冬狼と
燃費の悪い炉の稼動をしなくて済んだが、
だんだんこちらへと近づいてくる。
ふっ、とその顔が焚き火の明るさによって浮かび上がった。
「お前……さっきの冬狼じゃないか」
忘れるはずもない。さっきもさっきの出来事だ。傷の位置すら正確に覚えていた。こちら一点をじっと見つめてくる。そんなに物欲しそうな目で見ないで欲しい。俺だって食料はほとんど何も持っていない。むしろ欲しいぐらいだと言うのに。
「ぐるぅ……」
「そんな声を出したって無理なもんは無理だ」
それでも冬狼は
「はぁ……」
白く染まった溜息が焚き火の煙と寄り添うようにして天へと登っていった。手に持った刀をそっと置く。
何かと思って拾い上げてみると、それは缶詰だった。蓋の部分に取っ手があり、手だけで開けられるようになっているタイプのものだ。いつか訪れた国でまとめ買いしたと思われるそれは、何かの拍子に床に転がって存在を忘れてしまっていたのだろう。側面に印字された賞味期限を確認すると、二週間ちょっとオーバーしていた。缶詰だし、火を通せば何とかなるだろうと思いながら、ハッチを開けて外に出る。そこにはまだ律儀に座っている冬狼の姿があった。焚き火は見る限りまだまだ燃え続けてくれそうだ。
缶詰を手で開ける。中身は白身魚だった。確か魚にはスパイスが効いているとかいう触れ込みだったような気がする。雪を缶詰に入れていく。手が
冬狼は俺から焚き火の上の缶詰へと視線を変える。本能的にそれが食料かどうかの区別がつくのかもしれない。日は完全に落ちすっかり夜になった頃、缶詰からは湯気が出始めた。ことことと良い音を立てながら、金網の上で缶詰は震えている。思惑通り、魚のスープが出来上がっていた。
「よし、完成だな。ってこれで二人分……いや、一人と一匹分って冗談だろ」
狼は人語を解さないのは分かっているものの、ぼやいてしまう。この極寒の中だと体温を維持することが最優先事項となるため、そういう意味でも食料は必須となってくる。本当だったら、今日出会ったばかりの狼なぞに上げる分などない。
「けど、お前はそんなこと分からないよな」
口では愚痴をこぼしつつも、俺は金網と一緒に持ってきた皿と火バサミを手にする。そっと、ホロホロになった缶詰の中身を均等に皿へとよそう。それをそのまま狼から少し離れた場所に置き、俺は後ろへ下がり様子を伺ってみる。狼はなかなか食べようとしない。なにかお気に召さないのだろうか。
「まさか、俺に毒味をしろと?」
当然返事がある訳ではないが、何となくそんなことを言いたげな視線を送っている。俺は何度か息を吹きかけて、中身の半分ぐらいを食べる気持ちで一気に缶を
「あっつ!」
やはりまだ熱は残っていたようだ。急いで飲み干す。それでも口の中がひりひりとしている。正直痛いレベルだ。体を張ったおかげか、狼は皿の上に盛られた魚を食べ始めた。少しずつ丁寧に口でつまみ
職業柄、俺は一人で食事することが多い。こうして自分以外の誰かと同じ飯を喰らうだけでも、何か料理とは別の温かさを感じた。不思議と旨みも増しているような気もする。そうしている内に、狼はとっくに食事を終えさっさと
◆
真夜中になるに連れてどんどん気温は落ちていった。肩を抱きながら簡易ベッドに向かう。しかし酷く底冷えした空気の中では、毛布は全く役にたってくれなかった。目を瞑るもなかなか寝付けずにいると、外から何やら声がする。
それは伸びのいい遠吠えだった。しんと静まり返ったこの銀世界に響く声は、雪に吸収される前にこちらの
「は……?」
もし攻撃の意思があるのなら、既に喉元なりどこかを噛みつかれていなければおかしい。 けれど、奴はじっとこちらを見つめたまま動かない。まだ餌を欲しているのかと思い、ハッチを閉めようとするとあろうことかあいつは顔をそこに突っ込んできた。
「……む。あげられるもんは何もないぞ」
それでも頑なに挟まったままなので、ちょっと閉める力を弱める。
「うおっ!?」
その瞬間にできた隙間からするりと体を入れ、中に入ってきた。冬狼は我が物顔で車内を歩き回り始めた。きょろきょろ周囲を見回し、所々体を
「今晩だけだからな」
その言葉はこの
けれど、問題はここからだった。ゆっくりと寝場所を探しているかと思うと、堂々と俺のベッドの上に乗っかってしまう。何度か足で踏みつけ、寝心地を確かめると気に入ったのか、そのまま足を畳んで丸くなり眠る姿勢に入る。おいおいおい、と思わず言いかけたが
そして気づく。ベットが温かいのだ。あんなに寒いところに居たにも関わらず、体温は毛によって守られていたらしい。奴を中心にじんわりと熱が広がっている。そして、あんなにさっきまでは来てくれなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます