第33話 始まりの舞踏会~植物迷路での制裁
「うぅ」
さきほど私が蹴り飛ばした偽恋人、いや女の敵が、ふらふらと立ち上がった。
「ねぇ? 教えてくれるかしら?」
「え……な、なんて破廉恥なかっこ」
べしっと私の下段回し蹴りが女の敵の太ももにヒットした。
「この縛られてる子ってどんな悪いことしたのよ?」
「は? そんなこと話すひつよ」
げしっと今度は私の正面蹴りが女の敵のお腹にヒットした。
「私が聞いてるのよ? さっさと答えてくれない?」
「っは。な、なにを」
べしっ。
「だから、そこにいる子はなにしたの?」
「あ、ああ。コイツは」
げしっ。
「っく。な、なんで」
「コイツ呼ばわりしないでくれる?」
「わ、わかった。その子は教会に落ちていた首飾りをぬす」
べしっ。
「貴方がその子に首飾りを贈ったってことは、もう知ってるんだけど?」
「あ、ああ。ちょっと待て。さっきからなんだ? 私が誰だか知って」
べしっべしっと私の連続蹴りが炸裂した。
「そんなことは聞いてないし興味もないし関係ない」
「いやっ。大事なこ」
がすっと私の後ろ回し蹴りがキレイに入ったので、女の敵は数歩よろけた。
音はいいけど、私の蹴りは見た目ほど強くないから、ダメージはそんなに入らないんだよね。私は無意識に見せ方にこだわっちゃうみたいで、力が乗ってないって護身術の先生にも怒られた。まるで格闘技に見えるダンスだねって。
むしろ防具なしだと私が手足を痛めるから、強化糸は本当に助かります。ありがとうございます!
それにしても話が進まない。若干うんざりしてため息をついていたら、女の敵が妹ちゃんの方に近づいていた。
「!」
人質にとられたらマズいっと思ったところで、妹ちゃんもベテラン警備隊員と同じ不思議な膜で覆われた。
後ろから「良かった。これは使えるのか」という声が聞こえてきたから、ベテラン警備隊員のおかげらしい。見ると、金のモールがバラバラになった状態でベテラン警備隊員の足元に落ちていた。モールは使えなかったみたいで良かった。今縛られたら困っちゃうからね。
若い方の警備隊員は相変わらずちーちゃんと応戦中だ。
ちーちゃんは私と一緒に護身術を習っていたんだけど、古武術マニアな先生にさらに色々教わっていたので、普通の男性相手だったら負けないくらいには強い。私と同じように強化糸の手袋を使うように勧めたんだけど「感覚が変わると手加減できないかもしれないからやめとくよ」とにっこり辞退された。
ストッキングは野外だと困るからって無理矢理はいてもらってて良かったよ。
私ももう油断しないように、再び女の敵に蹴りを入れ始めた。
「おいっ。お前! さっさと私を助けないかっ」
「そんなこと言われてもっ。こっちだって手一杯でっ」
女の敵が若い警備隊員に声をかけているから、やっぱり二人は繋がっているようだ。でも、さっきちーちゃんは「脅されてるかも」って言ってたよね。
「ねぇ。そこの警備隊員さん? 私が貴方の大事な子を助けてあげるって言ったら、どうする?」
若い警備隊員の動きが止まったので、ちーちゃんも止まった。
「……本当に?」
「なっ。話に乗るなっ」
「もちろん本当よ」
「ハッタリだ!」
「もう俺はアンタの言うことなんか信用しない。なにが『愛を囁くのに邪魔が入らないように見張っておけ』だ。若い娘を縛りつけておいて、よくもそんなことが言えたな! おおかた俺の妹のことも嘘なんだろう? あいつが首飾りを盗むはずないんだ!」
察するに、この女の敵は若い警備隊員の大事な妹をだしに脅していた、と。もはや女の敵どころじゃない。弱みをでっち上げて脅すなんて、クズだよね?
「こっちだ!」
「急げ!」
植物迷路の入口の方から何人もの声と足音が流れてきた。
マップを確認したら、けっこうな人数がここに来てくれたようだ。
クズは焦りだした。
「あ、ああ。どうすれば。いや、首飾りがあれば」
そうだ。首飾りのことすっかり忘れてたよ。いったい妹ちゃんはどんな首飾りをプレゼントされたの?
