→【後悔を解消する。】→短絡的な手段だが、うまく加減できた。
→うまく加減できた。
選んだ手段は単純ながら強力になりうる一手である。
「うわあああああああん」
大泣き。
大泣きしている。
そして周りはドン引きしている。
『うわぁ……マジかこいつ』みたいな目で見られているのがわかる。
最近お決まりの流れになりつつあった、より陰湿になりつつあった、芽依へのそれが悪戯という名前でいつも通り行われようとした瞬間に無言でがんがん殴りつけたのだ。
唖然とした周りを気にもせず、相手が少し泣き出してもしばらく続けるようにして。
暴力。
なんやかんややったら駄目な筆頭として扱われるが、非常に有効手段であるし、必要なものでもある。
そしていつの年代でも効力が高いものの一つ。特に子供のころの男関係だと大体腕力でかたがつくことは多いのだ。
たとえば男の場合、学生だと喧嘩が強ければいじめられることはそうそうない。
なんというか、大学に入るくらいまでは特に喧嘩が強いとかそういう単純な個人の持つ暴力というのは一種のステータス的な事になりやすい部分があるというか。単純、というよりは本能的というべきだろう。自分がそうだから、暴力の怖さをより知っているということだ。
ここで本格的にヤバめのやつとかが混じっていると別になる場合もあるが、そうではないだろうということが記憶からわかっていることも大きい。そういうのがいると逆効果になったり、ハメられて別の方面の力を使われて終わったりすることもまた暴力にはありがちだ。
けれどいない。こいつらは普通なのだ。
特別なところはない。いたって普通。ありふれたものだ。
そういう特別悪辣にもなれないし、特別な善性ももっていない。普通の、どこにでもいる人間。
普通に流されて、普通に周りがやってるならといじめに同調するようにして、普通に周り流行ってるけど面倒だよなと傍観して、普通に俺も私も関係ないと見ないふりをする。
普通の人間ばかりだ。ばかりだったから、そうなった。
だから、やべぇ奴と思われたらそれだけで防御壁になりうる。やべぇ奴は普通の奴の天敵なのだ。
他人が聞けばそんな馬鹿なと思うかもしれないが、いじめられっこが反撃に成功すればいじめが止まるパターンというのが割とある。
何故って、その瞬間嫌なリスクになるから。
何故って、反撃してくるのだという選択肢が次から生えてくるから。
普通の奴のいじめっていうやつは、ぼちぼち安全で、でもスリルはほどほどにあって、楽しいからやるのだ。
やるのが当たり前、やられるのが当たり前。いじめを行う人間の多くはいじめる人間が大きく潰せないレベルで、傷つくレベルで反撃してくることなど考えもしていないってやつも珍しくない。だからエスカレートしていく。唐突に切れて刺されるかもしれない等といったことは大体頭にない。
痛いかもしれない、反撃されるかもしれないというリスクを抱えてもやるにはダメな方向だが才能やら素質というのが必要になるものだ。
やられる側は大ごとでも、やる側はそんなものでしかないパターンは多い。
「ちょっと! なにやって」
「うるせぇ! お前もだボケェ!」
ここで大事なのは男女平等の拳だった。
陰口をたたいてあるようなないような微妙なリーダーシップで嫉妬とか八つ当たりで芽依を叩き始めていた筆頭を同じく殴った。年ごろから体格差があまりないのは救いとは言えば救いかもしれないが、殴られた本人はそんなこと思う余裕もないだろう。
同じようなことをすでに芽依にはしたみたいなのに、やられるほうは未経験だったらしい。一瞬ぽかんとしたあと、怒りと怯えが走ったのがわかる。
確認すると同時に今度は無言で殴りつけた。
そうすると、痛みで恐怖が勝ったのがわかった。ここでヒスを起こすほどの逆の意味での特別さもまたこいつらにはないのだ。
子供の喧嘩、特に喧嘩なんてしたことないもの同士だとありがちだけど、つかみ合いなんてものになることが多い。
殴る、蹴る、というのは日常の行動にはないからだ。
そして、他人を傷つけるという事はストレスにもなるのだ。
