第28話 始まりの舞踏会~開始
今日は『始まりの舞踏会』。
ソラリアで一番大きな舞踏会会場に集まっているのは、デビュタントな14~18歳の御令嬢ならびに御子息の皆様。
年1回行われている王族参加の舞踏会でお披露目した後は、あちこちで行われている舞踏会に参加できるようになるという、異世界あるある社交界デビュー舞踏会だ。
実は、社交界デビュー舞踏会は現在でも実在している。
一番有名なのが、オーストリアのウィーン国立歌劇場(オペラ座)で毎年2月に開催されるオーパンバル。
リアル社交界デビュー舞踏会では、女子は純白のオペラグローブ(肘を隠すほど長い手袋)を付け、純白のダンスシューズ、床に届くほど長い純白のイブニングドレスを身にまとう。参加者共通のティアラを付けて花束も持つから、ベールはないけど花嫁さんみたい。
男子は黒のテールコート(
ちなみに燕尾服とは、上着の前部分がかなり短かいけど、後ろ部分は膝裏近くまで長くて燕つばめの尾みたいに切れ込みが入っている式服のこと。テレビの中でなら指揮者さんやマジシャンさんが着てる。コスプレなら某執事でお馴染み。
長い裾がふたつに分かれているのが特徴の燕尾服をテールコートって言うのはswallow-tailed coatの略だから。このスワロウテイルがアゲハチョウを意味しているんじゃなくて、スワロウ(燕)のテイル(尾)でテールコート。
似ているつながりでついでに言うと、結婚式で父親が着るのはモーニング。上着の前から長い後ろにかけてまるみのあるカーブを持つ式服。なんとなくペンギンみたいで微笑ましい式服。縦縞スラックスを合わせているのをニュースやドラマで見かける。
新郎が着るのがタキシード。裾が一般的なスーツと同じか長かったり短かったりするけど、裾自体は水平な式服。コスでは伝説の女子アニメに出てくる某仮面様。
そう! タキシードと言えば某仮面様のタキシードは、全体的に上着がタイトで上半身だけ短ランみたいなオリジナルデザイン(形だけで言うと燕尾服の後ろ部分を前と同じ長さでザックリ切った状態)。前部分はちゃんと尖っていてウェストコートのチラ見えをしてくれているのが、ほんとごちそうさまです!! 某仮面様には立派なマントがあるので、活動の邪魔になりそうだから短くしたのかなぁと勝手に納得しています。
燕尾服といえば、某執事様はひるがえるあの尻尾部分がトリッキーな動きと怪しさを醸しだし、コウモリ羽を彷彿とさせてたまりません! ありがとうございます!! ちなみに同作品のベテラン執事さんはモーニングコートに黒灰縦縞スラックスを合わせて年配感が出ているし、赤くなる前の赤執事さんは(おそらく)フロックコート(スーツより丈が長くて後ろ部分の腰より下がゆったりしている)で垢抜けない感じがする。
あ、フロックコートが悪いって言いたいわけじゃないですよ? むしろ中身が45歳以上だったら大好物ですよ!
(マフラーの似合う新しい方のシャーロックじゃない)昔のドラマ版のシャーロックホームズがフロックコートを着ていると、おかたいというか紳士って感じがする。黒い時の赤執事さんが着ると古くさく感じるのは、見た目の若さが同じくらいの執事が横でシュッとした燕尾服を着こなしているから。
でもでも、某明日の主人公アニメでの白ヒーロー様は若いんだけど、普段着として白の(おそらく)フロックコートを着ているのが、若いのに堅実な貴族って感じになるんだよね。対する黒ヒーロー様はただの黒スーツっぽいのを着崩していて、貴族制度を嫌っているのを体現してくれている。まぁ作中で私に一番ささったのは某ハーブちゃんの女優っぷりだけどね!
話を戻して。
もし、某仮面様がフロックコートを着ていたらどうよ?
ファンタジーとか時代背景が過去ならともかく、舞台が現代なら、私は年齢プラス30くらいしてもらえたらトキメくけど、普通の人はトキメキ半減だよね。
やっぱり某仮面様にはあのタキシードでマントをはためかせていてほしい。
逆にシャーロックホームズが普段から燕尾服を着ていたら?
