第19話 聞き出しましょう

 えりかです。

 言い訳ですが、私の心の平安のために聞いて下さい。


 私は嫌だって言ったんです。

 さすがに本職の、しかも猊下の前で、神を語る天使の真似事はやりたくなかった。


 衣装が私の愛用の白黒ワンピになったのはわかる。時間があれば作りたかったけど、今回は時間がなかったからね。この世界では見ない服だから、そういう意味で天使っぽいもんね。


 ストッキングは破れてもうないし、素足は出せないけどドロワーズは丈的に丸見えアウトだから、編みタイツになった。

 バニーガールみたいな網タイツじゃないよ。よく見れば凝った柄が編まれてるタイツね。ストッキングを渡したことで、いつの間にか薄手のタイツが開発されていてビックリした。


 顔はむしろ素顔の方が神秘的だっていうのも、まぁいいよ。私の顔、人間離れしてる薄さだからね(涙)。


 しかも移動用の特殊円盤でその場に浮いとくのって、けっこうバランス難しいんだけど、天使らしさのためと言われれば頑張るよ。


 でもね、教司皇様しか身に着けられない正装をまとうのはどうなの?

 いくらなんでも不謹慎が過ぎるでしょ!


 確かに、最初は私もホルシャホル様に憤ってました。


 リリアンちゃんから話を聞いた時に、「ぐぇっへっへ~。我が輩の言うことは絶対じゃ~」的な、女の敵だと思い込んでたのは認めます。

 でも、サンクトス君たちから話を聞いたら、実際の猊下は成人してから結婚もせずにずっと教会にいるくらい、熱心なソール教徒でした。


 よくよく話を聞いてみると、リリアンちゃんたちアパータジョ家のメイドちゃんが指導を受けていたのは告解こっかいの方法だったというオチで。


 告解、いわゆる懺悔ざんげ(自分の悪事を告白して悔い改めること)、ここでは懺悔を聞いた聖職者がゆるすまでがワンセット。


 私も映画でなら見たことがある。小さな部屋で壁越しに「私はこんな罪を犯してしまいました。実は……」省略「ゆるします」というアレです。


 メイドちゃんたちは、告解の聞き取る側のレクチャーを猊下から受けていただけだったんですよ。


 告解といっても、ソール教では堅苦しいものではなくて、日常的な悩み相談を受け付けている感じらしい。

 ただ、話を聞いて的確なアドバイスをするカウンセラー役が女子教徒限定なのだ。


 どうして女子だけなの? って思うじゃない。


 私がリリアンちゃんの話を聞いてうっかり勘違いしたのもそこなんだけど、告解の最後にソール神からの励ましの抱擁として相談者を抱きしめるから。


 私が勝手に深読みして、いかがわしいことをしてるのかと思っただけで、実際は純粋にハグだけだった。ごめんなさい。煩悩にまみれていたのは私でした。


 実際やってもらったところ「小さいことにクヨクヨしてないで頑張んなよっ」って感じのあたたかいハグで、お母さんを筆頭とする肉親や保母さんとか先生に抱きしめられた感じだった。


 教会でカウンセラーとして働いている女子は既婚者で、人生の先輩だからってのもある。

 モフモフセラピー的なハグハグセラピーだね。


 しかし、アパータジョ家のメイドちゃんたちは皆若く可愛らしい。 


 見える。見えるわー。

 可愛いメイドちゃんから「良かったらお話聞きますよ」と言われ、優しく共感しながら聞いてくれるから、ついつい話し過ぎちゃうのが。しまったしゃべりすぎたかなって思った所で「よく話してくれましたね。大丈夫ですよ。私はあなたをゆるします」ってぎゅっとされたら、なんかクセになりそうだよね。

 その抱擁ほしさに、きっともっと色々話したくなるよね~。


 ハグハグセラピーならぬパフパフセラピー。

 やってることは夜の蝶と変わらないでもないのに、なんかいい感じなのが逆に怖いんだけど。


 教会でお世話になっていたリリアンちゃんにとっては、教会じゃない場所で、プロのカウンセラーでもないのに告解をするのに抵抗があった。だから猊下を「神様だと勘違いしてる人」だと表現していた。勝手にそんなことしたらダメだってわかっているリリアンちゃんは、ソール教を大事に思っているんだなぁって感心しました。


