第32話 始まりの舞踏会~植物迷路の休憩場所

 私とちーちゃんが転移したのは、舞踏会中は使われていないはずの植物迷路の休憩場所だった。


「なっ? お前達っ。どこから入った?」


 野外用のイスに座っていた紳士が、音を立ててイスを倒して立ち上がった。


 休憩場所の点のひとつに動きがないのは怪しいと思ったのと、普通に入ろうとして、また迷路入口で入る入らないの押し問答するくらいなら、もう直接その場に行っちゃえってことになったのだ。


「おいっ。お前達、聞いてるのか?」 


 ふたつの点の間に転移したので、私とちーちゃんは野外テーブルの上に移動用円盤を使って浮いている状態だ。

 私もちーちゃんもここでの天使を意識した白黒衣装なので、ちょうど空から現れたみたいになってバッチリだ。


 ちーちゃんはテーブルの上で移動用円盤を切り、ドン、と足を踏みならした。


「あぁっ。防音の術具がっ。貴様! な、なにをっ」


「なんだ?」

「中から声がしたぞ? 誰かいるのか?」


 さっきの警備隊員の声が聞こえる。きっとすぐに駆けつけてくれるだろう。

 私は動かない点である人物を見ていた。


 私よりも背は高そうだけれど、小動物っぽい雰囲気の女子はうつむいたままだ。焦げ茶の髪に薄緑のドレスが似合っている。


 色味的に、この子がさっきの話に出てた妹ちゃんだよね?


 それにしてもドレス姿でイスに縛られてるとは思わなかったよ。さっきからぎゃあぎゃあ叫んでいる男は恋人じゃなかったの? これだけ騒がしいのに妹ちゃんから反応がないのはなんでよ?


「ねぇ。もしかして、そういうプレイ中なの?」


「…………」


 リリアンちゃんの話を聞いて猊下のことを誤解してしまったこともあるし、ちゃんと本人から話を聞かないとねってことで、邪魔しちゃったんなら悪かったなと思って、確認しておこうと聞いたんだけど、妹ちゃんはいきなり現れた私たちを認識できていないのか、ぼんやりと顔を上げただけだった。


 妹ちゃんの頬には涙の跡がついていて、瞳からは光が失われていた。


「……ごめん。わかった」


 女の敵に容赦なんかしないからね!


 勢いよくテーブルから飛び降りがてら、ちーちゃんと相対していた偽恋人を蹴り飛ばしたところに、迷路の入口にいた警備隊員の2人がやってきた。


「白い服? 教会の者か?」

「お前達は何者だ!?」


 今回、ちーちゃんの服をどうしようか迷った。


 ここでの天使像って白黒服の少女でしょ? もしちーちゃんが天使コスするなら、デビュタントとしてドレス着るの私だけだし、それこそドレッシーな感じにしたかった。


 でも、ちーちゃん本人から「この前ウェディングドレス着たからドレスはもういいよ」と言われたのと、私がドレス着てマップ埋めるために歩き回って思ったんだけど、丈が長いと動きにくいんだよね。


 というわけで、よく見たらおそろい意匠の天使姉妹案も捨てがたかったんだけど、今回は動きやすさを重視することにした。


 私自身はこちらのドレス型をアレンジした、とにかく動けるドレス!


 デビュタントドレスの中に着込んでおくため、やわらかな白レースのマレットドレス(前丈が短く後ろ丈が長いドレス)に、半透明のうすい黒ボレロ。同黒手袋は短いと上に付けている白手袋と一緒に外れると困るので、もう手袋とボレロを一体化させた。黒ストッキングと黒ボレロには同じ強化糸を使っているので、手足を守ることもできる。


 黒ストッキングのバックラインは見本に持ってきてたのに付いてたからそのまま採用されたみたいだけど、リボンは服飾師さんが付けてくれていました。ありがとうございます! さすがです!


 ちーちゃんは背も高いから、それこそ白か黒の従来通りの燕尾服にしようかとも思ったんだけど、それなら異世界じゃなくても着ようと思えば着られるし、こっちの天使像から離れちゃうなって思って考え直した。


 それで、こっちの世界観を崩さないように、天然天使ソルさんやホルシャホル猊下が着ている白い祭服みたいな服にしようと決めた。


 あんな感じの服をどこかで見たなぁと思って調べて、たどり着いたのがパキスタンの式服。


 渋いおヒゲのモデルさんが着こなしているのは、ボタンを見せない詰め襟膝丈の刺繍ガッツリ華やかでストイックな色気も感じさせる上着、さらに頭や体に布を巻き、半月型の剣を持つ、肌を見せない方のアラビアンな王子様服。