今はしっかりと顔を上げている妹ちゃんの華奢な首にはない。
私と一瞬目が合った妹ちゃんは、野外テーブルの上、先程ちーちゃんが踏み潰した円盤が散らばっている横に置いてあるハンカチを見た。同時にクズもハンカチに手を伸ばしたので、いざって時用の急所蹴りをクズにお見舞いしたら、クズは崩れ落ちました。
急所蹴りには力いらないから私でもできます。ただ、力加減を間違うと相手の生殖機能に問題が出るので、絶対にふざけてやっちゃダメだと教わりました。大丈夫です、先生。蹴らずにすむなら蹴りたくもありません。
ハンカチを開くと、レースのブレード(テープ状)に一粒の輝く透明の石がぶら下がるチョーカーが入っていた。
なにこれ可愛い!
レースのブレード幅は2㎝あるかないかの細いものだし、フチもスカラップ(波型)じゃなくまっすぐでシンプルだ。でも、中の模様は少しのズレもなく丁寧に編まれていて、光沢のある銀の糸だからか楚々とした可憐さがある。思わず持ち上げると冷たくて想像していたよりも重さがあった。
え。これ糸じゃない。細い金属だ。
すごい! もしかして銀線細工? いや、ここは異世界だから銀じゃないかもしれないけど、見た目は繊細な銀線細工そのままだ。儚さと清楚さを感じさせる無垢な白みがかった金属色がたまりません! そこにさりげなく一粒揺れる透明の石がまた、月のしずくみたいで……って、猊下が語っていた首飾りってこれか!
わかる!! これは熱く語りたくなるわ!
私は首飾りを手に、不思議な膜の上から妹ちゃんを抱きしめた。
「首飾りは私から返しておくから、貴女は正直にあったことを話すといいわ」
きっとあのベテラン警備隊員や若い警備隊員も証言してくれるだろう。
そうそう。あの若い警備隊員の妹ちゃんのことも調べないとね。
そっと離れると、妹ちゃんはなにか言いたそうに口を開いたけど声にはならず、また顔を伏せてしまった。
私は再び妹ちゃんをハグした。
できればもっとちゃんとケアしてあげたいんだけど、ちょうどいい言葉が浮かばない。
あぁ、情けない。こんな時、本物の天使様ならなんて言うだろう?
「……私は貴女を信じているわ」
「!」
「おい!」
「大丈夫か?」
「いったいなにがあったんだ?」
警備隊員の皆さんが到着し、呆然と立ち尽くしている若い警備隊員や、倒れているクズ、不思議膜の中にいるベテラン警備員に声をかけている。タイムアップだ。
「お前達は何者だ?」
探していた首飾りも手に入ったし、私たちはさくっと消えなくちゃね。
私は転移でちーちゃんのそばに行き、驚く警備隊員の皆さんにかまわず、すぐにちーちゃんと一緒にテーブルの上に転移した。
「なっ」
「待てっ」
ちーちゃんは事前に打ち合わせていた通りに私を抱き上げると、移動用円盤を使って垂直にジャンプした。
あ、そうだ。あのクズには一言いっとかないと。
「おいたをしたら、また来るわよ!」
空に消えたように見えるタイミングでデビュタント服一式を隠していた場所に転移し、荷物を持ってエスト様が待つ休憩室へと転移した。
「お疲れ様。どうやらうまくいったみたいだね」
「たまたまだけどね。はいこれ。探していた首飾りってこれで合ってる?」
「正解だよ。よくやったね」
「エスト様、先輩の妹さんなのですが」
「その件に関してはこちらでも把握している。あいつも植物迷路に向かったよ」
「それなら良かったです」
ちーちゃんはほっと息をついた。
「エスト様、その妹ちゃんとは違う、妹さんのことでお話が」
あの若い警備隊員の妹さんについても早く解決したい。
「それは後から詳しく聞くよ。今はエリカもチヒロも、なにも知らない顔で舞踏会会場に戻って」
「わかった。急いで着替えるね」
「頼むよ。あ、そうだ。チヒロはずいぶんと強いんだね。驚いたよ」
「いえ、私はまだまだです」
「そんなことないよ。今度手合わせして欲しいな」
「それはぜひ。私も楽しみにしています」
「じゃあ、ボクは外に出ているから。休憩してもいいけど、できる限り早めにね」
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