第21話 誰ですか?
電車の乗客のほとんどがスマホを見ていたこともあって、立ち上がった私に気を配る人はいなかった。
私の目の前に立っていた人が、なにいきなり立ち上がってんだコイツ、という視線をくれただけだ。
すぐに座席に腰を下ろして考える。
まさかの 夢 オ チ ?
確かに、お洋服を作れるとか、甘ロリ着るとか、美少年をもみくちゃにするとか、私の願望だらけだった。
いやでも夢にしては長過ぎるし、むしろ夢ならもっとご都合主義にしてほしかった。
視線を落とした先で、いつも通勤に使っているベージュや黒のストッキングではなく、繊細な柄の白いタイツが目に入った。
白タイツ、もちろん今までにもコスプレではいたこともあるし、持ってもいる。
コスキャラと同じ物や似た物を探して合わすので、手持ちは多い。
でも、白ストッキングや白タイツで持っているのは無地だけだ。柄物はガーターベルト用やニーハイソックスで、太ももまでの長さなのだ。
今はいている白タイツは、全体的にストッキングのようにうっすら透けていて、両サイドラインに草花模様が編み込まれている。
見た目ではわからないけれど、普通のタイツやストッキングのように伸縮しないから、初めてはくとき慣れなくて大変だった。今の私の足だけにフィットするように編まれた特別な一品なのだ。
……夢じゃなかった。
でも、夢じゃないとわかったところで、もう向こうの世界には行けないだろう。
誰が私を召喚したかわかれば違っていたかもしれないけれど、わかる前に帰ってきてしまった。
もしかしたら、私を召喚したのはソール神で、用事が終わったから帰したのかもしれない。
御使い様を
スマホを確認すると、あっちの世界に行った日と同じ日時だった。
なにはともあれ、私の明日はいつも通りにあるのだ。
良かった。ちーちゃんの結婚式には問題なく参加できる。
家に着いたらお風呂に入ってご飯を食べて寝よう。
お気に入りの入浴剤を入れて、ゆっくり肩まで湯船につかるんだ。
久しぶりに白いご飯と、豆腐とネギの味噌汁が食べたい。
そうだ。冷蔵庫の中身を思えば、時間が過ぎてなくて本当に良かった。
数ヶ月放置した冷蔵庫なんて、開くのも怖すぎる。
そうして私は日常に戻った。
※
「オレと付き合ってくれないかな?」
すっかり日常に戻ったはずなのに、なんでこんなことになっているんですか?
ちーちゃんのいない会社に通うのは寂しいけど、働かざる者食うべからず。というか、お金が無いと普通に生きていけないんで、頑張って働いている。
結婚式に参加するための旅費も貯めないとだしね。せっかく海外に行くからにはお買い物もしたいし。
パーティドレスはどんなのにしようかな。海外ウェディングに参加するのは初めてだから想像もつかない。どうやって調べたらいいんだろう? とりあえず、ちーちゃんに聞いてみ
「あれ? 聞こえたよね? もう1回言うけど、オレと付き合ってほしい」
どうやら目の前にいる同僚の男性には、聞こえなかったふりは通じなかったようだ。
まわりを見回しても残念ながら誰もいない。お昼はみんな外食するから、フロアに残るのは私だけなのだ。
むむむ。こやつ、この空白の時間を狙ってきたな。
接点もない相手に、この男は、なにをお
ちなみに同期は同フロアにあと2人いる。東野さんは名字が自分と似ていて名前がシンプルだから覚えていただけで、私が目の前の男に興味を持ったことはない。
髪型、顔、スーツ、腕時計、靴、鞄、すべてが無難というか、普通なのだ。
普通が一番というから、そういう意味では最高の男なのかもしれないけれど、私にとっては、特徴がなく読めない相手は、なにか隠してそうで怖いのだ。
「東野さんとは仕事以外でお話したこともありませんよね?」
「それは、今まで西野さんは早崎さんと一緒だったから」
背後霊のごとくちーちゃんの後ろにいた私は、仕事以外での会話は主にちーちゃん越しだったもんね。
「そうですよね。では」
「待ってよ。オレ、前から西野さんのこと気になってたんだ。最近の西野さん、なんか可愛いから、早く言わないとって思って」
なにをお
可愛いなんて言葉ほど私に似合わない言葉はないのに。
あ。タイツか!
確かに異世界タイツは可愛い。可愛すぎてヘビロテしてる。
タイツが可愛すぎるのと、数ヶ月の異世界生活で色彩感覚がずれたのか、最近はコスプレじゃなくても白黒ベージュ以外の服を着ることができるようになった。
ベージュや黒ストッキングに合わせていた色だと微妙に合わなくて、今まで着たこともない色を着て、うっすらメイクもしている。
せっかくのタイツを活かさないとタイツに申し訳ないからね!
やっと合点がいったよ。なに勘違いしてたんだろ、私。おこがましいにもほどがある。
東野さんが言ってたのは「その可愛いタイツのお店に行きたいから付き合って」ってことだったんだよね?
「このタイツ可愛いですよね。でも、ゆずれないし、売ってるお店も知らないんです。ごめんなさい」
「え、ゆず……えぇ?」
東野さんの顔が赤くなった。怒ったのかもしれない。
でもゆずれない。これは私専用の一点物だ。
「これと似た商品を見つけたら紹介しますね。では」
相手がフリーズしている内にと、さっさと退散した。
という出来事があったとちーちゃんに送ったら、ぜひタイツの写真が見たいと返ってきた。
ちーちゃんが見たことのない服と合わせた写真を送ったら、絶賛された。よっし!
ついでに海外ウェディングのお呼ばれはどんなドレスならいいのか聞けて良かったよ。
日本での結婚式よりもカジュアルで、色はきれいめがいいらしい。なるほど。
ちーちゃんが結婚式を挙げる教会は森と湖の近くだから、そこに映える色にしよう。
足は出しちゃダメだったけど、あの異世界と海外の色彩感覚は似ているのかもしれない。
異世界生活のおかげで最近ようやくきれいな色を着られるようになったから、ドレスを選ぶのも楽しい。
ウキウキで準備しているうちに、あっと言う間にちーちゃんの結婚式前になった。
※
ちーちゃんが「せっかくだから結婚式の三日前から来てよ」と誘ってくれたので、私は有給をとって飛行機に乗っている。背もたれを倒して靴も脱いでうとうとタイムだ。
旦那様が独身最後のパーティにいそしむというので、ちーちゃんもそうしようと思ったらしい。
「まぁ地元で友達いっぱいの旦那様と違って、アウェイなこっちは2人きりのパジャマパーティになるけどね。久しぶりに昔みたいに2人でゆっくり話そうよ」と、ちーちゃんは笑っていた。
ちょうどいい。
私はまだ異世界でのことをちーちゃんに話せていなかった。
直接会って話さないとうまく伝えられないような気がして、なにも言えてなかった。
なにから話せばいいだろう?
気づいたらいきなり知らない場所にいて、怒られて、牢屋に入れられたってところからだよね。
あの時は本当にびっくりしたなぁ。
そう、こんな風に……。
って、ここはどこですか?
さっきまで座っていたリクライニング座席は消えて、広い床、というか、尻もちをついているふかふか絨毯は赤い。天井はとっても高くて豪華なシャンデリアが吊り下がっている。
もしかしなくても少し高い位置にある立派な椅子は玉座だよね?
「エリカさん!」
「本当に『召喚』の異能だったのか」
「そう言っただろう?」
聞き覚えのある声に顔を向けると、ソルさんとエスト様とムトゥさんと見たことのない男性が立っていた。
見知らぬ男性は、蕩けるような笑みを浮かべて私を文字通り抱き上げると、私をぎゅっと抱きしめて言った。
「エリカ! 会いたかったよ!」
「……誰ですか?」
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