→【後悔を解消する。】→しまった、


→しまった、




 失敗した。


 それは、今までになかったような興奮をはらんでいた。

 今までの俺の全てはヒーロー等といったものから程遠い場所にあった。

 多くの人間がそうであるとは思う。


 誰かを助けるためだという大義名分は、思いのほか俺に快楽をもたらした。

 気持ちよく酔いしれることができる酒のように。


 人を助けるためというのは、思いのほか自分の思考に対して暴力の正当化への納得を簡単にさせてくれるのだ。


 結果的に手早く助けるためだ、むしろそれで芽依が納得しなくとも仕方がない。


 と。

 考えなくても、そんなことはない。

 わかりきっているはずの事を、脇においておける、おいてしまうような魅力を持っている。


 暴力を短絡的に振るわずとも、会話による試み、根回しなどすれば相手は子供なのだから時間がかかっても封じ込めはできる。

 暴力を用いようというのは、それをある種面倒くさがった結果であり、よく言えば時間をかけることで救えないという展開になることを回避するための手段で。


 酔ってはいけなかった。

 興奮しすぎてはいけなかったのだ。

 気持ちよくなりすぎてはいけなかった。


 下心はあって当然だ。

 ない方が気持ち悪い。興奮するのもいい。気持ちよくなるのもいいだろう。誰かに指摘したり上からくるやつですらない、善意の忠告なんてものですら大体気持ちよくなっているものだ。それが悪いとは言い切れないだろう。

 そこら中に転がっているからというより、そんなものは抱いて当然のものであって、そうでなく下心の全てを、欲望の全てをゼロにせよというのは『自分が不快だから相手に潔癖を求めている』という傲慢にすぎないからだ。