燕尾服は服自体がかなりタイトだから細身のホームズになっちゃうし、かたい紳士から夜の紳士にイメージが変わってしまう。
ほんとキャラって服ありきだよね。
某仮面様と某執事様のおかげで式服の魅力にどっぷりハマったけど、どっちも自分では着こなせないのが口惜しい。
式服について思わず熱く語っちゃったのは、目の前に見える燕尾服らしき服の分かれた尻尾部分が尖ってないから。かといってモーニングみたいにまるみがあるわけでもなく水平。
前部分は短くて尖ってるから、中に着ているウェストコートがいい感じにチラ見えしてくれて嬉しい。でも今日は白ばっかりなんだよね。普通の舞踏会ならウェストコートを相手のドレスの色に合わせたりするんだろうか。なにそれめっちゃ見たい! 猊下のサークレットをすり替えた時は転移して舞踏会会場には入れなかったから、参加者を見れなかったんだよね。
尻尾部分が水平だと乗馬服に近い気がする。
そういえばアロールおじさんの軍服は短い前部分も水平だから、かなり乗馬服っぽい。
よくよく見ていたら、アロールおじさんぽい服も見かけたので聞いてみたところ、すでに警備や軍で働いている人はそこでの礼服もOKらしい。
軍の正装は二種類あって、舞踏会の警備や要人の護衛中だと、初めて会ったアロールおじさんが着ていたような刺繍もりもりの赤で、この舞踏会に参加しているなら軍服と型は同じながら刺繍なしの黒。
警備の正装も二種類で、
舞踏会に参加している方が地味って、やっぱり女性を目立たせるためなのかな?
まぁとにかく男子の参加者は黒白なのでわかりやすい。
問題は女子ですよ!
そう、御使い様しか白黒は使えないというわけで、女子はとにかく淡い色合いで柄物じゃなければ何色でもOKでびっくり。
しかも、リアルデビュタントは長手袋してるとはいえほとんど肩丸出しなのに、こちらでは長袖に短い手袋。
袖つきドレスじゃなくて、ドレス自体はノースリーブワンピースとリアルデビュタントと似てるんだけど、その上から長袖の上着を着ている。上着はボレロではなくて、ちゃんとドレスの一部だった。
さっき語った燕尾服みたいに、前部分の丈は短くて後ろ部分が長いのをワンピースに重ね着している。後ろ部分と言っても、スカート丈近くまである長いジャケットというか。ボタンのある前中央が短いだけで、後はドレスを覆うくらいだんだん長く広くなっている。
前部分では、外からつけるコルセットみたいな働きをしていて、胸が強調される。
上着の
私はそんな参加者の服を楽しみながら胸元をずっと見ている。
あの王様から直々に依頼されたのだ。
「舞踏会に参加する女性が教会に所蔵しているはずの首飾りを使うので取り返してほしい」
ぶっちゃけ依頼をお断りしたかったけれど、妖精みの増したホルシャホル猊下が首飾りについて熱く語ってくれた。
「その首飾りは『太陽の欠片』を使ったものなのですが、普通のものとは少々違っています。『太陽の欠片』は華々しさや力強さといった、やはりソール神を象徴する金色と組み合わせて使われます。しかしその首飾りは特殊な金属と組み合わせることで、楚々とした美しさを引き出した一品なのです。『始まりの舞踏会』に参加される方々は初々しさを第一とした装いになります。おそらくその首飾りをつけることによって、類を見ない美しさになっているかと」
そこまで語られたら見たくなるよね!
残念ながらコピー防止のため、写真のようなものはなくて、実物がどんなものかは話を聞くことでしか知れなかった。
聞いたところ『太陽の欠片』にしては珍しく、銀色の金属を使った繊細な首飾りらしい。
ホルシャホル猊下が「ひと目見たらすぐにわかりますよ」と自信たっぷりに言うので、そうなんだろう。
できれば舞踏会前に取り戻したかったんだけど、見つけられなかった。
今日は『始まりの舞踏会』本番。必ずつけてきてくれるはず。
そんなわけで、私はデビュタントな女子の胸元に『太陽の欠片』がないか確認しながらファッションチェックをしているんだけど。
「例年よりかなり多い。今年は王太子殿下がみえるというから、早めた者が多いのだろうな」
「もともと『始まりの舞踏会』はお見合いの場でもありますからね」
今は警護中のアロールおじさん、天然天使ソルさんが言うとおり、会場の外も中も淡い色のドレス女子だらけだ。
リアル社交界デビュー舞踏会も、お見合いの場を兼ねているらしいから、どこも同じなんだね。
『始まりの舞踏会』に出られるのがリアルと同じでステイタスみたいだから、身元ははっきりしているという意味で出会いの場としても安心なのかもしれない。
舞踏会までにできる限りデビュタント女子のお宅訪問を繰り返したけど、多すぎて終わらなかった。
しかももう、訪問できた人できてない人が入り乱れているから、結局一から確認しなおしだ。
「お待たせしました」
「遅くなってごめんね、エミリ」
エスト様がちーちゃんを連れてきた。
「そろそろ呼ばれそうだね。エミリ、手を」
「はい。ヒイロ、よろしくお願いします」
今回、私は14歳でデビュタントするエミリ、パートナーのちーちゃんは16歳のヒイロな設定だ。
私はシークレット靴をはき、淡いピンクのドレスに同色の上着を合わせている。ふわふわピンクドレスに合う砂糖菓子のようなメイクをして、髪はアップにまとめ、デビュタント記念にもらえる銀色のティアラをつけている。アクセサリーは銀色と透明の石なら付けていいらしいけど、いざって時に外し忘れたり落としたりしたら困るので、首飾りも耳飾りもつけていない。
ちーちゃんヒイロはすでにムトゥさん率いる諜報部隊に正式に入隊しているので、遊撃隊の階級章だけつけた黒長ランを着て白手袋をつけている。
ちーちゃんは相変わらず姿勢がいい。
私の手を取り来場を待つちーちゃんは、警備隊に入隊したばかりの男の子に見える。
私の視線に気づいたちーちゃんはすぐににこりと微笑んでくれた。
「緊張してる?」
「うん。ちょっとだけね。舞踏会なんて夢みたいだから」
「そうだね。舞踏会でエミリと踊れるなんて夢みたいだよ。そのドレス、すごく似合ってる」
「っ。ありがとう、ヒイロ」
甘やかな声と表情に、つい照れてしまう。
そんな私に顔を近づけると、ちーちゃんはささやいた。
「今日は私のことだけ考えてくれると嬉しいな」
「!」
設定が過ぎる!
