第23話 二人きりの慰労会
「まったく。なんなのだ、あの異世界人の女人は!」
「なんとも面妖ではあったな」
「ラスーノもラスーノだ。袖にされたにも関わらずあの対応はいただけん! なにより私の可愛いホルシャホルが、神ならともかく、人に夢中なのが気にくわぬ!」
「ほら。まぁ飲め。こちらが想定していたよりも手早く角なく片付いたのは、その異世界人のおかげであろ。それに『経地転移』は優秀な異能。そう怒るでない」
「それはそう……だが腹は立つ」
ぶつぶつと納得いかない様子のフェロビコスを、イリヤは面白そうにながめている。
なにしろ今日は、ここしばらくで一番大きな釣りが終わったことを祝した慰労会なのだから。
ここはイリヤの隠れ家のひとつなので部屋も調度品も簡素だが、テーブルの上に用意させた酒やツマミは名のあるものばかり。
せっかくの良いものなのだ。美味しく飲み食いしたい。
イリヤ自身も珍味を口にしながら、実の息子ではないが息子以上に近しく感じているフェロビコスに微笑む。
「此度のことで、ホルシャホルとの関係も少しは改善したのであろ?」
フェロビコスは表情をゆるめると嬉しそうにゆっくりと杯を傾ける。
「あぁ。ようやく私のことを『兄上』と呼んでくれるようになった。二十年ぶりかと思うと感慨深い」
「お主のところは、ほんに微笑ましい関係だの」
「ホルシャホルは産まれた時からずっと私が守ってきたのだ。私の子どものように愛おしい」
「我の『
現ソラリア王フェロビコスが『先見』を発動させたのは、産まれて間もない弟ホルシャホルとの初対面時だった。
小さなベッドに眠るかよわき純粋な命を見た瞬間、当時5歳だったフェロビコスの脳裏に浮かんだのが、弟の処分を密談する両親の姿だった。
幼いフェロビコスは恐怖で涙が止まらず、自室に下がって落ち着くと、弟への嫉妬心からこんな白昼夢を見たのかと思い悩んだ。
しかし間を空けず、産まれたばかりのホルシャホルは体調を崩し、治療士や異能持ちによって病弱なことが判明すると、妙な夢を裏付けるように両親のホルシャホルへの態度が変わっていった。
フェロビコスは、それでもまさか両親が実の息子に酷いことをするはずはない、夢を否定したいという想いで、ホルシャホルに気を配るようになった。
ホルシャホルが可愛くて、だんだんと手厚く弟の面倒をみるうちに、妙な夢の内容は、両親のことだけではなく、怪我や毒など、ホルシャホルに対して起こる出来事を見ていることに気がついた。
そして夢の通りにいくつも実現したことで、これはただの夢ではなくて未来に起こりうる出来事を垣間見ているのだとわかってきた。
夢の内容はたわいのないものもあったが、酷いものが多かった。
多少の怪我ならまだ可愛いもので、重篤な病や大事故と、数が多いうえに命に関わるものばかり。
わけがわからないながらも、フェロビコスが身を呈してホルシャホルを守っていると、初めてイリヤが声をかけてきた。
「お主は『先見』の異能持ちかの」と。
その時までフェロビコスは、父親の兄であるイリヤと個人的に話したことはなかった。
フェロビコスが持つイリヤの印象は「どうして
奇妙な夢のことがあってから、フェロビコスは自分の両親に対して懐疑的になっていた。
そういう目で見ているのもあってか、フェロビコスの父は王としては明らかに劣って見えた。
そんな
だから「補佐するくらいなら、王兄自身が王になれば良かったのに」と常々思っていたのだ。
フェロビコスはついそのままイリヤに言ってしまった。
失言したと思ったが、イリヤは怒ることもなく「この方が都合が良いからの」と静かに答えた。
「異能『先見』は自分の未来だけは見えぬ。正確には、特定の個人にまつわる未来しか見えぬ。だからこそ我は王にはなれなんだ」
フェロビコスはようやく合点がいった。
国に降りかかるどんな難題も
だからこそ「どうして王兄自身が王にならなかったのか」と思っていたが、
なら、次の王はホルシャホルだ。
自分もイリヤと同じように弟に王位を譲ろうとフェロビコスは思ったのだが、そううまくはいかなかった。
「病のため子は成せなくなっていると?」
ホルシャホルに専属でついている治療士の話では、ホルシャホルは大病から幾度も生還を果たした結果、すでに体は疲弊しきっているという。
「王としてたつにも厳しいでしょう。『完全回復』の異能持ちが見つかれば丈夫になられる可能性もあるのですが。『回復』の異能持ちでは良くて現状維持。これ以上の改善は望めません」
「……」
