第31話 始まりの舞踏会~疑惑の植物迷路

 千尋が扮する若き警備隊員ヒイロは、目の前の二人の警備隊員が本物かどうかわからなかった。


 考えられるのは、二人は本物で、急遽なんらかの理由で植物迷路前にも警備が増やされた。もしくは二人は偽物で、この奥に行かせないために警備のフリをしているか。 


 30代半ばと20代前半らしい二人は、ベテランと新人の組み合わせとしてよくある。異能の関係もあるが、千尋もいつもムトゥと行動を共にしている。


 顔で判別できれば良かったが、入隊したばかりの千尋はまだ警備隊員全員の顔を知らない。知っているのは特殊諜報部隊隊員と諜報部隊隊員、問題の妹の兄が所属する城下町警備隊員だけだ。


 薄暗いので布の感じまではわからないが、目の前の二人の制服は自分と同じ警備隊の物に見える。舞踏会参加者ではなく警備中なので、階級章だけではなく金のモールもついている。


「ああ、すみません。迷路を楽しみたいわけじゃなくて、前にここで落とし物をしたかもしれなくて、探したいだけなんです」


「なんだ。そうだったか。しかし今は閉鎖中だ」


「目立つ物ならすでに拾われていて届け出られているだろう。警備部に確認はしたか? 遺失物届けを出しておけば確実だぞ」


 ここまでは警備隊らしい返答だ。


 二人とも本物なのか? 少し揺さぶってみようと千尋は考えた。


「それが、自分も実物を見たことがないので、どんな物かわからなくてですね。落としたのは自分の妹で、遺失物は妹の首飾りなんですが」


「ははっ。まるであの教訓話のようだな」


「妹の首飾り……」


 ベテラン警備隊員の態度は変わらなかったが、若い方だけピリピリした空気に変わった。


 もう少しつっこんでみるか、と千尋は言葉を重ねる。


「あと、もし差し支えなければ教えてほしいのですが、警備内容が変わったのですか? 自分は巡回警備だと聞いたのですが」


「あ。さては、俺たちがいなかったらこっそり入るつもりだったな? こんな暗かったら見つかるもんも」


「警備内容については教えられない!」


「おい。そうだが、そんな言い方はないだろう?」


「でも、コイツいきなり来て怪しいですよ!」


「あー、だから言い方な。お貴族様にそんな言い方してみろ。命がいくつあっても足りないぞ。はぁ。悪いな。こっちも仕事だから」


「いえ。こちらこそすみませんでした。自分は遊撃隊の新人です。またどこかで一緒になった時はよろしくお願いします」


「了解した」

「さっさと行け!」


「失礼します」


 警備隊の挨拶をして、千尋はえりかの待つ暗がりへと戻ってきた。


「あやしかったね」


「うん。若い方がなにか知ってるね。でも、それにしては必死な感じがしたから、隠してるというよりも、誰かに脅されているのかもしれないよ」


「うわぁ。じゃあ、仕方ないよね?」


「ふふ。仕方ないなんて。楽しみにしてたんでしょ?」


「ちーちゃんもね?」


 えりかと千尋は目を合わせてにんまり笑うと、ティアラとドレスと手袋、礼服と靴とメイクを円盤を使って一瞬で外した。


 千尋が礼服のポケットからなにやら取り出して身に着けたあと、礼服から階級章を外して、今着ている服の見えない部分に付け直している。


「階級章って、ないと困るの?」


「これさ、警察でいうところの無線みたいな役割と、人質や要人用の術具なんだ。使用したら現在地を知らせて、指定した相手を保護するために簡易結界を張って、勝手に連れ去られないように動かせなくするんだよ。いつも付いてる金のモールは指定した人物を自動で縛れるんだけどね。今日は参加者だからないのが惜しいよ」


「どっちもただの飾りじゃなくて実用品だったんだ……。ほんとこの異世界、中世なのかSFなのか」


「ああ、SF要素でコレになったんだ?」


「うん。すっごく似合ってるよ!」


「ありがとう。ではご期待に応えますか」


 ※


 デビュタントからの挨拶が途切れたところで、休憩をとるため王達は玉座から降りた。


 舞踏会に来ている王族と合流し、王、王妃、王太子、王弟、先代王兄でテーブルを囲む。王弟ホルシャホルと一緒にいたのでソルもテーブルに呼ばれた。


 今回、王族の後ろに護衛についているのはムトゥ他5名。そこに教会関係者の護衛をしていたアロールも加わる。


「それにしても美しいの! なにより強そうなのが良い!」


「恐れ入ります」


 先代王兄イリヤはテーブルに着くなり王妃を褒めちぎっていた。

 イリヤの奥方は病気がちで舞踏会など人前に出ることがないから、余計に新鮮に見えたのかもしれない。 


「これはお主の案であろ? 今までに無い装いなのがまた良い!」


「そうでしょう、そうでしょう!」


 王は力強く頷いた。

 少し前に、王は舞踏会のことを『先見』していた。正しくは、舞踏会の後で熱っぽく御使い様について語るホルシャホルを、だが。


 なにが『あんな姿でお強いなんて』だ。これだけ強い装いをした女人がいれば、あんな小娘に目を奪われることはあるまい!