やり方を知らないまま振るえばやったほうが怪我するなんてことも珍しくない。
そして、殴るけるができたとてそれを遠慮なく震えるかという事もまた才能というか素質というやつがいる。
できないのだ。大体は。
できればある程度の身体能力差などひっくり返せるくらいのアドバンテージを得られるくらいできない人間は珍しくない。
それはいじめで暴力行為を行っていたとて、である場合も多い。
いじめで一方的にやるにしても、振りきれられるようなイカれは珍しい。エスカレートしたとしても『殺す気はなかった』なんてほざくやつが多いことがわかるだろう。
殴れないこと自体は、悪い事ではない。
むしろ、『もしかしたら死んでしまうかもしれない、殺してしまうかもしれない』という理性が働いていると思えば人間的ですらある。
だからこそ、効率的なわけで。
「ひっ……ひっ……」
「……うっ、うぅぅぅぅ……ひっ……」
鳴き声としゃくりあげる音だけが流れる。
このくらい子供だと逆にあまりいなくはあるが、『異性だから暴力を振るわれない』を盾に振り回してくるやつはいる。それを前もって防ぐためでもある。
ここで俺が今ドン引きの渦の中行った、いじめに発展しかけの意地悪男女二大巨頭に対して男女平等暴力を行ったのはつまり大体そんな感じで解決すると確信しているからだ。
『性別とか一切関係なしに暴力がくる』ことをはっきりさせるのは効果的にきいてくる。
誰だろうがぶん殴る
と、怒りとかより恐怖とか畏怖じみたものが上回った印象をつけたら勝ちだ。
よく言うと、リスクを背負ってその知り合いをいじめるほど頭が悪くないからだ。
悪く言うと、ただ安全にストレス解消をしていたかっただけで、そんな根性もないからだ。
まぁ、怒られるだろう。だろうというか、怒られはする。
大々的にやったのだ。元々隠すつもりはなかった。そのつもりなら教室で堂々とやったりしない。
というか誰かはよ呼んでくるくらいしろと思っているくらいだ。こんな時まで傍観者全員やらなくていいだろうに。
怒られはする。しかしそれでも、子供の喧嘩くらいでおさまる事だろうという確信もまたあるのだ。
なにせ、この後発展していったいじめに関しても問題にならなかったような場所なのだから。
そして、子供の腕力だ。大雑把でも少し気を付ければ、大怪我はしない。なおさら子供同士の、ということでまとめやすい事だろう。
「……」
芽依がポカーンと阿呆みたいに口を開けている。
さすがに予想外だったのだろう。
なんだかんだやりなおしてからここに至るまで、紳士的とまではいかなくも喧嘩などもしてこなかったのだ。
子供相手だからなだめればなんとかなることも多いし、てきとうにこっちが引けばそれで解決することも多かった。
だから、このびっくりするほど脳みそ筋肉でできてる並みの強引な解決方法は予想の外側にありすぎて受け止めきれてないのだろう。
子供だからなんとかなってる……いやなってないかもしれないけど……が、突然発狂する本当にやばいやつムーブであるのも確かだし。
でも、これくらいだ。
解決しなくとも、これを数回でも見るたび行えばもうそんなことする人間はいなくなるだろうくらいの人間しかいないのだ。
クラスが変わればそれでなかったことにするやつしかいなかったのだから。
本人である必要はない。ただ暴力装置が身近にいることさえ示せればそれで。
これくらいで、こんなことをするくらいで解決できる程度だったのだ。
本当に馬鹿みたいな話である。
ゲームとは言え、クラスの人間も。
そうできずぐずぐずし続けていた過去の俺も。
ゲームだからこそでき多ともいえる短い人生のうち最初の後悔についての光速解決は、このようにして行われ、無事終了したのであった。
ぶっちゃけていえば、これで『暴力的なのはちょっと』と離れていく可能性も考えていた。
そっちの可能性のほうが高いくらいに思っていた部分もある。
潔癖であれば暴力なんて、となりやすいものでもあるし。
「ドン引きだよー。ドン引きだよー」
正直、ゲームだからなのか、オカルト的トレースから考えれば実際もそうなっていたのか、簡単に説教は終わった。
