第22話 大団円ですか?
どっと周囲から呆れたような声が響く中、私を横抱きにしている見知らぬ男は眉根を寄せた。
「そう言われるだろうと思っていたけど、いざ言われると切ないね。『エリカおねぇさん、僕だよ。サンクトスだよ』」
確かに後半は聞き慣れたサンクトス君の声だった。
「サンクトス、その姿でその声音はいただけん。寒気がするぞ」
苦々しい声はアロールおじさんだ。
「エリカが納得してくれるならもうしないよ。自分でも気持ち悪いしね」
皮肉気な言い方は確かにサンクトス君と似ているけど、明らかに声が、なにより体の大きさが違う。
さっき一瞬見た感じ、ソルさんたちと同じくらいだったから、180㎝を超えている。
私が元の世界に戻っている間にこっちでは何年も経ったのかと思ったけれど、そばにいるソルさんとエスト様とムトゥさんは、この前会った時と変わりが無い。
サンクトス君のお兄さんがサンクトス君を騙ってるとか?
でも、さすがにアロールおじさんはそんなイタズラに参加しないだろうし。察するに、ここは王宮で謁見の間っぽいから、そんなヤンチャしていい場所でもないし。
なんでしつこくサンクトス君本人の可能性を疑っているのかというと、この男はサンクトス君よりもむしろあの微妙な王様と似ているから。この男があんなに可愛かったサンクトス君だと認めたくない。ええ、認めませんとも!
「エリカさん? この方は牢で出会ったサンクトス様ですよ? 『逆行』が解けたので、元の姿に戻ったのです」
あああ。天然天使ソルさんに真顔で言われてしまうと、もう疑うこともできないじゃないですか!
わかってましたよ。
異世界にいる時からおかしいなって思ってましたよ。
エスト様よりサンクトス君が立場的に上なのはわかるけど、将軍様であるアロールおじさんよりサンクトス君の方が上っぽいと、もう王族だとしか考えられないよね。
毎晩一緒に寝てたから、少しずつ縮んでいってるのも感じてたし。
まぁ確信したのは、エスト様がムトゥさんのことを「ボクたちの乳兄弟」って言ってたり、将軍様がいなかったらサンクトス君が困る的な内容だったりのうかつな発言からだけどね。
美少年サンクトス君は実は王太子で、本来の姿はエスト様と同じ21歳前後だろうって、うすうすわかってたけど認めたくなかった!
ある意味、あの瞬間に元の世界に戻れて良かったとさえ思っていたのに。ちょっと離れてる間に、あれだけの美少年が一気に育ってるって(涙)。
「あぁエリカ。ずっと私もエリカをこんな風に抱きしめたかった」
すっかり育ってしまったサンクトス君は、私をお姫様抱っこしたまま優しく抱きしめる。
まぁ私も散々美少年サンクトス君をむぎゅむぎゅしてきたからね。私が今着ている服はスモーキーピンクのニットワンピースに異世界タイツだから、感触も気持ちいいだろうしね。私はサンクトス君の胸についてる金のモールが当たって若干痛いけどね。
えーと、落ち着かないし人目もあるから、そろそろ下ろしてほしいかな。
「おい。ホルシャホルを待たせるな」
げ。えらそうなこの声は、あの王様じゃないですか。
仕方なさそうにサンクトス君が抱擁をゆるめてくれたけど、下ろしてはくれなかった。
「御使い様、再びお会いできて光栄です。貴女に感謝の言葉を述べられなかったことが心残りでした。貴重なお時間を頂くのは恐縮ですが、どうか受け取ってください」
姫抱きされたままで居心地の悪い私の前に出てきたのは、スッキリした顔の猊下だった。
お元気そうでなによりだと思っていたら、妖精みの増した猊下は私の前に額ずいた。
ひぃ! 猊下が額ずくとかやめて!
今の私は天使コスもしてない、ただの一般人でございますですよ!