エミリとヒイロは幼馴染で恋人未満の設定だ。
思わず空いている手で口元を押さえてちーちゃんを見上げると、面白そうに笑った。
「もう大丈夫かな?」
「う、うん。ありがと」
落ち着け。ちーちゃんは私の緊張を解いてくれただけだ。
大丈夫、大丈夫だ。
ちょうど呼ばれたので、私たちはうなずくと、舞踏会会場へと進んで行った。
「驚いたよ」
「っくく。妬けるな」
「エリカさんもあんな表情をするのですね」
えりかと千尋のやりとりをそばで見ていた三人には、二人が本当に友達以上恋人未満の関係に見えた。
「将軍、そろそろお戻りください」
「わかった。エスト、また後でな。天使様、行きましょう」
「はっ」
「はい」
王族がいる部屋へと向かいながら、唐突にソルが口を開いた。
「あれはそれほど重要なものではないでしょう? どうしてこんなことを?」
人目を気にして固有名詞を伏せているが、アロールには今回の首飾りを探す依頼についてだとすぐに伝わった。
「ほぅ。気づいたか。あの二人が使えるかの試験といったところだな」
「御使い様は私たちを救ってくださいましたよ?」
「一回なら偶然ですまされるが、今回は違う。あいまいな情報、多くの対象の中から、期限内に見つけ出せるか。こちらに利がないのなら、わざわざ召還して危険を増やすこともないだろう」
『経地転移』も『異能消し』も使いようによっては武器になるが、それが国に対して振るわれるのなら手放した方が安全だ。
そしてそれは、えりかや千尋に対しても同じだ。どれだけ貴重な異能を持っていても、個の安全は保証されない。切り抜けられないなら巻きこまない方が親切というものだ。
「……それでも、御使い様を望んでしまう私は、罪深いですね」
「っくく。そうだな。でも私も同じだ。あのお嬢ちゃんには驚かされっぱなしだからか、ついまた驚かせてもらいたいと願ってしまう」
「あぁ、そうです。まさにそれです! 御使い様なら思いもかけないことをして下さるのではと期待してしまうのです」
「できれば、もうしばらく一緒にいたいものだな」
「しばらくといわず、ずっといてくださると嬉しいのですが」
「天使様がそんなに御使い様を気に入っているとは思わなかった」
「そうですか? 私は初めから御使い様に夢中ですよ?」
それは信仰的な意味でだろうな、とアロールは解釈した。
部屋では、王と王妃、王弟と王太子が舞踏会開始までくつろいでいた。
アロールが入室するなり、王が待ちきれないように聞いた。
「首尾はどうなっている?」
「まだなんとも。動きはありません」
「ふふん。舞踏会が終わるまでに見つかるといいがな」
「くふ。きっと御使い様の目に留まることでしょう」
「ふん。ラスーノもわかっているな? この結果によっては」
「わかっています」
サンクトスは王から、えりかたちが舞踏会が終わるまでに首飾りを見つけられなければ、もう召還はしない。その方がお互い平和でいられるだろう、と言われていた。
王のやり方はともかく、正論で納得できる内容だっただけに、サンクトスはなにも言えなかった。
私はエリカとまだ一緒にいたくて特殊諜報部隊に入れた。でも、エリカたちを危険にさらしてまで一緒にいてほしいと望むことは間違っているのではないのか?
えりかが首飾りを見つければ、サンクトスが最初に望んでいた通り特殊諜報部隊で一緒に働くことができる。
もし見つけられなければ、今回を最後に二度と召喚することは許されない。
えりかたちの安全を考えるなら見つからない方がいい。でも、私は--。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます