知な、理解できない、暗がりに感じるような。


 もうすぐ溺れる海で足を引かれそうになっているような。


「でもおかしいよ」

「何が」

「おかしいよ。だって、なんでそこで『死なずに』って言葉がでてくるの?」


 それは、確かに失言だ。

 失言だが――それだけでそんな風になるだろうか。


「……そりゃ、いじめが発展すれば、そうなっても」


 そう。想像できるはずだ。

 言い間違いだと、感情に任せたからといえばそうじゃないとは否定しきれないはずだ。


「ううん。それがおかしいよ。だって、嫌だと思ってたけど、そこまでのいじめだったかっていうとそうじゃなかった」


 なんでこんなに、さっきまでの事が嘘みたいに感情の抜けた声と表情で、淡々としているのに追い詰められるような。


「知ってるみたい? ううん。知ってたみたい?」


 そんな飛躍は、するほうがおかしいだろう?


「……」

「死んでたの? 死んでる私を知ってたの? そんなのっておかしいよね? だって知りようがないもん。でもじゃないといきなり死ななかったっていうのもおかしいよ。だって飛躍しすぎだもん。いじめになるかならないか、みたいな状況で、死ぬことにまで考えが飛んじゃうかなぁ? 啓くんが? どうして? 助けてやったのに、ならわかる。いじめられずに済んだのに、もわかる。友達になってやったのに遊んでやってるのに気を使ってやってるのに、っていうのも口に出して不思議じゃない。でも、あの時そこまで私が弱っているように見えた? 普通に話してたのに? そこまで想像するタイプ? でもいきなりといえばいきなりだった。やっとくべき、みたいだといえばそうだったかもしれない。すっきりしていたようなのは、知ってたから? やっぱり知ってた? でもそんなことあるのかな? どうやって? 知ってたから助けてくれたって事? あのままなら死ぬのを知ってたって事? ――それはどうやって? 引っかかるのはどうして? 引っかかったのはどうして? 何かが、どうしてこんなに、」


 返事が出来ずにつまっていると、ぶつぶつと、こちらを向いたまま、しかし話しかけているというよりは独り言のように呟き始めた。

 動けなかった。

 金縛りにあったように。

 別に、言葉は悪かったけど、まだ何かしたわけでもないはずなのに、とてもばれてはまずい何かがばれてしまったような。

 見つかってしまったような。


「――考えをまとめたいから、一回かえるね。また明日ね」


 どの程度の時間がたったのかもわからなかったが、芽依は唐突に立ち上がるとそういって部屋を出ていった。


「――はっ」


 呼吸をするのを忘れていたように、苦しくて息を吸い込んだ。

 限界まで走ったように息が切れている。

 シャツがびしょびしょだった。


「……なんだあれ。こっわ」


 軽い口調で喋ろうと、やっとの思いで吐き出した言葉はどうしようもなくわかりやすく震えていて、気持ちを楽にする効果は苦労した割にない。

 所謂メンヘラとかヤンデレとかいえばそうだが、現実で見た時とか対応した時とかには感じなかった、それらとはまた別の迫力のようなものを感じさせられていたと思う。


 信じられないようなもの見た気分で、嫌なものを感じさせるものだった。

 何か、悍ましいような。


 寒気をどうにかしたくて、まだ時間も早いが着替えて眠ることにした。

 明日にでもなればどうにかなると誤魔化しにもならないことを何度も繰り返しているうちに、俺の意識は沈んでいってくれた。






『エラーが発生しました。

ID:×××××

C×××××に異常な数値が確認されました。

自動修復を実行します――失敗しました。

自動修復を実行します――失敗しました。

……



『×××××に重大な不具合が発見されました。

それにより、現在無関係な他イベントにおいても不具合が発生する可能性があります。

修正までご不便をおかけ――』


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