 えりかが不思議に思っていた魔界の舞踏会は、実は王が望んだドレスコードからだった。


 「強さを感じる装いが望ましい」という王の一言が王妃に伝わり、王妃から貴族へと広まった。

 「今回の『始まりの舞踏会』はいつもと違う」「内装すら一新され今までに無い舞踏会になる」と。


 宣言通り、王妃の装いは誰よりも強烈なものだった。

 もともとハッキリした顔立ちの王妃なのだが、今までは流行のためや、王の愛するホルシャホルに似せようとやわらかく見せるメイクをしており、残念ながらいまひとつ似合っていなかった。


 そこに今回の王発言ドレスコードだ。


 「まるで王妃様のことを思いやってくれたかのようではないか!」と、王妃付の者たちは歓喜した。

 王妃付のメイドたちは張り切った。今まで王妃から笑顔を引き出せなかったお針子たちも腕を振るった。


 王妃自身は、最初はからかわれているのかと半信半疑だった。ドレスを試着した自分を鏡で見たときは、あまりの凶悪な姿に言葉を失った。


 しかしまわりの者が「素晴らしいですわ」「これ以上はありませんわ」と言ってくれるので、それこそ飛び降りるくらいの勇気を振り絞って王の前に出ると、「よく似合っているぞ!!」と、今まで一緒にいた中で初めて手放しで褒めてもらえた。


 舞踏会会場に入ってからもフロアで踊る時も、周囲から称賛の声が聞こえ、尊敬の目で見られた。

 そんなことは初めてだったので、王妃は今もふわふわした心地でいた。


 もちろん、そこにまったく他意がないことはないことくらい王妃もわかっている。


 自分の味方であるメイドやお針子はともかく、第三者から見れば「よくもまぁそこまでやりきれるわね」という若干呆れを含んだ称賛であり、「私には到底そこまで自分を捨てることなどできませんわ」という尊敬なのだ。


 それがわかっていても、全身全霊をかけてくれたメイドやお針子、心から褒めてくれた王や先代王兄のこともあり、王妃はいつもよりも嬉しかった。


「それにしても、挨拶に来なかったな」


「途中で出て行きましたから、目標を見つけたのでしょう」


 王と王弟の会話に主語はないが、えりかと千尋のことを言っているのをサンクトスたちは読み取った。

 いまだ夢見心地な王妃は、王と王弟のそんな会話は日常茶飯事なので、いちいち質問することはない。


くだんの令嬢も見かけなかったが」


「それはちょっと気になっています。アロール、なにか聞いていますか?」


「今のところなんの連絡も入っていませんが、む?」


 警備と軍の階級章を通して、階級章が使われたこととその場所が、敷地内にいる階級章を持つ全員に伝わった。

 すぐにそばにいる巡回警備隊員が駆けつけていることだろう。


「植物迷路の方ですね。意識のある人物に使われていたら視界をうつせますが、映しますか?」


「映せ」


 アロールは王から許可を得たので、テーブルに円盤を置き、その上に自分の階級章を置いた。


 すっかり夜になったので、ここから植物迷路は目視することもできない。

 だから王も、たいした映像ではないだろうと思い、この場で映すように言ったのだ。


「…………」


 しかしテーブルの上に結界に包まれた人物の視界を映した立体映像が結ばれた時、誰もが声を失った。


 足だった。


 女人の素足のような足は、黒くて半透明な膜で覆われている。くるぶし高さのかかと上部分に黒いリボンが蝶結びになっており、そこから上に伸びるように、足に一筋黒いラインが続いている。その先は白いレースのハンカチを束ねたようなスカートに吸い込まれている。


 足の人物が少しもじっとしておらず、はっきりとはわからないが、白いレースドレスの前部分は膝丈、後ろ部分がふくらはぎ丈のようで、後ろから見ている視界で黒いラインがあるからか、とにかく足が目立つ。


 白いレースドレスの上着は、足を覆う膜と同じ半透明の黒で長袖を通り越して手袋になっていた。その代わりなのか、従来の上着のように白いドレスの後ろ部分を上着は覆っておらず、上着の丈は腰よりも上だ。足の持ち主が足を振り上げるたびに、足首の黒いリボンがそよぎ、幾重にも重なる白いレースのスカートがひるがえる。


「……これほど蹴り上げるのであれば、あの長さでないと邪魔でしょうな」


 蹴る?


 思わずこぼれたアロールの言葉に、突然現れた足に唖然としていた一同はあらためて映像を見た。


 映像の中、足の持ち主は、まるでダンスでも踊るかのように軽やかに動いていたが、その問題の足が幾度も上げられているのは、誰かを蹴るためだった。


「あ」

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