「貴女の赦しで私は救われました。ありがとうございます。どれだけ感謝してもしたりません」
あまりのことに声を出せないでいると、すぐに猊下は立ち上がってくれた。ほっとしたのもつかの間、猊下はおもむろに腰を折ると、あろうことか、私の異世界タイツをはいたつま先に口づけた!
「!!!」
「触れていいのは今回だけだ」
「はい。ありがとうございます、ラスーノ様」
いやいやいや。
色々おかしいよね? なんでサンクトス君が許可してるのかな?
てか、足先にキスとか、なんでよ? あ、そういえばキスする場所でなんか意味があったような? もしかして異世界でもあるの?
「こんな者に信仰を捧げるなど……」
猊下の後ろで王様がブツブツ言ってるんだけど。
『こんなモノ』ってつまり、猊下もこの異世界タイツが素敵だと思ったってことですよね?
おぉ! こんなところにも異世界タイツ愛好家がいたよ! 東野さんについで二人目だよ。やっぱりこのタイツいいよね~。
ゆくゆくは美少年の靴下止めを語り合えるように、同人は逃さないよ!
「嬉しいです。ホルシャホル様。またゆっくりお話しましょうね」
「もったいないお言葉ありがとうございます、御使い様。楽しみにしております」
こちらこそ、妖精王の憂いのない笑顔ありがとうございます! ごちそうさまです!
「ちっ。ラスーノ、わかっているな?」
王様の舌打ちにサンクトス君は小さなため息をもらすと、私をそっと赤い絨毯に下ろしてくれた。
タイツ越しにふかふか感触を楽しむ私の前に、育ったサンクトス君は跪き、私の手を取った。
「エリカ、あらためて名乗らせてください。私の幼名はサンクトス。本名はラスーノ・サンクトス・ソラリア。ソラリア国の王太子です。私を救ってくださったエリカに最大限の感謝を捧げます」
私の手の甲に青年サンクトス君は
「お気になさらず」
うん。ほんと成り行きだったからね。こっちこそお世話になったし。
青年サンクトス君のイケメン全開のキラキラ笑顔をじっと見る。
普通ならトキメくシチュエーションなんだろうなぁ。
今のサンクトス君はまさに絵本に出てくるようなイケメン青年王子様だ。
王太子の服なのか、アロールおじさんが着ている軍服を白にして赤と金の刺繍がびっしり、金のモールをより華やかにした服は、さらさらな黒髪とワインレッドの目を際立たせている。
うーん。髪型や目の色、顔のパーツに面影はあるんだけど、やっぱり美少年サンクトス君とは違うなぁ。
「……そうだったね。エリカにはこっちの方がいいんだった。忘れてたよ」
表情を消して立ち上がった青年サンクトス君は、もう片方の手で、私を
「エリカ、私と婚姻関係を結んでくれるよね?」
「謹んでお断りいたします」
「……え?」
あれ? 聞こえなかった?
「お断りします!」
「……参考までに、理由を聞いてもいいかな?」
「私のストライクゾーンは、美少年までか中年以降で、間はないからです」
「…………」
青年サンクトス君だけじゃなく、その場の空気が凍りついたのがわかった。
え? 私、そんなに変なこと言ったかな?
「おいおい。ちょっといいかい、お嬢ちゃん。それなら私はどうなるんだ?」
「アロールおじさんはギリギリアリです。できれば45歳以降の
「その理屈だと、ボクやムトゥはナシ、になるのかな?」
「はい。エスト様とムトゥさんはナシですね。今から20年も待てません。ですから、おそらくお二人と同年代である王太子様はちょっと……」
「では仕方ないな。アロール、お前が」
「待って!」
王様の言葉を遮ったので、みんなの視線が青年サンクトス君に集まった。
「……ふふ。まさかこれを使うことになるとはね」
青年サンクトス君は懐から円盤を取り出すと、光に包まれたかと思ったら、美少年サンクトス君になった!!
さっきまでの王子様っぽいルックスも一転して、最初に牢屋で会った時と同じ、黒い貴族服一式をまとっている。もちろん靴下止めもつけていますよ!
なんで一瞬で変身しちゃうの! もっとこう、魔法少女みたいに部分的に変化してくれたら、網膜に焼き付けられたのにぃいいい!
「サンクトス君だ~!」
抱きつきに行った私の顔を、サンクトス君は伸ばした片手でべしゃっと止めて、あらためて私を顎クイした。
「ねぇ、エリカおねぇさん。おねぇさんは僕のこと、好き?」
黒天使全開のサンクトス君は最高です! 尊い!! ありがとうございます!!!
「うん! 大好きだよ!!」
「じゃあ僕と結婚してくれる?」
「サンクトス君は小さいから結婚できないよね?」
「っ……じゃあさ、エリカおねぇさんは、また僕と一緒におそろいの服着たい?」
「え、それって、もしかして」
「またサニィになってもいいよって言ったら、どうする?」
うるうるサニィちゃんとおそろいコーデ再びってこと? え、なんのご褒美ですか?
「すっごく着たいです!」
「おそろいの服を着て、一緒におでかけする?」
「するする!」
今度こそ黒ゴスロリを着てもらおう! それならロケーション的に廃墟とか遺跡とかがいいかな。あ、異世界ならではの服で街歩きも捨てがたい。お店をひやかしながらカフェ巡りしたい!
「遠い場所だったら、転移してもらってもいい?」
「全然いいよ! 任せて! サニィちゃんを疲れさせたりしないよ!」
遠い場所って旅行ってことだよね? 異世界旅行なんて楽しみ過ぎる!
「夜も一緒に寝てくれる?」
「もちろん!!」
今までもサンクトス君は抱き枕として、大きさといいぬくもりといい最高だったしね!
「ふぅ。父上、これでいいでしょう?」
「まぁ言質はとれているが……」
王様を見ると、珍しく痛ましそうな表情をしていた。
よくよく見れば、他のみんなも同じようにどこか残念そうな顔で私とサンクトス君を見ている。
「???」
「ねぇ。エリカおねぇさんは、僕とサニィ、どっちが好きなの?」
「どっちがって。同じサンクトス君なんだから、どっちも同じくらい好きだよ?」
「大きくなった僕も同じサンクトスだよね?」
「全然違うよ」
違う生き物じゃないか。なにを言ってるんですか。
「……この年で若さに嫉妬するなんて。同じ自分なのに……」
サンクトス君はなぜか遠い目になった。
「ね、サンクトス。それ
「使えるよ」
エスト様は万能円盤を受け取ると、光に包まれた。
ミニエスト様は垂れ目でおっとりしたお坊ちゃまみたいになった!
「可愛い!」
すぐさまあざといポーズを取り始めるあたりが、ミニサイズでもエスト様だ。
「ほら、ムトゥも」
「なんで俺まで」
ミニエスト様に円盤を押しつけられて文句を言いながらも、ムトゥさんもつきあってくれた。
おぉ。小さくなっても真面目そうな太い眉根が寄ってるよ。硬派なサムライっぽい。
「凜々しい! おそろいの服なのに3人とも全然違うね」
10歳くらいになるのと黒の貴族服はデフォルトみたい。
私が円盤の実験をした時は服を着られなかったのに、なんで今できるのか聞いたら、これはただの円盤じゃなくて神円という異能を閉じ込めた特別な円盤だかららしい。
この神円には『逆行』『型紙』『服飾』『収納』の異能が使われていて、まず現在着ている服を固定してから外し、『収納』で神円に収納する。『逆行』で若返り、そのサイズで『服飾』で指定された型の服を『型紙』で即時成形して装着されるらしい。元となる材料も『収納』されているので、材料がなくなると使えないのだとか。
服に見えるけど張りぼて状態で、効果も術力がなくなれば自然と解ける。解けた時に服になっていた材料は再び収納され、同時に元の服が戻されるけど、元の服を着た状態にはできないらしい。
つまり、やっぱり円盤で服を着ることはできないってことだね。
油断したら裸族って、極力人前では使いたくない円盤だと思いました。
「エリカおねーさん、ボクたち3人の中で誰が一番好き?」
そう聞いてきたミニエスト様はあざとく小首を傾げてもじもじしている。
ミニムトゥさんは、なんだそれはって、腕を組みながらやっぱり眉根を寄せている。
サンクトス君はなんだか拗ねたような顔だ。
それぞれ違った美少年なんだけど。
「やっぱりサンクトス君かな」
「待て。その回答に不満はないが、サンクトスを選んだ理由が知りたい。なぜ俺やエストではダメなんだ?」
ムトゥさんは真面目な人なんだね。
「単純にサンクトス君が一番可愛いからだよ?」
「可愛いというなら、エストの方が可愛いだろう?」
ミニエスト様があざとく上目遣いをする横で、サンクトス君が唇を尖らせている。
「全然違うでしょ? サンクトス君が一番可愛いよ!」
「もぅ! わかった! わかったから。今はそれでいいよ。……でも、これからは手加減しないから覚悟してよね?」
サンクトス君は私にぐりぐり頭をすりつけてきたので、最後の方はなんて言ったのか聞こえなかった。
はぁ可愛い。こういう黒天使とのギャップもたまらないんだよね!
サンクトス君の頭をなでていると、
「なんかさぁ、そう言われると、対抗したくなるんだけど」
「同感だ」
ミニエスト様は生意気そうな笑顔を、ミニムトゥさんは不敵な笑顔を向けてきた。
「へ?」
「二人とも、なにを」
「ねー、えりかおねーさぁん。ボクともお出かけしてくれるよねー?」
ミニエスト様が、サンクトス君をなでていた私の手を取った。
「俺とも出かけよう。いい場所を知っている」
もう片方の手をミニムトゥさんが引っぱる。
えぇ? 二人ともいきなりどうしたの?
あ、サンクトス君を私にとられるかもって思ったのか。
熱い友情が壊れそうで心配なんだね。心配しなくても大丈夫なのに。
でもそれイイ。
3人おそろいの服を着てて学生っぽいから、やっぱり舞台は男子だけの寄宿舎だよね!
最初は立場の違いから、お互い嫌い合ってた3人だけど、ちょっとした事件で接点を持ってだんだん仲良くなっていく王道展開。で、友情がいつの間にか愛情に変わっていくんだよね~。
この場合、やっぱりサンクトス君にエスト様とムトゥさんが想いを寄せるって感じかな?
いや、サンクトス君←エスト様←ムトゥさんで、エスト様がサンクトス君に想いが伝わらない苛立ちをムトゥさんが利用して……いやいや、エスト様がムトゥさんの自分への想いを利用して体だけの関係を強要して、ムトゥさんは嬉しいから逆らえないんだけど、エスト様は強要してるくせに複雑な
「おねぇさんってば! 今なんか変なこと考えてたでしょ?」
「そ、ソンナコトナイヨ?」
なんでバレテーラ。
「もうっ。僕がいるときは僕だけを見てよね!」
は! そうだった。この美少年は期間限定だったよ。目に焼きつけておかねば!
「ごめんごめん。サンクトス君、もうよそ見しないから、ゆるして?」
「だめ。一緒に仕事してくれるって約束してくれなきゃゆるさない」
「いいよ。約束する」
でも仕事ってなにするの? って聞く間もなく、
「よしっ。もう契約したからね? これでエリカおねぇさんも特殊諜報部隊の一員だよっ」
サンクトス君の子どもみたいに無防備な笑顔は初めてで。
見とれている間に、私は正式に異世界で特殊諜報部隊の怪盗になっていたのでした。
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