 ただ、そこまで華美だと私的な天使のイメージと合わない。私の天使のイメージってそんなに派手じゃないんだよねぇ。と思ったところで、昔見た映画の中の天使を思い出した。


 某凄腕エクソシストが天使と悪魔に狙われる、そのエクソシストの名前がタイトルの映画に、ガブリエル様が出ていた。


 その服がすんごいラフというか。白いタンクトップに長めのピッタリ白パンツ、さらに包帯を巻き付けたような、普通はまず想像しない、かなり個性的なものだったのだ。


 でも、なんでかすっごくしっくりきたんだよね。


 そんな天使服がいいなってことで、パキスタンの国民的衣装らしい男性用シャツ(カミーズ)とズボン(サルワール)からなるサルワール・カミーズという、ゆったりしたパジャマみたいなのと、その上に着るというシェルワーニ(膝丈くらいのロングコート・肌を見せない方のアラビアン王子様の上着)を混ぜてみた。


 警備隊の礼服の下に着込むのでやわらかい生地で、詰め襟膝丈のボタンが見えないアラビアン王子様上着と、もったりしていない足首より少し上丈の同白ズボン。


 今回は舞台が舞踏会だし、一緒にいる私がドレスアップしていることもあり、白いけど洗いざらしの布じゃなくて、上品な光沢のある生地になった。


 ズボン丈を長くして萌えすそ(?)にしても良かったんだけど、隊服からはみ出たり、裾を踏んで滑ったりしたらシャレにならないから今回は短め。


 ゆずれないのは靴をはかないこと!

 だって天使様だよ? 歩く必要がないんだから靴ははかないよね!

 ガブリエル様の裸足でふみふみするのが、ほんとにもう最高だったしね!


 でも今回は前回みたいに浮いてばかりはいられないだろうってことで、強化糸を開発してもらった。


 ちーちゃんは裸足に見えるけど、透明の強化糸ストッキングをはいている。

 これで私もちーちゃんも靴をはいてなくとも足に怪我しないし、ストッキングも破れない。


 そして忘れちゃいけないのが身バレしないこと。


 私は薄い顔だからすっぴんになりさえすれば印象に残らなくて顔バレしないんだけど(涙)、鼻筋が通っていて眉は凜々しく目元は涼しげで顎がきゅっとしている美形のちーちゃんは違う。すでに正式に遊撃隊に入隊しているので、身バレ、ダメ絶対!


 そこでまず思い浮かぶのが仮面だよね。


 怪盗といえば、だいたい皆さんいろんな仮面をつけている。

 はちまきのような布、眼鏡の枠だけっぽいのから、鼻がくちばしみたいに尖っている物、羽や花飾りの付いた物、仮面自体が蝶や猫をかたどっている物、和風な狐面などなど。


 どれもステキなんだけど、今回は持ち歩く必要があったので、コンパクトなものにしてみた。


 個人的にはモノクル(片目に挟んで使う眼鏡)を付けて欲しかったけど、シルクハットがないとちーちゃんの美しさを隠しきれなかったので、今回は断念。眼鏡全体がひとつに繋がっている、どこか近未来的なシールド型サングラスみたいなのを開発してもらった。外側から見たら黒いけど、内側からは暗くてもちゃんと見えるようになっている。


 なんとこの世界、視力が下がっても万能円盤ですぐに治せるため、眼鏡が無かったらしく、見本として普通の眼鏡を持ってきたら、新しいアクセサリーとして喜ばれました。


 だからインテリ眼鏡がいなかったのか、と納得しました。


 まぁそんなわけで、ちーちゃんには若干のSF感があるため、身バレも考慮して、意識してロボットっぽいぎこちない動きと無言を貫いてもらうことになりました。


 ちーちゃんは先程までは偽恋人の相手をしてくれていたけど、私が偽恋人を蹴り飛ばしたので、すぐに若い方の警備隊員を攻撃目標に変更した。


「なんだ貴様っ」


 さすが若手でも警備隊員、うまく受け流しているけれど、ちーちゃんの流れるような攻撃が途切れないので、金のモールや剣には手を伸ばせない様子。


「おお? いったいどういう状況なんだ?」


 ベテラン警備隊員は混乱しながらも状況を把握しようとあたりを見回して、縛られた妹ちゃんを見つけた。ベテラン警備隊員が妹ちゃんの縄を切ろうとしたのか、剣に手をかけようとしたところで、なにか不思議な膜に覆われた。


 膜の向こう側で「なぜ私に使うんだ! 使うならあの子にだろ!」と叫んでいる。

 どうやら一足先に、ちーちゃんがベテラン警備隊員を結界で保護隔離したもよう。


 うん。確かにベテランさんには参戦しないでいてくれた方がこちらとしても助かります。

 だって今から、私たちはこの偽恋人に制裁をすんだから。

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