開き直れるルート-1→別選択肢

→【開き直れる人間だ。】→そもそも仲良くなどならなければいい。

→そもそも仲良くなどならなければいい。




 俺は小学校に上がり、後悔を潰していこうと決断したが、そこで一つ考えた。

 考えたというか、発想の転換をしたといえばいいだろうか。

 事故る前の俺がした後悔というのは、つまり森崎芽依という人間と仲良くなったから起きたものだ。


 最初から関係性がなければ、そもそも後悔するもくそもないのでは?


 確かにもったいないとは思うが、君子危うきに近寄らず、というようにわざわざ起こるとわかっている事件につかよる必要はないのではないかということだ。

 そもそも、同じようにして仲良くなれるとも限らない。

 なにせ、成長しているうえに中身がある意味別人の如くになっているのだから。

 再現性がオカルトでしかないゲームとは言え、いやだからこそ仲良くなれない可能性もある。


 そうなれば徒労だ。では最初からしないほうがいい。

 仲良くなってからの裏切り、というのが後悔なのだから、森崎芽依からしてあげて落とされるという出来事が無くなると考えればウィンウィンともいえるのではないだろうか。


 それよりも今後の事を考えて知識のため込みに努めるとしようではないか。

 現実と同じならどうせ卒業と同時に切れてしまうような関係ばかりだし、それ以降付き合いたいような人間はいなかった。

 じゃあ関わるだけ無駄だ。


「――そうだな。それがいい」




 決断してその通りに動き、特に周りに興味を持たず過ごした。

 そうしてふと気づくと時期が近くなっている事に気付く。


 俺のかわりだろうか、当時は森崎芽依をむしろ率先して悪戯をして後々のいじめに発展するきっかけを作っていたような戦犯のはずの人物が仲がいいという位置に入り込んでいるらしい。

 その情報を得た時点では、『お? これはやはり正解の選択肢だったのでは?』と思った。

 何せあってないようなものとはいえ、少なからず中心となる程度の影響力をもったやつが友達の位置にいるのだ、もしかしたらと思っても仕方ない事だろう。


 しかし出来事は収束するのか、それともゲームだからその辺そういう風にできているということなのか。

 イベントは回避できないという事なのか、いなければ俺とそいつのように変わりがくるだけということなのか。

 どうやら森崎芽依に起きた出来事は俺がいないという点以外に大きくは変わらなかったらしい。


 別の人間が記憶にあるような、同じようなことをしているらしい。

 結果――

 俺はそれを記憶とは違い、今出来事の外側で見ている。


 そして、所詮記憶では行為の裏返しで過剰な悪戯というなの嫌がらせを繰り返していじめに発展させる程度の性格だったというべきか。


「ちげぇよ! ……別に仲良くなんてねぇし!」


 からかいを重ねられた結果、ガキらしいテンプレートな反発を見事に決めてしまった。

 俺よりむしろ劇的に手を離しているといえるかもしれない。


 くすくす笑いが広がっている。

 雰囲気は最悪である。

 笑う人間、なんだか気まずくなる人間、関わるまいとする人間。


 色々いるが、そこだけは記憶通りというように、手助けする人間だけは誰もいない。

 そして俺もその一人となった。

 決定的スイッチは押していない大多数になったのだ。


「……」


 どこか、記憶よりがらんどうな目をしているような気がする。

 記憶では、少なくとも手を離した瞬間はもっと感情的なものが見え隠れしていたような気がするが――そもそも事故で混雑している俺だ、もしかするともともと事故る前の自分がそうだと思い込んでいるだけだったかもしれない。

