第20話 ここでですか?
いつの間にか部屋に入ってきていた王様は、猊下を抱擁していた私をベリッとはがすと、自ら猊下を抱きしめ直した。
「すまなかった。私はお前がそんな風に考えているとは気づかなんだ。愚かな私を
「そんなとんでもない……。陛下、謝罪すべきは私です。本当にすみませんでした。赦されるとは考えていません。どうぞ私を罰してください」
「なにを言うか。もちろん赦すとも、可愛いホルシャホル」
どんな茶番ですか?
『気づかなんだ』じゃないでしょうが!
どう考えても元凶は王様だよね?
弟がほのかな想いを寄せていた女性を娶るのは、まぁ王妃様の家柄とか考えて仕方なかったのかもしれない。でも、王太子が産まれた後は王妃様を放置ってどうなの?
そりゃ王妃も泣くわ。王が激甘の弟に、嫉妬もすれば、助けて欲しいって泣きつくわ。
それだけじゃない。
弟が誰かと結婚するのを見たくないからって、言葉巧みに丸め込んで教会に入れるとか。
教会生活が猊下に合ってたのは不幸中の幸いだったけど、14歳からずっとだよ?
しかも、ただの教徒なら結婚できるのに、結婚できない教司皇にまでのしあげている。
せめてそのままそっとしておけば猊下だって心穏やかに過ごせただろうに、今さら蒸し返すってどうなの?
王様が先代王兄家臣と組んで、あやしい貴族や傍系を一掃するために王弟であるアパータジョ家を使うのは、まぁ政治的に使える者は使わないとだから納得できる。
ただ、王と先代王兄と特殊諜報部隊には事情を知らされていて、王妃と猊下には事前に説明していなかったのは、なんだかなぁ。
あやしい動きをする貴族を大量に釣るためには仕方なかったのかもしれないけど、王太子も王妃も猊下も駒扱いされてるみたいでモヤモヤする。
「王太子にはちゃんと手を打ってあるし、ホルシャホルは私が最後に慰めるから問題ない」って、いやいや全然大丈夫じゃないよね?
明らかに猊下を精神的に追い込んで「自分だけが味方だ」って言って堕とす気だよね?
あーもー。王様に思うところは多々あるけれど、今ここでぶちまけてる場合じゃない。
場所は聞けたんだから、ムトゥさんと『逆行』の異能持ちさんを探さないと。
王様と猊下の前から部屋の外へと転移すると、アロールおじさん、サンクトス君、エスト様、ソルさんが待っていた。
「エリカおねぇさん、わかった?」
「バッチリ! ムトゥさんは『眠りの間』で、異能持ちさんは『祈りの間』だって」
「『祈りの間』とは……ソール教徒でも知っている者が少ない場所ですから、見つからないはずですね」
どうやら、どこかにある建物の部屋じゃなくて、
道中『天使様』が必要になるかもしれないのと、この機会に牢屋から消えた天使様も見つかったことにするため、本日のソルさんは初めて会った時に着ていた白い祭服を着ている。
「『眠りの間』か。思いつかなかったよ。あそこは重病患者しかいないって先入観があったからね」
エスト様の説明だと、お金を払えば医学が進歩するまで眠っていられる施設らしい。って、だからここは中世なの? SFなの?
それはともかく、『祈りの間』にしても『眠りの間』にしても、どちらも厳密に個人情報が守られた場所なので情報が出てこなかったもよう。
「まずは『逆行』を止めさせたい。お嬢ちゃん、『祈りの間』に天使様と一緒に行ってもらおう」
「了解です!」
「わかりました。エリカさん、森まで飛んでいただけますか?」
私はソルさんと手を繋ぐと、アパタージョ家の敷地内にある森へと転移した。
広い森なので、うっかり入ったら迷うし、マップ上に建物がある様子もなかったため、森は入口までしか制覇していない。
ソルさんと手をつないだまま一緒に移動用円盤で浮いているので、ソルさんの意志で森の中をどんどん進む。
特に目印みたいなものがない森なのに、ソルさん、よく道がわかるなぁ。
感心しているとツタが覆う崖の下で止まった。
「この奥が教徒の間で『祈りの間』と呼ばれている場所なのですよ」
ソルさんがツタをかきわけると、隠れていた洞窟らしき入り口が現れた。
洞窟の中に入ると透き通った音楽が聞こえてきた。かすかに聞こえていた音楽はだんだん大きくなっていく。
なんで奥に行けば行くほど明るくなるのか不思議に思っていたら、最奥は、とても洞窟の中とは思えない、光と水にあふれた清らかな場所だった。
ひときわ輝いているのは歪な円形広間の中央で、崖の上に穴があいているのか、光と水が音楽に合わせて踊るように降っている。
上部周囲にある半透明の鉱物が崖の上からの光を乱反射し、飛び散る水滴をも輝かせているみたい。音楽に聞こえる音は水琴窟の原理なのかな?