「いつか聖女様が現れるのを待ち『眠りの間』を使われることもお考え下さい」
「…………」
『聖女』と呼ばれるあらゆる病を癒やす『完全回復』の異能持ちは、現在どこにも見つかっていない。
見つかるまで時を止めるという考えは正しいのだろうが、フェロビコスはもうホルシャホルがいない生活など考えられなかった。
「ならば『停止』の異能を使おう。住まいも花園の近くなら結界が働く。疲弊もこれ以上は進まないだろう」
ちょうど幼馴染アロールが発現した『停止』を、ホルシャホル本人には気づかれないようにかけ続けるよう頼んだ。
その上で、ホルシャホルが好意を寄せていた幼馴染の令嬢をフェロビコスがあえて娶り、ホルシャホルを教会に入るよう促した。
教司皇の住まいは結界内になるので、教司皇になるようにそれとなく後押しもした。
王妃となった幼馴染には「私は中継ぎの王だと思っている。いずれホルシャホルに其方ごと王位を譲り渡すつもりだが、私と一人だけ子を成してほしい」と頼み、無事にラスーノをもうけてからは一度も触れていない。
なんとしてもホルシャホルを完治させ、王妃と王位を譲るのだとフェロビコスは決めているのだ。
フェロビコスとしては常にホルシャホルのために動いているのだが、肝心のホルシャホルには全く伝わっていない。
「健気なことだの」
ま、我とアレの関係よりはマシよの、とイリヤは乾いた笑みを浮かべる。
フェロビコスの父、先のソラリア王はイリヤの傀儡に成り下がり、もはやイリヤは操ることに感傷も罪悪感もわかない。
「まぁ、我はお主を見つけられて幸運であった」
「私こそ。今までやってこれたのも、イリヤ様の教えがあってこそです」
イリヤの協力がなければ、すでにホルシャホルを失っていただろう。
特殊諜報部隊もイリヤから引き継いだものだ。
ラスーノは王太子だが、もし『先見』を発現したなら王位につくことはない。ならば、早くから特殊諜報部隊に慣れさせて、そのまま部隊を率いてもらおうと考えていたのだが、ラスーノが発現させた異能は『召喚』だった。
「まさかラスーノが正しく王太子になる可能性が高まるとは」
「良いことではないか」
「私はラスーノも、イリヤ様や私と同じく、こちら側の人間だと思っていたので。急ぎ婚姻相手を選ばねば」
それを考えると、あの異世界人がラスーノとの婚姻を断ってくれて良かった、とフェロビコスは考えた。
『経地転移』の異能は優秀だが危険だ。どうにかしてソラリア国に繋いでおきたい。婚姻に興味がないなら、婚姻以外で繋ぐ方法を考えればいい。
「ふむ。我の『先見』はかなり薄まってきたから、近々新たな『先見』がどこかに発現するやもしれぬ。その『先見』がラスーノを見てくれれば安泰だがの」
異能の効果が高くなればなるほど異能持ちの母数は少なくなる。
発現している異能の能力が落ちてくると、他の者に能力が発現するので、絶対数は変わらない。
『完全読解』『先見』は国に1~2人、『聖女』は0~1人。
結界などは通れないただの『転移』なら複数人いるが、『経地転移』は1~2人なので、存在がわかっているうちにおさえておかないと、どこに入り込まれるかわからず危険なのだ。
「ひとつ噂話が入っておるが、聞くか?」
「ぜひ」
「『聖女』が現れたと」
「!! どこにですか!」
「王都に」
「すぐに確かめてホルシャホルに『完全回復』を」
「それが、その乙女は今はどこかに隠されてしまっての。今は誰も会うことは叶わぬのだが、乙女から依頼があった」
「なんと?」
「人質にとられた妹を見つけてほしいとな。妹を見つければなんでもすると」
「つまり『完全回復』が報酬ということか」
「で、あろうな」
「今夜はもう帰る」
「それが良かろうの」
今のフェロビコスは『先見』を使いこなし、意識して眠れば見ることができる。
一刻も早く、聖女かもしれない乙女について考えながらホルシャホルを『先見』するのだろう。
もしホルシャホルの未来で乙女が関係していれば、その様子が夢となって現れる。
慌ただしく出て行くフェロビコスをイリヤは見送った。
「そうよ、若い者が働け」
イリヤにはほとんど見えなくなっている。
なぜ兄である自分が王になれないのかと憤ったこともあったが、過ぎてみれば、これで良かったのだと思えた。むしろこちら側の方が面白いと、笑えるくらいには気に入っている。
「ま、手駒の準備くらいはしといてやるかの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます