第29話 始まりの舞踏会~魔界の舞踏会

 どこどこ家のなになにさんっていちいち呼ばれてからの入場になるので、入場だけでけっこうな時間がかかった。


 ちなみに、リアル社交界デビュー舞踏会では地位の高い人からの入場だけど、ここでの入場は低い者順。貴族位の高い人はそもそも招待時間も違うし、入場まで別室で休憩できる。早くに入場した私とちーちゃんは、警備隊関係者に挨拶まわりしつつ、入場者名を聞きながら胸元チェックを続けていた。


 デビュタント全員が入場してから王族がおでましになる。王様、王妃様、王太子である青年サンクトス君が続く。


 王様がデビュタントへの言祝ぎと舞踏会の開始を宣言して、まずは王様と王妃様が一曲踊るために広間の中央に進み出た。

 ゆっくりとした曲が流れ出すとお二人は優雅に踊り始める。 


 王様の正装はこの舞踏会用なのか、アロールおじさんと同じ軍服型の黒で、刺繍が金と赤でびっしり、さらに金のモールも華やかについているから重そうだ。水平な軍服の方なのでウェストコートがあんまりチラ見えしていないんだけど、ちゃんと淡い赤紫色と王妃様のドレスに合わせている。


 王妃様のドレスは王様やサンクトス君の目の色を思わせるワインレッド。黒い上着の胸下には金のボタンが3つ並んでいて、上着の胸横部分から首の後ろまでぐるりとワインレッドのフリルが縁取っている。膨らんだ胸元には金色の台座に透明の石がハマった豪華な首飾り。おそろいの意匠の耳飾り。王妃様の髪色は赤みがかった焦げ茶で、アップにまとめた髪に金色と透明の石が輝くティアラを付けている。瞳はさすがにここからはよく見えない。


 ただ、離れていてもわかるくらい王妃様のメイクがハッキリしているからか、赤の女王というか、悪い魔女にしか見えない。なんで黒い上着の肩部分がとげとげしてるの? 威嚇中?


 まぁサンクトス君と同じ黒髪ワインレッド目の王様もたいがい魔王っぽいから、バランスはいい。どこの魔王夫妻ですかって感じで私は楽しいです! ありがとうございます!


 ちなみに待機中の青年サンクトス君も今回は黒の正装をしてるので、魔王子って感じ。どうせなら赤黒マントもつけてポーズとってほしいところ。


 服はまぁいいとして、この会場自体も黒と赤で飾られてるのはなんで?

 私が会場マップを埋めるために来た時は、普通に木材と白と金だったよ?


 主役とかぶらないようにデビュタント以外のドレスが濃い色になるのはわかる。王妃様のワインレッドと同じだと失礼だからいないのもわかるけど、ほとんどが赤黒系って何縛りなの?


 デビュタントがこれ以上無いくらい目立つから、案外毎回こんな感じなのかな?


 内心複雑なのは私だけみたいで、他の皆様方はうっとりとした様子で踊る王様と王妃様を見ている。


 それにしても王様然としていると、あの王様が頼もしそうに見える。きっと私が遭遇した時は、たまたまアレな時だったんだね。アレな時しか会ってないけどね。


 王妃様を見たのは初めてだ。勝手に儚い美女をイメージしてたけど、威嚇魔女ドレスのせいかツンデレぽい雰囲気がする。話してみたいなぁ。挨拶するときに声が聞けるんだろうか。


 踊り終わったお二人が玉座に戻ると、デビュタントが広間を埋めて一斉に一曲踊る。


 その後は一般参加者も踊って良くなり、その間にデビュタントは王様に挨拶し、挨拶が終われば踊るもよし食べるもよし婚活するもよしだ。


「私と踊っていただけますか?」 


「喜んで」


 音楽に合わせて形式通りに手を差し伸べてくれるちーちゃんヒイロに手を重ねる。


 リアル社交界デビュー舞踏会は意外と早い曲で、ひたすら回転しながら広間をまわる感じなんだけど、異世界ではデビュタントの年齢層が低いからか、早すぎず踊りやすい曲だ。


 いつか海外の舞踏会に参加してみたいとダンス教室にも通っていたので、ダンスに問題はない。そんな私にちーちゃんも付き合ってくれていたので、二人で踊るのにもすっかり慣れている。


 くるりくるりと音楽に合わせて丁寧に回転しながら、他の人とぶつからないように広間をまわる。


 あぁすごい! 本当に舞踏会だ!

 ちーちゃんヒイロと視線が合うとにっこり笑って「楽しいね」と囁いてくれた。


「うん。ヒイロと一緒に踊れて嬉しい」


「ふふ。私もだよ」


 魔女達に見守られながら淡いドレスのデビュタントたちがくるくる踊る、まるでどこの魔界の舞踏会。

 緊張感と高揚感、会場と服とデビュタントと見守る人がひとつのなにかを作り上げている様は、どこかコスプレイベントと似ている。


 私たちは一曲を幸せな気持ちで楽しみ、別の曲に変わるタイミングで広間から飲み物がある方へと抜けた。  


「それで見つかったの?」


「ううん、見当たらないの」


 そう。まず、首飾りをしている人がほとんどいないのだ。

 察するに、ダンスするのに邪魔になるからだと思う。


 王妃様とかデビュタントじゃない人は付けてる人が多いんだけど、その人たちの首飾りには繊細さはなくて、魔女ドレスに負けない金色でゴージャスなものばかりだった。


「ひとまず水分をとってから王様に挨拶しようか」


 喉を潤してから挨拶の列に並ぶ。

 入場とは逆で、挨拶は身分の高い者順なのでエミリとヒイロは最後の方。待っている間に見つかるといいなと、引き続きさりげなく胸元をチェックしているけど、淡いドレスの子は付けていても鎖だけで石はついていない。


 人垣の向こうには大きな窓が並んでいて、空が暗くなり始めているのが見えた。

 夕方から始まった舞踏会は、すでに夜にさしかかっている。

 舞踏会自体は翌朝まで続けられるけれど、若い子はさっきの一曲を踊って王様に挨拶をしたら帰ってしまうだろう。


 まずいなぁ。 


 私が見逃していないのならばデビュタントは全員チェックできた。でも、ずっと見ていた私の勘違いでなければ、ホルシャホル猊下が語りたくなるような首飾りはどこにも見当たらなかったのだ。


 首飾りの持ち主は舞踏会参加者、首飾り自体は繊細なもので私が見れば一目でわかる。

 探すにしてもヒントが少なすぎるよ! もう少しなにかないの?


「首飾りといえばね、町でこんな話を聞いたよ」


 焦る私のためにか待ち時間の退屈しのぎか、ちーちゃんヒイロが口を開いた。


「生活に困っている人がいてね、たまたま教会で拾った物を売ったら、後からその人の住む地区の見直しが行われて、生活が楽になったんだって」


「へぇ?」


「逆に、特別困ってない人が教会で拾った物を売ったら、その人はその日のうちに捕まっちゃったんだって」


「それは、神様は見ていますよって言う教訓的な話?」


「そう。その話に出てくる落とし物が、なんでか首飾りなんだよ。首飾りってそんなに頻繁に落ちるのかな? 耳飾りの方が落ちそうだけどね」


「よっ。ヒイロ。お前のいい人かぁ?」


 私たちの前に現れたのは、ちーちゃんヒイロと同じ警備隊の礼服を着たハタチ過ぎくらいの男子だった。


 ちーちゃんヒイロと階級章の意匠自体が違うので諜報部隊じゃなさそう。


「そうですよ、先輩。エミリ、この人は城下町の警備担当の先輩だよ」


「初めまして。ヒイロの幼馴染でエミリと申します」


「よろしくエミリちゃん。あぁー、ヒイロはこの若さで遊撃隊なうえに、可愛い幼馴染までいるのかよ。はぁ。俺は妹のエスコートなんだ。あの妹がいっちょまえに舞踏会なんてほんと生意気だよ」


「あれ? その肝心の妹さんはどこに?」


「それがさ。なんか金持ちそうな男に声かけられて、そのまま付いてった」


「まぁ。妹さんと一緒にいなくて大丈夫なのですか?」


「妹に首飾りをどうこうって話してたし、顔見知りっぽかったから、いーんじゃね?」


 いや、よくないのでは?

