第30話 始まりの舞踏会~お嬢様の首飾り
※今回、※印の後から嫌な男が出てきます。
※悪い予感がしたら、読まずにとばしてくださいm(_ _)m。
※最下部に今回のざっくりした内容を書いています。
本日のアロールは、舞踏会会場にいるソルやホルシャホルといった教会関係者の護衛についている。
ソルから聞かれたのをきっかけに、アロールとホルシャホルは首飾りが本来どういったものだったかを説明していた。
「まさか、あの教訓が実話から生じたものだとは思いませんでした」
「こちらとしては教訓になっていた方に驚いたんだがな。都合がいいからそのままにしている」
「教会の方としても、印象も効率も良くて助かっています」
最初は偶然だった。
たまたま名のある家のお嬢様が教会を訪れた折おりに首飾りが外れて置き去りになったところ、親の薬代に困っていた子どもが拾って売って薬を手に入れたという、あまり褒められた出来事ではなかった。
もし首飾りの持ち主が、首飾りの一本や二本無くなっても気にしないお嬢様だったら、話はそれで終わっていた。
ところが、その首飾りは高価な物ではなかったけれども、お嬢様の一番のお気に入りだった。
お気に入りがなくなっていることに気づいたお嬢様は、なんとしても首飾りを見つけて欲しいと頼んだ。お嬢様付の使用人はお嬢様を喜ばせたい一心でその日のお嬢様の行動を遡り、ついに買い取った店で売りものになっていた首飾りを発見した。
その店で詳しい話を聞くと、売りに来たのが子どもだったとわかり、その子どもを調べたことで子どもの逼迫ひっぱくした状況も明るみに出た。
慈善事業に積極的な家のお嬢様だったこともあり、その子を罪には問わず、そんなことをしなければならなかった状況をなくすために、その子どもがいる地区に安くかかれる医者を導入し、相談できる場所として教会も増やした。
この話は美談として広まり、その家の名声も上がった。
ここまでなら良かった。
しばらく経つと、その家のように名を上げることを狙って、あちこちの教会で首飾りがわざと落とされるようになったのだ。
当然ながら、明らかに誰のものかわかるほど特徴的な首飾りはすぐに教会や警備に届け出られ、持ち主に返された。
お嬢様の首飾りは子どもが扱ってもおかしくない物だったからこそ、子どもが売りに行っても買い取られたが、生活に困っているような人間が盗品だとわかるものを扱えば、当然ながらその場で警備部隊に通報される。
しかし盗品をうまく扱う人間だっている。
そっち側の人間からすると、わざと高価な首飾りが落とされる状況は美味しかった。
首飾りをそのまま売れば足がつくが、石だけや台座だけ、なんなら台座も地金に変えればいい。
地金にするのは工房だ。
たまたま自分の作品を地金にするように言われた工房主は驚いた。
心血注いで作り上げた作品が他人の手にあるのは依頼主から不満を買ったからなのかもしれないが、どうして金属の塊に戻さなくてはならないのか。せめて他の工房に頼んでくれれば良かったのに。
盗品業界の活性化と工房からの不満と協力を受け、諜報部隊が動き、首飾りは釣り餌になった。
主だった買い取り店や貴金属工房に諜報部隊の隊員が入り込み、怪しい品を持ち込んだ相手には尾行を付ける。
実際に生活に困っているようなら教会に知らせて教会が手を差し伸べる。盗品業界ならそのままその組織を切り崩す。
教会は効率的に民を助けられるし、諜報部隊も怪しい組織に目星を付けられる。
続けるうちに首飾りの話は『神様は見ておられますよ』という教訓話として定着し、わざと教会で首飾りを落とされることもなくなり、盗品業界の活性化もおさまった。
諜報部隊はこのことを参考に、諜報部隊の訓練のひとつとして教会に釣り餌の首飾りを落とし、その行方を追わせるようにした。
訓練では、主だった買い取り店や貴金属工房に入り込んで売主を突き止め、売主の背景や理由を調べ上げ対策を練るという流れになっている。
もちろん一人で全部はできないので、店や工房に入り込む者、調べ上げる者、対策を練る者、とわかれている。
それとは別に、首飾りを売りに出さずにネコババ(遺失物横領)された場合の、ネコババ犯と遺失物を見つける訓練もある。
遺失物とわかっていて手元に置いておかれることはほとんどないのだが、稀にある。
この場合は、ネコババ犯の家に潜入、遺失物を回収するという、若干どちらが泥棒かわからない感じになるが、訓練を兼ねた証拠集めの後、ネコババ犯はちゃんと裁かれる。
今回えりかと千尋に課されたのは、あいまいな証言から首飾りを見つけ出して取り戻すという、訓練の変形したものだった。
問題の首飾りのネコババ犯は諜報部隊がすでに特定済みだ。
しかしこのネコババ犯は遺失物である首飾りを令嬢に贈っていた。その首飾りを贈られた令嬢が舞踏会に首飾りをつけてくることがわかっていたため、結果もすぐに出るだろうと思われたのだ。
※
植物迷路の右側にある休憩場所のイスに、薄緑色のドレスを着た、か弱そうな令嬢が後ろ手に縛られていた。
テーブルを挟んで足を組み悠々とイスに腰掛ける一人の男が、にやにやと薄ら笑いを浮かべている。
「私は知らなかったのよ!?」
「知らなかったと言ったところで誰が信じてくれるのですか。なによりの証拠となる首飾りを持っていれば、貴女が懐にしまったのだと思われるだけですよ」
「嘘よ! 私が泥棒みたいなことするわけないって、みんな信じてくれるわ!」
「そうでしょうか? それに、そう思うのなら、どうしてお披露目せず、すぐに首飾りを外してしまったのですか? 貴女は皆に『とっても素敵な首飾りを手に入れたのよ』と言いふらしていたではありませんか」