 だからというわけではないが、別にそれ自体は俺自身卑下するようなものではない。

 ないが、そんなものは後にすべきだった。

 現場でだけは、冷静に事を運ぶべきだったのだ。






 その音は、やけに教室中に響いた気がした。

 痛み。それは、硬い部分が子供の柔らかな拳に当たったからであり、相手の歯が拳に刺さったからである。

 降りぬいてしまったという感触。


 骨の鈍い音。


 回転。

 明らかに悪い倒れ方、倒れた先。尖ったものに。

 ついた勢いは消せず――覆いかぶさるように、転倒。

 それが、追い打ちをかける結果になった。


 『そんなつもりはなかった』という言葉を吐く奴を嘲笑していた。

 そんなはずはないのだと。

 そんなつもりがなければそもそも事は起こらないのだから、愚かな言い訳なんだと。

 俺は。


 ……動かない。動かなくなった。

 殴りつけたやつが、奇妙に痙攣した後――動かなくなった。

 そうか、そうじゃないかはわからない。わからないけど――動かなくなったのだ。


 教室の温度が酷く下がっている気がした。

 がくがくと震え出す。


「ち、違う! ここまで、ここまでやるつもりなんかなかった!」


 みっともない声が聞こえる。

 その声は、裏返りながら叫ぶ声は、自分の声だ。


 周りが怯えるように距離をとる。

 違う。違う。違う違う違う。

 こんなのは違う。


 俺は助けるために殴りたかっただけで、殺したかったわけなんかじゃない。


 目。

 怯える目。


 目。

 犯罪者を見るような。


 目。

 近寄りたくないという目。


 目。

 関わりたくないというような。


 目。

 目。目。目。


 全ての目が俺を見ている。

 全ての目が俺を非難している。

 俺は。


「俺は! お前らなんかより、ずっとずっと正しい事をしようとしたじゃないか!」


 そうだ。

 俺は間違ってなんかない。

 ちょっとやりすぎただけじゃないか。


 放置して、自分たちの関わった事を封じ込めるように知らないふりをして、彼女が自殺した後どこかほっとしたような顔をするような奴らよりずっとずっとましじゃないか。

 俺は、助けようとした。助けようとしたんだ。

 知らないふりをしないで、行動した。

 それの何が悪い。

 俺は悪くない。


「俺は悪くない! こ、こいつとか……そう、お前! お前とか! お前とかお前とかお前が! お前らがしなけりゃっ」


 むなしく俺の言葉だけが響く。

 誰も答えをしようとしない。逃げていくばかりの卑怯者どもだ。


「啓くん……」


 小さな声。俺以外の声。

 どこか縋るような気持ちで、そちらを見た。

 芽依がこちらをみている。助ける、後悔を解決する、そうしようとした相手が。


「なんだ」


 その目は、なんだ。


「なんだよ……なんなんだよその目は……!」


 その、可哀そうなものを見るような目はなんだ。

 どの分際でそんな目を俺に向けている。

 お前のせいだろうが。


「お前がそんな目をどうして俺に向けるんだよ!!!!」


 お前のせいだろうが。

 激情のまま、俺はその目をさせないために芽依に向かって走った。

 他のクラスメイト達は逃げていくがどうでもよかった。


 ただ、許せない気持ちでいっぱいだった。


「そんな憐れむような……お前が!」


 大きく振りかぶる。

 何をしようとしているのだろう。

 俺は、いったいなにを。


 もはや、自分自身がなにをどうしているのかもわからなくなってきていた。


 ただ、ぐらぐらと煮え立つようで、氷のように冷えているようでいて、違う何かに震えていて。

 浮いているようで、許せなくて、許してほしいような。


「――ごめんね」


 拳には、さっきと同じような感触。

 俺はなにをしたかった? こんなことを望むわけがない。嘘みたいだ。こんなの。

 その声だけ、よく通って聞こえたから、きっとそれは夢や幻じゃなかった。

 視界が暗くなっていく。

 なんだか、抵抗する気にも堪える気にもなれなかった。

 すぐに徹夜何日目かの睡魔みたいに限界を迎え、俺は穴に落ちるみたいに真っ暗に染まった。






 意識を取り戻したのは、どれくらい後だったか自覚はない。

 ただ、気を失っていたままとかいうわけじゃなくて、どうやら受け答えはしていたようだ。

 そしてどうやら俺は――病院にいるらしい。


 自分の意思で、出ることはできない。

 監視もされているようだ。


 医者などだろう大人が、優しい振りをしてゴミを見るような目を向けてくる。

 わからないと思っているんだろうか、と腹は立つがどうしようもない。


 出ることができない。


 どうしてこうなったか、わからない。

 俺はただ、自分の道としてやりなおしたかっただけなのに。

 芽依は助かったのだろうか。


 というか、記憶が曖昧だ。

 他人事のように思えるとかいうわけではないだけ前事故った時よりは全然ましなものの、助けようとして殴り殺したか――よく考えれば死んでない可能性だってあるんだから、重傷を負わせたか――したあとの記憶がよく思い出せない。


 ショックですぐ気を失ってしまったのだろうか?


「それにしたって、お見舞いに来た後とかもないような。面会もできないのか……?」


 ボーとしたままのような状態だったようだし、おぼろげながらだし途中からみたいだが記憶はあるにはあるみたいなのだ。それによれば、親すら来ていないようだ。

 やりすぎてしまったとはいえ、薄情なことだ。


 親も、今回は上手くやれていると思ったのに。友達を助けようとした結果だぞ? 何かフォロー位しに来いよ。親との関係があんなになってしまったのはあれがあったからと思っていたが、元からそういう人間だったのかもしれない。

 そう思うと、なんだかいろいろと期待を裏切られた気分だ。

 むかむかとしてくる。


「いや、そうだ。こんなことしなくていいじゃんか」


 そうだよ。

 そうだ。


 これ、ゲームだった。


 あまりにリアルなのと衝撃でちょっと忘れてたけど、これはゲームだ。

 失敗しようがやりなおすことができる。途中セーブとかないっぽいから最初っからになるだろうが、今よりよっぽどいい。それに失敗を知っている分更にうまくやれると考えればプラスだ。


 そうと決まれば、はやくこんなデータは最初からやり直して上書きしてしまおう。

 全く、これだから途中でロードできないようなゲームはクソだというのだ。オカルトオカルトしているのだから逆にそれくらい簡単にできるだろうが。オカルトだろうがユーザーフレンドリーはしっかりしろ。


「……? ……あれ?」


 なんだ?

 いくら集中しても、コントローラーを握っている感触がない。

 それどころか、VRゴーグルをつけている感触すら、現実の手足を意識することさえできない!


「そんな馬鹿な事あるもんか!」


 そうだ。

 だって今まではいくらオカルトじみていてリアルすぎて感覚があろうと、ちゃんと意識さえ向ければコントローラーもちゃんとあった。何もかもあった。いつだってやめることができるはずだった。

 だってゲームなんだから、現実じゃないんだから。


 そうだいつだってやめれた……やめ……?


「……」


 ……いや。

 そういえば、始めてから、やめたことあったっけ……?


「いやいやいやいやいや!」


 違う違う。ゲームじゃないことをゲームだと思い込んでいたとかそういうのじゃない。

 狂ったとかじゃない。そうじゃないはずだ。ゲームだった。ゲームだったろ? そうだったろ。そうだって言えよ。


 なんで感覚がないんだ。


 これが、これが現実みたいじゃないか。

 今までのそれでもちょっと残っていたようなゲームっぽかった感覚はどこにいったっていうんだ。

 それこそ、想像の産物だったとでもいうつもりか?


 ……妄想?


 いや何考えているんだ。だから、そんなことはないはずだ。

 ありえない。だって、赤ん坊の時だって覚えているし……そんなの。


「事故って、性格が変わるなんて事からおかしかった……?」


 いや、そういう事例はあったはずだ。

 でも、他人事みたいで。


 勝手に頭の中で作り上げたというのなら。

 いつだって。


「ひ、」


 もしかして、殺してしまったのが現実で、それから逃れるためにそういう設定をつくった人格でも作り上げた?

 そんなことはおかしい、おかしいとは思うけど――じゃあそもそも人生をやり直せる気持ちなれるみたいなゲームのほうがおかしい?

 どちらかといえば、納得できるのはどっち?


「ひ、ひひひひひひ! ちょっと待ってよ、なぁ、じゃあ俺じゃないじゃん! なぁ!」


 俺が? 俺か?

 俺は誰だ?

 ゲームが嘘だったとしたら俺は誰だ?


 いつできた俺が俺で俺に俺の責任になるんだ?


 いや俺が今さっきできたなら、やっぱり俺じゃなくて俺を作り上げた俺が悪いんだから俺はやってなくて責任を押し付けられただけだ。


「俺は悪くないじゃんか! なぁ! 前の俺が悪いんだって! 聞いてる? もしもーし!」


 扉をたたく。

 叩いて叩いて叩き続けると、人がわらわらやってきて、押さえつけられて何かを打ち込まれた。誰も話を聞いてくれない。

 鎮静剤か何かだろうか、意識がまた暗くなっていく。


 こんなの嘘だ。こんなのイヤだ。

 こんなゴミ処理みたいに押し付けられた俺は嫌だ。

 俺はどこだ。

 俺の人生はどこだ。

 俺は俺で俺としてやりなおして――




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引き続きMyLifeをお楽しみください!』

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