 ちーちゃんヒイロもそう思ったようで、さりげなく詳しい経緯を聞き出した。


「だってさぁ、首飾りを返す返さないって話してんだぜ? 今日のためにプレゼントされたか、もらったけど気に入らなかったとかそんな話だろ? 相手の態度は気にくわないけど贈り物される仲なら、痴話喧嘩に巻き込まれたくないじゃん」


 そうなのかもしれない。

 妹さんは、恋人からもらった首飾りを気に入らなくて、でも恋人さんはどうしても渡したくて、押し問答しているだけかもしれない。


 でも、そうじゃないかもしれない。


「あの、良かったら、私に妹さんを紹介していただけませんか?」


「紹介は全然いいけど、今どこにいるかわからないからなぁ」 


「先輩はどこで妹さんとわかれたのですか?」


「飲み物んとこ。挨拶に並ぶのわかってたから、先に並んどくぞって声かけたし、ここにいればそのうち来るだろうさ」


「……ヒイロ、探しましょう」


「先輩、見つけたらすぐに連絡します。妹さんの髪色は? 何色のドレスを着ていますか?」


「お、おう。髪は俺と同じ焦げ茶。ドレスはうすい緑だ」


 私たちの勝手な考えすぎならいいんだけど、嫌な予感が止まらない。

 私とちーちゃんヒイロは飲食スペースへと向かった。

 残念ながら、焦げ茶の髪色をしたうす緑のドレスの子は見当たらない。


「ねぇ。一般参加者ってどこまで入れるの?」


「デビュタントと同じだよ。メイン会場とサブ会場2つとそれぞれのテラス。休憩室。庭と噴水広場と東屋。植物迷路には入れない」


「けっこう広いね」


「うん。でも、言い争いを人目のあるところでするとは思えないから、会場にはいないと思う。今回の舞踏会には休憩室とテラスすべてに警備がついてるから、外していいし。問題は外だよ。エミリ、地図でなにかわからない?」


「ん、ちょっと見てみるね」


 私の異能『経地転移』のオプションマップを確認してみる。

 すでに、いつでもどこにでも転移できるようにここのマップは制覇済みだ。


 めっっちゃ広かったよ! 迷路が地味に辛かった。解くためじゃなく埋めるためだけに歩くのはつまらないのがよくわかりました。


 マップの会場はまれに赤くなるだけでほぼ暗く沈んでいた。意外とテラスも人でいっぱいらしく、転移できる赤い点が半分くらい消えている。


 休憩室の前の廊下や各テラス前に赤くない動かない点があるのが警備の人なのだろう。ありがとうございます! お疲れ様です!


 今は建物内にいるので、庭も見れる敷地内マップを開いても大雑把にしかわからない。


「建物から出ないと外はよくわからないよ」


 そう。『経地転移』も進化して、マップが前よりも詳細に見えるようになったのだ! まぁ、ただし見たいフロアに私がいる時に限る、だけどね。


「じゃあ庭の方に降りてみよう」


 メイン会場のテラスから続く階段を降りると広い庭へ出られるようになっている。


 ちーちゃんヒイロにエスコートされてゆっくりと降りると、外はすっかり暗くなっていた。

 道や噴水、東屋にぽつぽつ灯りがともっていて、ムーディな雰囲気が醸し出されている。


 庭といってもメイン会場に垂直に広い道が延びていて、その途中に大きな噴水がある。道を外れた左右には東屋がいくつも建っていて、広い道の行き止まりに巨大な植物迷路がある。


 マップを見ると、広い道を歩くカップル、噴水広場や東屋で語らうカップルがいるらしく、あちこちにある赤くならない点は2つひと組で、それぞれ人らしい動きでチラチラしている。


「んん? 今日は迷路にも警備がいるの?」


 迷路の前に先程休憩室やテラス前にあったような動きのない暗い点がある。

 そして迷路に入って初めの休憩場所にも。


「いや。さっきエスト様に聞いたけど、迷路は入り口を封鎖しているだけで警備はいなかったはずだよ。それに庭の警備は巡回だって」


 私はちーちゃんヒイロの腕をぐっとひっぱって、暗がりに連れ込んだ。

 そして植物迷路の近くに転移した。


「はぁ。そうじゃないってわかっててもドキドキしたよ」


「いきなりごめんね。時間が惜しくって」


 身を寄せ合った私たちは小声で囁きあった。

 舞踏会会場から植物迷路は遠目に見える距離とはいえ、ドレスを着て歩くとけっこうな時間がかかるのだ。


「迷路の入口前に二人、迷路に入って右に行った場所にある休憩場所にも二人いる」


「ふぅん。それはおかしいね。私が先に様子を見てきてもいいかな? もしなにかあったら、エミリの判断で動いてくれたらいいよ」


「わかった。気をつけてね」


 にこりと笑うと、ちーちゃんヒイロは背筋を伸ばして植物迷路の入口へと歩いて行った。

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