「それは貴方からもらったことを自慢していただけで」
自分よりもかなり身分の高い殿方からの贈り物だったので、令嬢は散々「舞踏会で皆様にお披露目しますわ」と煽っていた。
「まさか盗品だったなんて」
「人聞きの悪い。盗んだものじゃありませんよ。拾ったんです」
「同じじゃないの! 知らないご婦人からも『それはお嬢様の首飾りですよね』って言われたのよ? 有名な首飾りじゃない!」
「おや。ご存じだったのに受け取ったのですか?」
「だから知らなかったのよ! 今日みんなに言われて初めて知ったわよ!」
「可憐な貴女にピッタリでしょう?」
「贈り物をするなら普通のお店で買うか、作らせたら良かったじゃない!」
「うちにはね、もうそんなことに使えるお金はないのですよ。でも大丈夫です。貴女がいればすぐに首飾り分くらい稼げますからね」
「な、なに言って」
「貴女は大変可愛らしい。貴女と私が婚姻して一緒に働くんです。そうすれば、すぐに稼げますよ」
「働くって。私、なにも」
「心配いりません。貴女ほど庇護欲をそそられる方ならばすぐに誰かひっかかるでしょう。貴女が連れて行かれた先に私が出て行って『私の妻になにをした。表沙汰にしたくなければそれなりの対価を支払え』と言えば、簡単に稼げますよ」
「それって……」
「この首飾りと同じですよ。貴女は盗んでいなくとも、盗まれたものを持っていれば犯人だと疑われる。真実かどうかなんて問題じゃ無いんですよ。貴女は首飾りを盗んだ噂がついた方がいいですか? 噂がつくと貴女の価値は落ちますけどね。案外、その方が回数は多くなるかとは思いますよ?」
「いやに決まってるでしょ!」
「大丈夫ですよ。貴女も何回か経験すればすぐに慣れて、もっと遅く来て欲しかったと私に言うようになりますよ」
令嬢は言葉の意味を考えてぞっとした。
「さぁ、私と婚姻を結ぶと言ってください。餌として優秀な貴女を私は大事に扱いますよ。あぁ、もちろん、首飾りを盗んだ犯人として有名になりたいのならそれでもかまいませんがね。私はこのまま警備に貴女を突き出すだけです」
「…………」
さすがの令嬢も男に脅されているのがわかった。
男兄弟が続きやっと産まれた念願の末娘として甘やかして育てられた令嬢は、今更ながら自分の愚かさを呪った。
友達がこの男のことを「あまりお付き合いしない方がよろしいかと思いますわ」と申し訳なさそうに言った時は、「この方の良さがわからないなんて!」と憤慨し、むしろその友達を遠ざけた。
兄たちから口々に「もっと世の中について知っとかないと危ないぞ」と言われても、「なにを言ってるの? 私は可愛いんだから大丈夫よ!」としか思わなかった。
今回の首飾りにしても、警備隊にいるから安心だと舞踏会のエスコート役に選ばれた兄が首飾りを一目見るなり「それは外せ」と言ってきて、「どうしてこんなに似合っているのに外さなくちゃいけないのよ!」と聞く耳を持たなかった。
馬車を降りてすぐに「そちら『お嬢様の首飾り』ではなくて?」「まぁ、本当ね」「じっくり見せていただきたいわ」と、友達でも知り合いでもない年配の方々に囲まれて、「ほら、見る人が見れば首飾りの素晴らしさがわかるのよ!」と思い、「素敵な首飾りでしょう?」と自慢げに言ったら、気の毒そうな顔になって『お嬢様の首飾り』の話をしてくれた。
「有名なお話ですから、まさか存じ上げていないとは思いませんでしたわ」「洒落でつけていらしているものだとばかり思っていましたけど」と、まるで私自身が犯罪者みたいに、すぅっと引いていったのよ。
すぐに首飾りを外して、この男に突き返したかったのにダンスが始まっちゃったから仕方なく兄と踊って。
休憩したら探そうと思ってたところにこの男がやってきたから、やっと首飾りを返せると思ったのに、「人目のあるところでは話せませんからね」って言葉に納得して、こんなところまで連れてこられて縛られるなんて!
涙目で男をにらみ上げると、男は残虐な笑みを浮かべた。
「ふふ。いい顔ですね。貴女の初めては高く売りつけたいので、今はなにもできなくてつまらないですが、せいぜい会話で楽しませてもらうとしましょう。どうですか? 結論は出ましたか?」
絶望する令嬢の耳に、場違いに明るい声が聞こえてきた。
「あれ? 今日は迷路に入れないんですか?」
「舞踏会時は閉鎖される!」
「むやみに近づくな!」
警備らしき2人の声が質問に答えている。
令嬢は、あぁ人がいる。これで助かると思ったのだが、すぐに目の前の男が低い声で囁いてきた。
「いま助けを呼んだらどうなるかわかっていますよね? 泥棒として捕まりたいのですか?」
助けを呼びかけた令嬢の喉がひゅっと鳴った。
声を出せば私の存在に気づいてもらえる。
でも、私の言うことを信じてもらえるとは限らないんだ。
そう思うと、令嬢は声を出せなくなった。
※首飾りの教訓話は、実際に偶然あった出来事から、諜報部隊が首飾りを釣り餌にすることによってできたのだった。
※その釣り餌に使われていた首飾りを金に困った貴族が令嬢に贈り、令嬢に「盗んだ犯人だと思われたくなければ言うことを聞け」と脅していた。
※あさはかな令嬢は首飾りの教訓話を知らず、会場に着いてから年配者に教えられ、すぐに首飾りを貴族に突っ返したかったのに、人気のない迷路で貴族に縛られて脅されていた。
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