エピローグ

 想像以上に帰途につく人波に逆流して舞踏会会場に戻ったえりかと千尋は、音楽も聞こえないほどざわめく会場に顔を見合わせた。


 会場では誰も踊っておらず、演奏も止まっており、皆、興奮しきりに話している。


「え? なんで?」


「帰る人も多かったし、もしかして舞踏会は終わったとか?」


「ええ? そんなはずないんだけど。えーっと、デビュタントは王様に挨拶しないといけないんだよね?」


「そうだよ。あ、王様は玉座の方にいらっしゃるみたいだね」


 まだいてくれて良かった、と、えりかと千尋は、どこか疲れた様子で玉座に腰掛ける王に近づいた。


 護衛に止められたので名前を告げると、すぐに通される。


 えりかは王妃の姿がないことを残念に思ったが、玉座には、王と王太子サンクトスと、えりかと千尋は見たことのない先代王兄イリヤがいた。


「お前たち……ちょっと待て」


 挨拶をしてすぐに帰ろうとしたら王に引き止められた。

 現場から戻ってきていたムトゥが、防音の術具を使うのでもう少し近づくようにと告げる。


「なんでしょう? 首飾りのことですか?」


「あぁ……首飾り。そんなこともあったな」


 もはや遠い記憶のような顔をする王を、えりかは腹立たしく思った。


「なんですか、それ。私たち、ちゃんと取り戻しましたよ?」


「それについては感謝している。大義であった」


「はぁ」


 素直にお礼を言われるのも微妙だな、とえりかは感じていたが、


「植物迷路にいた男はね、私たちの方でもなかなか尻尾をつかめなかった相手だったんだよ。だから本当にありがとう」


 青年サンクトスが補足してくれたことで、まぁいいか、と思い直した。


「挨拶は終わったのであろ? さぁさぁ、フェロビコス、早く二人を我に紹介せぬか!」


「……エリカ、チヒロ、こちらは先代王兄イリヤ様。特殊諜報部隊を作り出したお方だ」


 まさかの発足者ほっそくしゃにえりかも千尋も頭を垂れた。


「お初にお目もじいたします」


「お会いでき、身に余る光栄でございます」


「良い。楽にせよ。先程の二人の活躍を見て、どうしても話をしたくなっての」


「見て?」 


 どうやって? と首をかしげるえりかと千尋に、ムトゥは意外そうに言った。


「チヒロはエストから聞いていないのか? 階級章を使えば使われた人の視界を階級章を通して見ることができる」


「……聞いてません」


 しかし言われてみれば、エストは先程「ずいぶんと強いんだね、驚いたよ」とか言ってなかったか? 