 まぁそんな方法で手に入れた情報を元に、貴族を抑えにかかったのはマズいよね。


 だって告解だの懺悔だのはここだけの話って前提あってのものだから。

 秘匿ひとくしなくちゃいけない情報を使ってしまえば、もう教会への信頼は取り戻せない。

 歴史的にも問題になってたような。


 でもこれ微妙な問題だよね。

 懺悔してきた人の気持ちを考えると信頼を裏切らないために、情報を秘匿するのはわかる。ただ内容が、人の命に関わっていたり、大事件だったりすると、秘匿しないで解決に動いてほしいって思ってしまう。でもでも、情報が漏れたとなると誰も懺悔しなくなるというジレンマ。


 熱心な教徒であるホルシャホル猊下なら、人と教会の信頼関係が大事だってわかっていたはずだ。どこまでを秘匿して、どこから手を出すかのバランス感覚にも優れていたはずなのに、越えてしまった。


 いちおうの逃げ道として、教会でない場所で、プロのカウンセラーでなくメイドちゃんにさせてたんだろうけどね。


 それでもリリアンちゃんみたいに、猊下への不信感が芽生えてしまう。

 自分への不信感がつのるのをわかっていてバランスを崩したのには相当な理由があったはずで。

 まぁ、それもあの王様に会ったら、うすうすわかっちゃったというか。


 私が怪盗モノでのお約束『予告状』の役割について説明して、アロールおじさん、サンクトス君、エスト様、ソルさんとで考えた案を、実行する前に王様の耳に入れとかないとってことで伝えに行ったら、王様はことごとくダメ出ししてきた。


 「私の可愛いホルシャホルを傷つけることは許さない」ってなんですか?


 こっちは王様あんたの息子が大変だから考えてるんですけど? 大変な状況の息子より弟大事みたいに聞こえる発言、耳にしたら息子が泣くよ? と思わずつぶやいたら、その場が生ぬるくなりました。


「大丈夫だよ、エリカおねぇさん。王太子だってもう慣れてるから」


こいつはずっとこんなだから、もう王太子も諦めているだろう」


 さらっとサンクトス君とアロールおじさんが話を進めてくれたから、その場はお咎めなしだったし、私も王様の前でそれ以上の失言を重ねなくて良かったんだけど。

 いくら慣れていても、やっぱり悲しくなるんじゃないかな。

 私もけっこうな数の舌打ちされて慣れたとはいえ、やっぱり毎回傷付くからね。


 ともかく王様の厳しいチェックが入り、もっと具体的だった予告状の内容はポエムみたいに抽象的になった。

 抽象的になったからか、予告状というよりも脅迫状みたいになったのはご愛敬。

 意味わからない文章が届くのって、かなり怖いよね。


 恐怖心を煽ってどうすんだとは思ったけど、猊下には効果があったみたいで良かったよ。

 私の足元で床に髪がつくのも気にせず跪く猊下の手はカタカタと小刻みに揺れている。


 舞踏会の時も思ったけど、猊下はとっても麗しい人でした。


 アラフォーでありながら十代のごとく薄い体で女顔、背中の中程まである艶やかな黒髪を今は一本の三つ編みにして前に垂らしている。寝間着だろうただのラフな白シャツとパンツスタイルなのに、身に染みついているのか存在が高貴。跪く姿勢さえも美しい。


 正装だというサークレット姿ももちろん良かったけど、花冠はまさに妖精王!って感じでたまりませんでした! ごちそうさまです!! サークレットをすり替えるついでに、背中に大きなアゲハチョウの羽を盛りたかったよ! 


 って、いかんいかん。そろそろ仕事しなくちゃ。


「ホルシャホル、ソール神は嘆いています。どうして我が力を使うものを隠すのかとお尋ねです」 


「そ、それは……」


「なにか理由があるのですね? ソール神からの贈り物は皆の役に立つようにあらねばなりません」 


「お赦しください。先程までの私は、どうしても果たさねばならぬ想いにとらえられていたのです」


「先程まで、ということは、今はもう良いのですか?」


「はい。ソール神に見限られることを思えば、なんでもない願いでした」 


「なんでもない願いなど、どこにもありませんよ。良かったら私に、貴方の想いを教えてくださいますか?」


「聞いて……いただけるのですか?」


「もちろんです」


 猊下は訥々とつとつと話してくれた。


 きれいな物好きの猊下は、物心つく頃から美術品にあふれる教会に通っていた。


 王と王妃と将軍と猊下の4人が幼馴染として過ごすうちに、猊下は王妃に恋心を抱くようになっていたが、王妃は猊下の兄である王と結婚。近くで二人を見続けるのに耐えられなくて猊下は教会へと降り、失恋の痛手もあって熱心に仕事に励むようになった。教会の生活は猊下の性に合っていたもよう。


