思い出の中華料理店
田村サブロウ
掌編小説
大学時代に過ごした、とある地方での過去話。
俺は地方の公立大学で4年間を過ごした。
親の仕送りとバイトによる収入、さらに自炊による食費の節約によって金銭的にはそこそこ余裕があった。
その余裕が、俺にあるぜいたくを許してくれた。
1週間に1度くらいの頻度で、俺は外食しに行ったのだ。
自炊するとはいっても、毎度毎度ご飯を自分で作るとたまにめんどくさくなる。そんなとき、料理も皿洗いも他人任せにできる外食店はありがたかった。
その外食で、特に気にいった店がある。とある中華料理店だ。
ホテル2階にロケーションを構える店にしては意外なことに、学生に優しい格安の値段が好印象だった。
その店で俺はよく、マーボー春雨のセットを注文したものだ。
1週間に一度、自分へのご褒美に。
自分で料理を作らなくていい、皿を洗わなくてもいい。
この開放感に心を委ねながら、計620円のセットに舌鼓を打ったものだ。
話を現在に移す。
俺は1年ぶりにこの思い出の中華料理店に足を運んでいた。
大学の学園祭に顔を出すついでに、ここに立ち寄ったのだ。
今の俺は都会の企業に就職している身。ここに来るのは久々だ。
定期的に店に通っていた大学時代とは違う。前回の来店から、1年以上の月日が経っている。
そんな状況にもかかわらず、俺はある期待を抱いていた。
「店の人は俺を覚えているだろうか?」、と。
馬鹿な期待をしている自覚はあった。
1年もの月日は安くない。店員が交代したこともあるだろう。
確かに俺はこの店で定期的にマーボー春雨を食べた。だが、それだけだ。
店員と話したときの会話も、注文時の『マーボー春雨ひとつお願いします』と、退店時の『ごちそうさまでした!』という挨拶くらいしかない。
この店の店員の記憶に刻まれるようなことをした覚えはない。そんな記憶も無い。
なのに、そんな理屈を俺の好奇心と期待が押しつぶした。
俺は店に入るなり店員に話しかけてしまったのだ。
「お久しぶりです」
「おお、お久しぶりです! 休日に何度もマーボー春雨を食べてくださったお客様ですね!」
「――」
店員の一言に、俺は思わず顔がほころんだ。
自分を覚えていてくれた――その事実に、俺は内心でガッツポーズを決めた。
嬉しかった。
このあと、俺と中華料理店の店員は会話に花を咲かせることになる。
俺が就職したことやら、やっぱりこの店にはよく学生客が来るのかとやら。
柄にもなく俺は楽しく会話したのだが、それはまた別の話だ。
思い出の中華料理店 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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