水晶を内包する岩石の中に入っちゃったというか、鍾乳洞を明るく半透明にした感じというか。なんだかとっても幻想的だ。
そんなキラキラした空間で、くたびれた祭服をまとった一人の男が、中心の光に向かって倒れるように
「彼の名前はドゥクブです」
ソルさんに囁かれて、私はソルさんから手を離すと、ふよふよ一人で額ずくドゥクブさんの前に進み出て、まるで光の穴から降りてきたような位置で止まる。
そう。再び天使降臨ですよ!
「ドゥクブ……貴方の祈りは届きました」
私の言葉からややあって、ドゥクブさんはゆっくり顔を上げた。
その頬はこけて、目の下には濃い隈があり、かなりボロボロな状態だ。
『逆行』の異能で王太子を危険にさらしていた張本人とはいえ、ドゥクブさん自身はただ王太子を助けたい一心だったのだとわかる。
……本当の事を今言う必要ないよね。
「御使い、様? では、私の祈りは、届いたのですね」
「えぇ。貴方の熱心な祈りによって王太子は命をとりとめたのです。もう大丈夫ですよ」
「あぁ……良かった。ありがとう、ございます」
そのまま意識を失ったドゥクブさんを、ソルさんと私で担いでアロールおじさんたちが待つ廊下へと転移した。
なんで猊下の部屋の前のままなのかっていうと、猊下の証言通りじゃなかった場合、すぐに猊下を確保するためらしい。
まぁあの状態の猊下が嘘をつくとは思えないけどね。
「よくやったな、お嬢ちゃん。次は、エストと一緒にムトゥを頼む」
「待って下さい。この者はすぐに治療にかからないと危険です」
「ちょうどいいよ。ボクたちと一緒に敷地内の治療院に連れて行こう」
「あぁ、『眠りの間』なら開けるのに鍵がいるね。僕も一緒に行くよ」
ソルさん、ドゥクブさん、エスト様、サンクトス君、私で治療院の前へと転移した。
すぐにソルさんとエスト様でドゥクブさんを治療院に運び入れてもらう。そのままソルさんも検査を受けることになったと、エスト様だけ出てきた。
「お待たせしました。御使い様はこちらに」
なぜか仰々しく出されたエスト様に手をとられて移動用円盤で三人向かったのは、治療院から少し離れた場所にあった窓のない倉庫のような建物だった。
「じゃあ開けるね」
サンクトス君が手をかざすと、壁の一部が消えた。
え、鍵ってサンクトス君? だからここSFなの? いや、魔法の力なのか。
「エリカおねぇさんも早く来てよー」
「う、うん」
先に入っていたエスト様とサンクトス君に続いて倉庫に入ると、中はSFとゴシックが混ざっていた。
ひんやりした白くてクリーンな空間に、
棺の下部分には操作盤がついていて、上半分は透明だ。天井からの青みがかった淡い光が棺の中にいる人をぼんやり照らしている。
サンクトス君とエスト様は数ある棺を順々に見てムトゥさんを探している。
残念ながら私はムトゥさんの顔を知らないので手伝えない。
灯りのせいでみんな青白い顔に見えるのと、ダボッとしたシャツだけを着ているからか、ゾンビっぽくて微妙に怖い。
「いた! ムトゥだ!」
「……あぁ。良かった」
声の方を向くと、さっそくエスト様が棺の下部分にある操作盤をいじり始めているのが見えた。
2人の元へと向かうと、棺の中にはエスト様と同年代らしい青年が眠っていた。
ムトゥさんは突発的に入れられたからか、他のみんなとは違って普通の服を着て靴もはいたままだった。
うわ。長時間この状態は体に悪そうだけど、服が普通だとガラスの棺状態な白雪姫の男バージョンって感じ。怖くないのでじっくり観察できるよ。