 そんな猊下に先代王兄の家臣たちが囁いた。「王に成り代われば王妃が手に入る」「王妃もそれを望んでいる」と。


 まさかそんなことは、と半信半疑だったものの、花園で涙を落とす王妃を見かけ、さらには「貴方にしか私を助けられないわ」と王妃に泣きつかれたことでヒートアップした猊下は、教会の女子祭服の色違いであるアパータジョ家のメイド服から屋敷で告解することを思いつき、メイドちゃんたちを聞き役に仕込んで情報を集め始めた。


 その告解をした一人が『逆行』の異能持ちだった。


 『逆行』の異能持ちは教徒として天然天使ソルさんのいる教会で働いていたので、教会の告解は受けにくかったみたい。うん。職場で秘密暴露はどんな羞恥プレイかって話だよね。秘匿してくれるとわかっていても、心情的に厳しいわ。


 『逆行』の異能持ちのことを先代王兄の家臣に話したところ、『逆行』の異能で王と王太子を表舞台から消せば還俗して王になれるのではという話になった。『逆行』は一度相手に直接触れないとかけられない。王には隙がなかったのと、若い王太子の方が効果がわかりやすいだろうため、王太子からかけることになったらしい。


「『逆行』の持ち主はどこにいるのですか?」


「『祈りの間』でずっと王太子の身を案じています」


 それってどこ?

 まぁ『祈りの間』っていうくらいだから、天然天使ソルさんならどこかわかるだろう。


「こちらにもう一人、ソール神からの贈り物がいますね?」


「あぁ……。御使い様にはお見通しなのですね」


「ええ。なにも食べていないようなので心配なのです」


 メイドちゃんの目に触れないどころか、余分な食料の流通もないから、ムトゥさんすでに消されちゃったんじゃないかとビクビクです。


「そんなことまで……『眠りの間』です。『判別』の異能は厄介だったので、ずっと眠らせています」


 良かった! まだ生きてたよ!

 ずっと眠らせるって魔法でかな? とにかく2人が生きてて場所もわかって良かった~。

 仕上げに天使っぽくすればおしまいだ。


「ホルシャホル……。貴方は王妃を救いたかったのですね」


「はい。最初はそれだけでした。でも、途中から、皆に思い知らせたくなっていたように思います」


「なにを思い知らせたかったのですか?」


「なにをしても叶わないことがあるということをです。私はあにより遅く生まれただけで、王の座も、王妃殿下も、王族としての居場所も、なにもかも手に入りませんでした。今までは教会にいられましたが、こうなってしまったからには、もう教会にも私の居場所はないでしょう。ソール神に見限られた今の私は、誰からも望まれず、どこに行く当てもありません……」


「そんなことはありません。ホルシャホル、貴方は間違ったことをしましたが、間違いだと認めることができました。今、私に正直に話してくれました。ホルシャホル、ソール神にかわって、私が貴方をゆるします」


 私はふよふよ浮いたまま猊下の両肩に手をかけると、静かに涙を落としながら顔を上げた猊下をぎゅっと抱きしめた。


 パフパフセラピーにならず、お腹あたりで申し訳ない。

 なにをしても叶わないという猊下の気持ちはよくわかるよ。私の顔の薄さも同じだから(涙)。


「貴方の気持ちは、私には痛いほどよくわかります。貴方は一人ではありません。私もいますよ」


 言うなれば猊下は、私にとってのコスプレやちーちゃんがいなかった私の未来だ。

 もし私にちーちゃんやコスプレがなかったら、今の猊下と似た気持ちになったんじゃないかな。

 全部を顔の薄さのせいにして、なにもかも呪いたくなっちゃったんじゃないかな。 


 いやほんとに。猊下はちょっと間違えちゃっただけだよ。なんで間違っちゃったかって言うと、


「お前の居場所はこの私だ! 可愛いホルシャホルよ!」


 王様のせいだよね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る