第27話 御使い様を語る会

 教司皇の装いが消えたと知った時、私たちソール教徒は皆ソール神に祈りました。

 どうか見つかりますように。

 猊下の麗しいお姿を再び私たちにおさずけ下さい、と。

 はたして教司皇の装いは無事に戻ってきたのですが、なんと御使い様が顕現けんげんするために使われたというのです。

 装いを身に着けた御使い様を目撃したのは、『祈りの間』にこもっていた同志と、治療院にいた『回復』をもつ同志でした。


 教徒の間でまことしやかに広がる噂を聞いたホルシャホルは、二人の教徒から話を聞くことにした。


「では、治療院のかたから呼びますね」


 『祈りの間』にこもっていた同志が治療院に運び込まれた時、同志は目を閉じていながらも恍惚と「御使い様……御使い様が……」とうわごとをつぶやいていました。

 瀕死の同志を連れてきてくれたのは警備隊員と天使様でしたので、てっきり天使様のことを言っているのだと思っていました。

 しかしその天使様さえも「私も御使い様に助けていただいたのですよ」と言うのです。


 まさか本当にいらっしゃるのかと、同志をベッドに寝かせてすぐに窓を開けました。

 見守って下さっているのならばソール神おわす空からだと思ったからです。残念ながら空には御使い様の姿を見つけられませんでした。


 やはりそう簡単にはお目にかかれないのでしょう。私も『祈りの間』に行きたいと思いましたが奉仕中です。

 私は空を仰いだまま、ソール神へと感謝の祈りを捧げておりました。


 その時です。


「……御使い様はこちらに」


 窓の下、治療院の出入り口付近から確かにそう聞こえてきました。

 祈りを捧げるために閉じていた目を慌てて開き、声の方に視線を落とすと、ソール神を描いたマントがはためき、きらきら金の輝きを残して飛び去って行くところでした。

 それを見た私は、再び祈りを捧げながら思ったのです。


 御使い様がこの世に顕現なさるためには、教司皇の装いが必要なのだろうと。

 きっと装いがなければ、私たちの目に触れられないのではないかと。


「素晴らしい。確かにそう考えると納得できますね」


 教司皇様は私の話を真剣に聞いて頷いて下さいました。

 

「それから私は、ソール神だけではなく御使い様にも祈りを捧げております」


「良いですね。貴重なお話を聞かせていただいたこと感謝いたします。再び御使い様にお会いできたら、またぜひお話しください」


「はい、教司皇様」


 スッキリした気持ちで教司皇様の部屋を出ると、天使様に連れられた同志ドゥクブがいた。

 ドゥクブこそ『祈りの間』で御使い様から言葉をたまわった本人だ。私と同じように、教司皇様に御使い様のことをお話するのだろう。

 お互い静かに礼をしてすれ違った。

 


 ホルシャホルの部屋にノックが響く。


「失礼いたします。同志ドゥクブをお連れしました」


「おぉ、天使様。ドゥクブも、待っていましたよ。さぁこちらに」


「あ、あの」


「ドゥクブ、ここでは遠慮はいらぬ。座るといい。天使様も」


「では、お言葉に甘えて」


「きょ、恐縮です」


 ソルは今までにも、アパータジョ家にある古文書を読むためや、ホルシャホルと美術品について話をするため、訪問し慣れているので、すぐに席に着いた。

 そんなソルを見て、ドゥクブも恐るおそるといった様子でイスに座る。

 三人がテーブルにつくと、メイドは新しいお茶を配り、すぐに部屋から出ていった。 


「天使様、先程の者は上から見ていたので、御使い様の御身おんみは拝見できなかったようだ」


「そうですか。それはもったいないことでしたね」


「教司皇様。さきほど天使様からうかがったのですが、こちらでは、御使い様への想いを語っても良い、のですよね?」


「そのためにここに呼んだのだ。気の済むまで語るといい」


「ありがとうございます! 誰かに伝えたくてたまらなかったのです! あの『祈りの間』が光り輝く中、儚くも美しい御使い様が現れた瞬間、見上げる私の目に眩しくうつったほの白い御御足おみあしが、頭から離れないのです!」


「わかりますよ!」

「よくわかるぞ!」


「あぁ! わかっていただけるとは、嬉しいことこのうえない! 誰にも言えなくて、ずっと苦しかったのです!」


「もっと話しても良いのですよ」


「これはそのための会だ」


「あ、ありがとうございますぅ」


 まるで準備するかのように三人はひとまずお茶で口を潤すと、ソルが口火を切った。


「私としましては、最初に見た素肌と見まがう半透明の物が一番印象に残っています。なにしろ愛らしい膝から血を流されていましたので」


「それは一大事ではないか!」


「御使い様に大事なかったのですか?」


「ご安心を。その場ですぐに癒やしを捧げました。その時、その傷を負った際にできたと思われる、御御足おみあしの上下に走った細い亀裂を見て、素肌をさらしているのではなく、薄い膜のようなタイツを身に着けておられることがわかったのです」


「御使い様は素肌をさらさないということか?」


「御御足だけでなく、お手やご尊顔、御身自体にまとっているのでしょうか?」


「それが、その後お手を取ることがあったのですが、お手の感触は私たちと同じでした」


 ソルは自分の手を幾度もしっかり握りしめた小さな手を思い出す。


「やはり御御足は特別ということか」


「あのように丈の短いお召し物だからでしょうか」


「御使い様の世界では、あの丈が普通のようですからね」


 何度もえりかを召喚しているが、寝間着さえ少年のもののように丈が短いのには驚いた。

 にょきりと伸びたあらわな太ももに慌てたサンクトスが、丈の長いズボンと靴下をはくように進言して追い返してからは、靴下は受け入れられなかったものの、少なくとも足首までは隠されるようになった。


「私の一番は、やはりあの白くて半透明の物だな。つま先から上に伸びる草花模様が輝いて見えた」


「私が見たのも教司皇様と同じものです。『祈りの間』でお声を賜り、まさかと顔を上げた先に顕現されていた御使い様の惜しげも無くさらされた御御足を彩る草花模様! それはもう神々しくて、今も目に焼きついております」


「あの草花模様は、御使い様のおられる天と、私たちのいる地を繋いでいるようで、本当に素晴らしいですよね。実はこの前、黒くて半透明のものを見たのですが」


「なんと!」

「黒ですか!」


「後ろに一本黒い線が入っているのがまた」


「それは私も見たことがない。ぜひとも見たいものだ」


「さすが天使様。御使い様に会う回数が多いのですね。うらやましいことです」


「くふふ。私はその手にいだかれ、御御足おみあしにも触れたぞ」


「くっ。私もあの時、気を失わなければ、その場で信仰を捧げられましたものをっ」


「まぁまぁ。私もまだ信仰を捧げられておりません。きっとまた機会がありますから、それを待ちましょう」


「そうだぞ。私も黒いものが見てみたい。その時のお召し物はまた違ったものなのだろうな。御御足がどのように映えるのか……」


 三人は心ゆくまで御使い様について、正確には御使い様の御御足おみあしについて語り合った。



「はぁ。このたびは私めをお呼び下さりありがとうございました。心が晴れました」


 文字通り晴れやかな顔になったドゥクブ。


「私もだ。このように皆と話せて楽しかったぞ」


 あの件以来どこか吹っ切れた様子のホルシャホルも妖精王の笑顔を見せる。


「私もですよ。またどこかで誰かが御使い様とお会いできたら、ぜひ三人で報告する会を開きましょう。他ではこんなこと話せませんからね」


「その通りだな」


「次回も楽しみにしております」


 今回の話を聞く本来の目的は、教司皇の装いを一時的とはいえ失ったホルシャホルへの教徒の心情をそれとなく聞き、えりかの目撃証言や噂をそのままにしておくかどうかの判断をするためで、それについては全く問題なかった。


 むしろ噂はサンクトスたちにとっても都合が良かったので、目撃者二人はもちろん、ホルシャホルもソルも皆にそのように語るようにした。


 ホルシャホルやドゥクブを救ったのは確かに御使い様を模したえりかの赦しのおかげだ。

 ただ、信仰先が目に見える形となって現れたように感じた美しい御御足おみあしの威力が絶大だったことは、目撃した本人たちの間だけで秘められたのだった。

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