ムトゥさんもエスト様と同じ痩身マッチョ系だけど、エスト様より全体的にガッシリしている。眉がりりしい
エスト様と同じ黒の長ランで、左胸の階級章がエスト様よりもご立派ってことは、
「サンクトス君、ムトゥさんって長官なの?」
「ムトゥの表向きは警備隊の遊撃隊隊長だよ。遊撃隊は表向きの名前で、実際は諜報部隊で隊員は諜報部員」
「隊長さんなら、いない間、大変だったんじゃない?」
「副隊長がいるからね。そこまで混乱してないよ」
「副隊長がエスト様?」
「エストはムトゥの副官。副隊長は別にいるよ」
「そうだよね」
「おいおい。本人の目の前で貶めるのはやめてくれるかな?」
「わざとだよ」
「まだ牢のこと根に持ってるのかい? 隊長しか入れない結界だったんだから仕方ないだろう?」
言い合いしているけど、サンクトス君もエスト様も楽しそうだ。
「あ、私、今の間に教司皇の装いを返してくるよ。ムトゥさんには御使い様の姿じゃなくてもいいでしょ?」
「エリカおねぇさん、似合ってたのに外しちゃうの?」
「さすがにね」
長いマントは浮いてても引きずりそうで、万が一でも汚したらと思うと落ち着かない。物理的にもだけど精神的に重すぎる。それにいい加減、普通に歩きたい。
「ついでにアロールおじさんに、ムトゥさんも見つかったよって報告してくるよ」
というわけで、私は廊下で待機してくれていたアロールおじさんに教司皇の装いを手渡して、代わりに預けていた愛用の黒パンプスを受け取ってはく。ムトゥさんが無事に見つかったこともちゃんと報告した。
「ありがとう、お嬢ちゃん。落ち着いたらあらためてお礼をするが、本当に助かった。感謝する」
アロールおじさんは、おそらくこの世界の軍隊的な正式な礼を
おぉ。やっぱり本物は迫力が違う! ありがとうございます! ごちそうさまです!
「こちらこそありがとうございます、ですよ。ずっと衣食住のお世話になっていますし、ムトゥさんには『召喚』の異能持ちさんを探してもらわないとですから」
「そうだったな。私が仕事で出かけている間も引き続き屋敷に滞在してくれてかまわない。じっくり探すといい。さて、私は先に屋敷へ戻って報告書を上げておくから、後から皆も屋敷に来るように伝えてくれ」
身軽になってシュバッと戻ると、ちょうどムトゥさんの入っていた棺が開くところだった。
「アロールおじさんは先にお屋敷に戻って待っているそうです」
「今夜はご馳走かなぁ」
「きっとそうだろう。久しぶりに4人そろうな」
目を輝かせるサンクトス君とエスト様の目の前で、ムトゥさんのまぶたが震えて両目が開いた。夜空みたいに濃い青だ。久しぶりで眩しいのか、すぐに眉間にしわが寄った。
「エスト……サンクトス?」
「ムトゥ! お前、なに捕まってんだよ!」
「無事で良かった!」
ムトゥさんにぶつかっていくエスト様とサンクトス君。
熱い友情に私も
しばらく2人はムトゥさんをいじり倒していたけれど、ようやく落ち着いたらしい。
「エリカおねぇさん、本当にありがとう。これで、おねぇさんをちゃんと帰してあげられるよ。ねぇムトゥ。エリカおねぇさんは誰かに
「サンクトス君。いきなりそんなこと言われてもムトゥさん困っちゃうよ。大丈夫ですよ。ムトゥさんがゆっくり休んでからでいいので」
「……」
驚いたように目を見開いたムトゥさんが、なにか言っているのに聞こえない。
「え?」
私は見慣れた電車の中で、座席から立ち上がっていた。
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