 千尋は、国民の能力をリスト化するためにムトゥと一緒に行動しているが、警備隊の基礎知識はエストから教わっている。


 こんな大事なことは言い忘れないで欲しかったなぁ、と千尋は笑みを深めた。


「その場にいない者にも状況をわかるようにするための機能だ。ただ視界を映すだけで音声は送れない。覚えておくといい」


 ムトゥの言葉にチヒロは神妙に「はい」と頷いた。


「そこで我からの提案なのだが、チヒロとやら、我の妾にならぬか?」


「私、ですか?」


「先程の戦いが素晴らしくて、我はチヒロに一目惚れしての。ぜひにとも」


「ちょっと待って下さい! ちーちゃんは既婚者です! しかも新婚ほやほやです!」


「かまわぬ。我にも長年連れ添う奥がおるでの」


「えぇ? それって『ダブル不倫しましょう』ってこと?」


「身分の高い人だから、結婚してるかしてないかは気にしないってことじゃないかな?」


「えぇえ。ちーちゃん冷静過ぎる……断るよね?」


「うーん」


「ちーちゃん?」


「夜のことさえなければ、別に誰の妾だろうとどうでもいいかなって」


「ちーちゃんん!?」


「待て。それなら、俺でもいいのか?」


「ムトゥさんんん?」


「チヒロ、もし誰と婚姻を結んでも構わないのなら、俺としてくれないか?」


「無粋であろ、ムトゥよ。今は我が請うておるでの。邪魔するでない」


「お言葉ですが、イリヤ様はお年を考えられたらいかがかと」


「年寄扱いするでないわ! まだまだ若い者には負けん!」


 なにやら言い争い始めたイリヤとムトゥをよそに、えりかと千尋もヒートアップしてきた。


「ちーちゃん新婚さんだよね? なんでそんなこと言うの?」


「だってここ異世界だし。現地妻っていうか現地夫? そういうのもアリかなって」


「いやいやいやいや。ない! ないから!」


「別に夫も気にしないし」


「そこは気にするところでしょ? ちーちゃんをないがしろにする夫なら、ちーちゃんは私がもらうからね!」


「いいよ」


「え」


「えりかがもらって?」


「ええ?」


「夜も頑張るから」


「えええ?」


「ちょっと待て。エリカには私が」


「あれ? 殿下、もう忘れたの? 殿下は対象外だったよね?」


「小さくなれば問題ない!」


「それもどうかと思うけどね」


「そうだぞラスーノ! 情けないと思わないのか?」


「父上にだけは言われたくありませんよ!」


 混沌となってきた場に、さらに人影が近づいた。


「なに、みんなして熱くなってるんだ? さっきの件か?」

「あっちはだいたい片付いたよ」

「こちらにいらしていたのですね、エリカさん。先程の勇姿はしかと拝見いたしましたよ」

「御使い様、なにをしていらっしゃるのですか? 今度はぜひ直にあのお姿で現れてくださいね」


 アロールは教会関係者の護衛で、ムトゥと入れ替わりで現場に入っていたエストは報告に、ソルとホルシャホルはえりかの姿を見かけてこちらにやってきた。

 えりかは訴える。


「イリヤ様がちーちゃんに妾にならないかって言ったらムトゥさんまでちーちゃんに求婚して。ちーちゃんは今の夫は気にしないから誰でもいいって、そんな夫なら私がちーちゃんをもらうって言ったら、もらってって。なんかもう、なにがなんだか」


 あぁ、とアロールは正確に状況を理解した。


「異能持ちはモテるからね。それならボクも立候補しとこうかな」


「エスト様もちーちゃんにですか?」


「ううん、エニィちゃん。ボク、基本的にご婦人は好きじゃ無いんだよね」


「え? いやでも、あっちこっち声かけまくってますよね?」


「あれは仕事だから」


「……エスト様、チャラ男あらためロリコン疑惑について」


「明確に言語化しないで、ちーちゃん。カオスが過ぎる」


「立候補なら、私はエリカさんにしたいです」


「ソルさん!」


 天然天使のソルさんならこのカオスをきっと明るく照らしてくれる、と思ったのだが。


「猊下がエリカさんに信仰を捧げたとき、私もぜひ捧げたいと思ったのですよ」


「はぁ」


「私はぜひ、その可愛らしい膝頭に直でお願いしたいです」


「えぇえ?」


 残念ながらえりかの願いは叶わず、カオスが深まっただけだった。


「我が良いであろ、チヒロ!」

「俺の方がいいよな、チヒロ!」


「私はえりかがいいなぁ」


「エリカには私が小さくなる!」

「ボクはエニィちゃんがいい」

「私にはエリカさんの膝頭をお願いします」

「私は御使い様の足全体が」


「なにをどの部分だの、どちらかだけだの、みみっちいことを言っている! 私ならそんな器の小さいことは言わん! エリカもチヒロも二人同時に受け入れられるぞ!」


 アロールお前もか! とえりかと千尋は思った。

 しかもアロール本人はすごくいいこと言った! みたいな顔をしているが、鬼畜発言なだけじゃないか。


「すみません。私はエリカを誰かと共有するのは無理です」


「私も。一夫一婦制で育ったので、側室とかはちょっと受け入れられないです」


 しかしソラリア国ではそうでもなかったようで、まるで名案を聞いたかのように「その手があったか!」と皆、瞳を輝かせて話し合い始めた。王だけが死んだ目でかろうじて玉座におさまっている。


「え、なにこのカオス……」


「異能はそれだけ魅力的ってことかな。でもまぁとりあえず、ここは逃げようか」


「そだね」








 ソラリア国はまさにソール神に愛される国として栄えた。

 有事の際には、さまざまな御使い様の姿が顕現し、国を正しい方向に導いたという。

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