イカレ野郎に目を付けられたくない度が相当高くなってでもいたのか、むしろクラス連中が大ごとにしたがらなかったようなのだ。
さすが、いじめに発展していくのを止めもせず、参加したり傍観したりして流れるままだったクラスメイト達であるともいえる。俺も含めて。
事なかれ主義の担任も『親とか出てこないレベルで抑えられるなら儲けたぜラッキー』くらいのもんだからもう淡々と保健室で殴られた奴が治療受けてお話ししてはい終わりなのであった。潰れたらいいのに。
「ドン引きするよー。ドン引きだよー」
「バリエーションつけるやん」
そして帰り道、当たり前のようにくっついて一緒に来た芽依ちゃんは『ドン引きだよ』マシンと化していた。
ドン引きだよという言葉を繰り返すばかりのマシンだ。たまに首をふる。ドン引きだよ。
「だってドン引きだよー。きいてないよー」
「ヤー!」
「意味わからないよ……ドン引きだよ……」
「立ち止まってからしみじみ言うのはやめて」
ドン引きを繰り返しているものの、それでも一緒にいるのが嫌という風でもない。
ちょっと勝手にやったことを怒っているというか、拗ねているような雰囲気ではある。実際相談とかしていないし、する気もなかった。止められてもやると決めていた事だし。ゲームだし、というのは言い訳になるが実際、仮想で追体験的だからという点も否定できない。
「スピード解決って素敵やん?」
「ドン引きだよー。似非関西弁だよー。なんでやねんだよー」
「なんか放置は可哀そうだからつっこみはしてあげようという優しさを感じる」
「えへー」
「照れるのはやるんだ」
「ドン引きだよー」
そんな、感情の整理でもあったのだろうコミュニケーションをとりつつも、もう分かれ道。
ドン引きマシンのまま違う道に歩を進めたから、今日は『また明日』と別れるかと思えば、少し進んでくるりと振り向いた。
漫画的動作のように思えるが、容姿がいいというのは得であるな、などと場違いなことを思う。
「ドン引きだったけど、暴力は良くないとかいいたくないし、あの」
「いや、よくはないと思うよ。必要だと思っただけで」
「それはそれでドン引きだよー。相談しようよー。ドン引きだよー」
「しまった。ドン引きマシンに戻ってしまった」
何か言おうとして緊張したか、それとも気恥ずかしかったのか。
顔が赤かったからからかっていると落ち着いてきたようで、顔色は落ち着いてきたように見える。
「もう! もー。ほんとにもー」
「ドン引きマシンの次は牛かー。人間から離れていくなぁー」
「そんなことばっかりいってたら嫌われるんだからね」
「俺はほら、しんらいかんけーのうえでやってるからさ」
「棒読みだ! びっくりする!」
こうやっておけばよかった、は後からだからわかる事だ。思えることだ。
だから、みなやり直しという事をしたがるのかもしれない。
「仕方ないなー。啓君は。もう本当に仕方ないなー」
「すまないねぇ」
「それは言わない約束だよおとーさん……お話し終わらないでしょ!」
「ごめんて」
「あのね! ドン引きしたのは本当だし、それってどうかなとか他にもいっぱい思ったけど……でも、でもありがと! 嬉しかったです! それだけ! また明日ね! もー! やだぁああああああ」
実際、俺はまた特殊ではあるだろうし、これはオカルトじみているあり得ないものだろうが所詮ゲームでしかないと思う部分はあっても――気分は、悪くなかった。
結局また真っ赤になってたったか走って言い逃げしていく小さな友人を見て、そう思ったのは
やったことは幼いのと隠蔽体質気味なとこあるから大丈夫だろ、みたいなガバガバの精神でただクラスメイト殴ってやべぇ奴と思われてなぁなぁにしただけなんだけど。
こういうとかなりずさんに思えるな。ゲーム感覚みたいなものがあるのかもしれない。でも抜けないのは仕方ない。だってどんなにリアルでも、実際ゲームでもあるから。
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