もふもふと製錬

 顔に何かが触れる。その違和感によって俺は微睡まどろみの中から覚醒した。絹のような触り心地で、少しくすぐったい。そっと目を開けると、視界いっぱいに白い世界が広がっていた。身体を起こすと白い塊がベットの大部分を占拠しているのが分かった。そう言えば手負いの冬狼を拾ってきていたのだったと今更のように思い出す。


 体を丸めているその姿はまさに毛玉のようであり、何とも触り心地が良さそうだ。口から零れて凝固した血がコントラストとなり、勇敢な動物の大往生のようにも見える。すぅすぅと寝息を立てている所にはギャップが生まれ、可愛げもあったりした。


「気持ちよさそうに寝やがって」


 そう愚痴りながらも、自分のことながら口角が上がっていることに気づいていた。いつもより寝床が狭くなったのにも関わらず、よく眠れたのは気のせいでは無くこの毛玉のおかげだろう。もう一度寝ても良かったが、狙いすましたかのように腹の音が鳴った。そしてそれは俺ではなく冬狼からだった。飯を作って下さいと言わんばかりである。新参者で居候の言いなりになるのはしゃくだったが、どうせ作ることになるのだからと俺は朝食でもと考えた。


「うっ、寒い」


 冬狼の毛のお陰で忘れていたが、この時期の朝は酷く冷える。その日の最高温度が氷点下になることすらある。壁に掛かっている気温計を見るに、とても人が生活していけるような温度を示してはいなかった。この地域をよく知らない者が見れば壊れているのかと勘違いしてもおかしくない。


「……先に炉をつけてしまわないと」



 ベッドから冬狼を起こさないようにそっと起き上がる。こんな寒さでは朝ご飯ができる前に凍えてしまう。戦車には元々大勢の兵士を輸送できるような部屋が設けられていたが、それを全てぶち抜いて一つの大きな部屋を作った。その為、人一人が暮らすには十分過ぎる大きさの空間が戦車の中だというのに生まれていた。


 俺は部屋の中心にある数々の炉が鎮座する場所に向かった。一際目を引く大きな炉は錬金炉アタノールと呼ばれるもので、二段に分かれた構造をしている。下段は木材などの燃料を入れる場所で、上段は水晶で出来た哲学者の卵フラスコ坩堝るつぼなどが置かれる。


 錬金術の主な目的は三つ。黄金錬成アルスマグナ万能薬エリクサーの作成、賢者の石の作成である。この三つは互いが密接に関わっており、賢者の石さえできてしまえば残りの二つは比較的簡単に実行できてしまう。しかし実際、錬金術師は手間も時間も金も掛かることを理由にこの三つを避ける傾向にあるのだ。勿論、それでは食い扶持ぶちを稼ぐことが出来ない。


 ではどうするか。


「ちょうどいいし、次いでに銃作るか」


 武器製造をするのである。ある程度の製錬技術と溶鉱炉があればいいということで、多くの錬金術師が武器、主に銃器を作っている。お陰でちまたでは『製錬術師』などと揶揄やゆされているとかいないとか。


 肝心の朝食作りは後回しにすることにした。まず何よりも作業を優先するのは、錬金術師の悲しきさがなのである。最悪、奴が起きてから朝食を作ればいいとさえ考えていた。


 ◆


 俺は錬金炉アタノールの横に据えてある溶鉱炉の方にまきべる。構造はアタノールとよく似ているが、高炉と呼ばれるほど長細い形状をしているのが特徴である。ぱちぱちと心地よい音が魅力なのは焚き火と同じだ。


 俺は棚から『焼結鉱しょうけつこう』とラベリングされた瓶を取り出した。粉状にした鉄鉱石と石灰石を混ぜて焼き固めたものだ。こうして塊にすることで炉の目詰まりを防ぐことができるらしく、俺は自分で調達するのが面倒なので鉱物専門の行商人から購入している。


 コークスと呼ばれる焼いた石炭と焼結鉱しょうけつこうを少しずつ交互に炉の中に入れていく。


 次に鉄を融解させる作業へと入る。そこで使うのが生石灰せいせっかいと水だ。生石灰せいせっかいを加えてしばらく時間を置く。すると、炉の中に徐々に白い物体が出来上がる。それを柄杓ひしゃくすくって下段に設けられた燃料入れへと運ぶ。最後に水をその白い物体にぶっかけると、地獄のような紅炎が猛々しく燃え上がる。


 そして、ここぞとばかりに足元にあるペダルを思いっきり踏みつける。連動した送風機が高温の熱風ブラストを鉄に送り込む。既にこの時点で作業している俺の額には汗が浮かんでいた。


 鉄はその温度に耐えきれずに融解を始めた。ここまでの手間を掛けてようやく下準備が完了したこととなる。本番はここからなのだ。炉の横に備え付けられているスライド式の蓋を開けると、美しいだいだいの輝きを放つ銑鉄せんてつが出てくる。その神々しさにはいつも惹かれるものがある。


 銑鉄は耐熱素材でできた通路を流れて、これまた隣接した転炉に入っていく。全ての銑鉄が出切ったと思ったところで蓋を閉める。一向に冷める気配を見せない溶鉱炉の中に残っている不純物スラグは、行商人が買い取ってくれる。道路の路盤材ろばんざいとして役に立つと行商人は話していた。


 その後に転炉によって銑鉄を酸素に触れさせること中に含まれている炭素を取り除き、更に純度を上げてはがねにしていく。


 紅炎を起こす際に使用した水のせいで、戦車の中は出来の悪いサウナのような状態になっていた。ちらっとベットの方を見やると冬狼は深い眠りについているままだった。時折、体を少しよじっているぐらいなので、当分は起きてこないだろう。


 俺は製錬の方に意識を戻した。予め用意していた水の入った鍋に転炉に設けられた口から中の鋼を注ぎ込んでゆく。その後、水蒸気の上がる鍋をよく振り、中身の鉄を撹拌かくはんする。こうすることで鉄中の組織が硬いものへと変化する。焼き入れと呼ばれる作業だ。焼き入れした鋼は再度加熱し焼き直しをすることで割れを防ぐ。


 そして鋼を型に流し込んでパーツを作る。決められた型に決められた量を流し込むのだ。鉄は熱いうちに打てということわざの通り、ここからは時間と勝負になってくる。如何いかに早く正確に鉄を希望の形へと変えるかが鍵だ。


 こうして金属を取り出して更にそこから加工していくまでの冶金やきんと呼ばれる作業は錬金術に欠かせない。錬金術とは常に0を1にする技術ではなく、1をベースとして10にも100にも変えていく技術でもあるのだ。 


 後は無事に形となったパーツを組み立てるだけ、という所で冬狼がのそのそと寝床から起き上がってきた。どうせ鋼が冷えて固まるまで時間がかかるので、取り敢えず作業は中断することに決めた。そしてタイミング良く、俺の腹もぐぅぅと鳴り出したのだった。

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