 ふと、その森崎芽依がこちらを見た気がした。


「……」


 いや、気のせいだ。

 顔が見える方向にいるから勘違いをしただけだろう。


 そもそも決めた通り、今回は全くといっていいほど関わり合いになっていない。会話もしていない。

 だから、こちらをわざわざ確認する意味がない。彼女にとって、俺は名前すらよく覚え居ていないような人間のはずである。


 一人納得すると、俺はこれは回避すると決めている出来事の事を考えながら、まだ続く喧騒を無視して本に目を落として思考に没頭した。

 そこからどうなったかは――俺が関知するところではない。関わらないと決めたのだから。

 ただゲームだとしても今回は少しはましになるといいね、と無責任に思った。

 なにせ、責任を負う必要などないのだから。




 自分がいなくても起きていくイベント。

 その中心に関わることがない事は前も今も変わらないが、その心中だけは全く逆。

 とても俺は晴れやかだ。何も思い悩むことがない。


 家族関係の後悔だけは逃れることができないから迅速に解決に努めたが、それもよく考えなくとも『俺』なら容易なのだ。

 だから、とても晴れやかだった。


 俺は『俺』の人生をかりそめとはいえ歩めている!


 そうやっと思う事ができたから、とても晴れやかだったのだ。

 いいや、ゲームだったか……?


「いや、ゲームだ」


 いけない。ちょっとはまりすぎている気がする。

 でも仕方がない、あまりにこのゲームは中毒性がありすぎる。

 怪しいとかもうどうでもいいものになっている。今更やめようとかちらりとも思えない。


 心の底からそう思った時、俺の前に唐突にそれは表示された。




『上書き保存機能を開放しますか?

→はい。

 いいえ。




 それは、システムメッセージ。

 なんの癖のない半透明のウィンドウが、現実感無く目の前に。


「は、はは……」


 心臓がこれほどまでなく異常な騒音を鳴らしている。

 ゲームだ。

 このゲームは、どうやらオートセーブだと推測される。

 なにせ、セーブという機能をどうしてもやれなかったからだ。

 ロードも恐らくタイトルに戻らないとすることができない。


 それはオカルト的ゲームだからというよりも、没入感重視だろうと好意的にとらえていたが、ここでこれだ。

 上書き。

 上書きだ。


「自分でセーブができないのに、上書き。上書き、上書きだ!」


 それを意味するところを考えれば、どうしても馬鹿らしいとしか言われないだろう答えに頭が一色にされてしまう。

 怪しげなゲーム。

 誰も詳しい評判を書き込まないし、内容を書き込まない。

 クリア報告もない。


 異常な没入感。

 コントローラーのはずが自分で動かしているとしか思えない感覚。

 時間間隔の喪失。

 感覚の動機。


 ただ馬鹿げているなどと叫んで、止めてしまう気になれない。

 どくどくうるさい心臓を、かりそめであるはずのそれをかりそめの体のかりそめのはずの拳でぎゅうと押さえつける。


 圧迫感と痛みを当たり前のように感じる。

 それを疑問には思えても、もう恐怖の感情で縛ることができない。


「……へへ、へははは!」


 なんだか奇妙に愉快になってきたが、うまく笑えない。


 そうか。そうか。


 俺はただ仮想であるだけでも満足していたが、それは妥協していただけだったのだ。

 これは、嘘などではないと思う。

 そうとも。

 俺の人生の本当の始まりとは、きっと今からを意味するのだ!


 震える手を伸ばす。


『→はい。』


 選択した。

 してしまった。


『!注意!

この機能は一度開放するとキャンセルすることができません。

本当に開放しますか?』


 確認メッセージがでるも、それを少々の苛立ちと共にはやる気持ちで連打する。


『→は』


 衝撃。

 強烈な痛み。

 それは全てが表示される前に連打している最中に。


「は……は?」


 空気が漏れる。

 ろくに思考が働かない。

 体全体が痛い。


 車が通りすぎる音が聞こえる。


「ひか……れ゛? ごっ」


 内臓が傷ついているのか、せき込むことすら苦痛。

 涎か吐瀉物か血なのかもよくわからないものが口から吐き出される。

 動けない。

 動けない?


 そんな馬鹿な話があるか!


『機能の解放が完了しました!

引き続きMyLifeをお楽しみください!』


 そんな、そんな、打ち切られて強引に終わらせられるようなてきとうな話があっていいものか!

 違うだろ。そんなものは違う。

 こんなゲームはおかしい!


 そうだ。

 やりなおすべきだ。


 上書きされようがゲームはゲームだ。最初からすればいいんだ。それはできなければおかしい。

 解放されたのは上書きセーブなのだから、ニューゲームが選択できないとはいってないのだから。


 それに、上書きされたといっても、じゃあ現実でプレイしていた俺という存在はどうなるというんだ。

 ゴーグルを脱げば、あっさり終わるんじゃないのか。


「ぐっ……そ、どう、して……」


 嘘だ。

 だってさっきまで、どれだけオカルトな操作感で没入感で、ありえなくても、意識さえすればコントローラーを感じることができたはずだ。


 上書き?

 上書きされたっていうのか。こんなクソみたいな展開が、許されるなんてことが。


「……」


 奇妙に誰の声も聞こえない、モノクロのように見える景色の中、なぜか一人だけ浮かび上がるように人が見える。

 それは――森崎芽依の形をしていた。


「……だ、」


 それは、そいつは、伽藍洞の目でただこちらをぼぅっと見ているように思える。

 感情のいまいち籠っていない気持ち悪い目。

 この状況には明らかに相応しくない目だ。


 死にかけている人間を見て、ただ興味なく見ているような。

 ただそこにたまたま死にかけの奴がいるから見てるだけのような。観察以下の。


 どこかで見たことあるような、それは薄情者の目だ。

 無関心の目だ。


 俺がこんなに苦しんでいるのに!


「だ、すけて、」


 ぼぅっとつったってないで救急車でも呼んでくれ!

 そういう意思を込めて助けを求めた。

 誰か読んでくれてるかもしれないが、誰も読んでないかもしれない。


 確実に連絡されているとわかればもっと気も持つし、助かる可能性が上がる。


 そうだ。

 助かる。助かるはずだ。

 まだ喋れているし意識もしっかりしているんだ。

 体は上手く動かないけど、素早く治療さえされれば助かるはずなんだよ。


 だって、こんな理不尽に意味の分からない唐突なモノで死ぬなんておかしい。


 そんな理不尽が俺に降りかかって助からないなんて話はおかしい。


 俺の人生は始まったばかりで、輝かしいもののはずなんだから。今からちゃんと、始まったはずなんだから!

 死にかけている人間がいれば、少しは助けようとするものだろう。

 そうだろ。


「だず、けで、は、や゛ぐ」

「……?」


 なのに、どうしてお前は動かない!

 どうしてそんなに『何を言われているのかわからない』という目で俺を見ている!

 わかるだろう。わかるだろ!?


 死にかけているんだぞ?


 お前が行動すれば助かるかもしれないのに。ただ誰か呼んでくれるだけでも、電話一本してくれるだけでもいいのに。

 どうして行動すること自体を疑問に思うみたいな、そんな薄情な、興味のないような顔をしていられるんだ。


 おかしい。


 こいつだけじゃない。

 どうして誰も遠巻きにしてるだけなんだ。


 一人くらい助けるやつがいないとおかしいだろ。

 こんなに血を流している。


「お、ぉ……」


 耳が遠くなっていく。

 目も霞んでいく。

 嘘だ。

 嘘だよ。


 黒くなっていく止められない幕が下ろされる寸前に、表情が変わらないままの森崎芽依の口が動いているのが見えた。



 『どうして、自分だけが……』?

 なんだって? 続きはなんだ? どういう意味だ。助けてくれ。助けてくれよ。



 わからない。

 わからない……助けてくれ……暗いんだ……遠くなっていくんだ……

 死にたくない……死にたく……




『自動バックアップから自動ロードします。

強制ロールバック処理が実行されました。

引き続きMyLifeをお楽しみください!』

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