第17話 思い知らせてあげましょう
私の気持ちを反映しているのか、窓の外に広がる花園をいつも以上に美しく感じる。
「くふふ。もうすぐだ。もうすぐ、すべてが手に入る」
それに気づいてからは、ずっと不満だった。
生まれるのが少し後だっただけで、王位も、好きな女も、
そんな自分に良くしてくれたのは、やはり昔同じような目にあった傍系だった。
先代王に王位を譲った先代王兄を頂く傍系は、私の憤りをよく理解し、特殊諜報部隊の話をしてくれた。
それなら私も同じようにすればいい。幸い私の手元には人手も場所もある。
傍系と協力して情報を手にすることで、貴族たちを掌握していった。
なんだ簡単なことじゃないか。
情報を手に入れる途中で『逆行』の異能持ちがいることがわかった。
犯罪に使われそうな異能持ちの情報は、異能持ちを守るためにも、王家と教会でしか扱わない。
異能は普段は封じられ、使うには王家の許可がいり、異能持ちが勝手に使うことは『呪い』と呼ばれ罰せられる。
『逆行』の異能持ちは、自分の能力を異能とは思わず使っていたので、罰せられることが怖くて言い出せないらしかった。
最初はなぜ『逆行』が危険な異能とされているのかと私も不思議に思ったが、詳細を知って合点がいった。
『逆行』は強くかけ続けることで、老化を止めるだけではなく、生まれたことさえなかったことにできるのだ。
まずは効果が出やすい王太子で試そう。うまくいったら次は
あの2人が表からいなくなれば、私が
王族である私は傍系と一緒に芝居を打ち、「『老化』の呪いにかかった王太子を助けることができれば罪には問わない」と『逆行』の異能持ちを騙して、まんまと王太子に『逆行』をかけさせた。
すぐに王太子の異変が発表されると予想していた。
しかし、いまだ発表されることなく、存在が消えることも無く、王太子は城で養生しているという。
あの暗号文を天使様があの場で読み解いてくれたのは良かった。
おかげで『逆行』の異能持ちは、力が足りなかったのかと自ら『祈りの間』にこもり、毎日必死に異能をかけ続けている。
実際は自分のせいで王太子を苦しめているとは思いもしないだろう。
私も王太子と対面できていないので、実際にどの程度の『逆行』がかかっているのか、かかっていないのかもわからない。
でも、王太子が表に出てこなくなったのだから、なにがしかの効果はあったのは確かだ。
すぐに本命の
せめて
発動している異能を見分けられるという『判別』の異能持ちムトゥもこちらの手にある。
『呪い』の正体が判別できなければ、あらがうこともできまい。
皆、じわじわ這い寄る絶望を味わうといいのだ。
私がずっと味わっていた手の打ちようのない想いを、誰もが感じるといいのだ。
「くふふふふ」
だが、そろそろ引導を渡してやろう。
『逆行』を止めていたのが将軍アロール・シェヴィルナイエの異能『停止』だとわかった今、将軍を隣国の親善試合に駆り出すことにした。
戦いの場に出れば将軍はそこで異能を使うだろう。目の前で命のやりとりをしながら遠方に離れた王太子に『停止』をかけ続けるのは不可能だ。
「皆、私の前に
喉の奥で笑っているとノックの音が響いた。
「失礼いたします。猊下、そろそろ舞踏会会場へ向かうお時間です。お手伝いをさせてください」
「わかりました。どうもありがとう」
振り返ったホルシャホルの顔には、意識しなくてもできる慈悲深い笑顔が浮かんでいる。
メイドは美しい
「恐れ多いことでございます」
2人のメイドは手際良く、ホルシャホルの祭服の上に舞踏会用の薄い布地に華やかな草花模様を刺繍された色とりどりのマントを羽織らせる。
1人がマントの形を整える間に、1人がマント留めを取りつける。金色の太陽を思わせるマント留めはアクセサリーのように胸元を華やかにする。
マントが落ち着くと、ホルシャホルの頭に金の刺繍で縁取られた白布をかぶせ、その上から草花を象った金のサークレットを乗せる。
髪と白布を丁寧に整えれば完成だ。
大きな姿見に映るのは、ソラリア王によく似た、美しく儚げに見える男だった。
メイドがうっとりと見入っているが、ホルシャホルは気づかない。
もうすぐだ。もうすぐ、こんな穴の開いた冠ではなく、王冠を頂くのだ。
まるで草花そのものを固めたように繊細なサークレットは、その昔、ソール神自らが作られたという伝説の装飾品なのだが、今のホルシャホルにはありがたくもなんともなかった。
「おや、貴女方はまだですね? そろそろ私の教えを受けてもらわねばなりませんね」
2人のメイドのすっかり育った体にホルシャホルは内心ほくそ笑む。
子どもたちを助けた時はただの教会事業の一環だったが、大事に育ててきたかいがあったものだ。
これからせいぜい役に立ってもらわねば。
「猊下のお時間が許すときにお願い致します」
「よろしい。今晩は遅くなりますから、明日にでも受けてもらいましょう」
「はい」
「はい」
「失礼いたします。猊下、またお手紙がたくさん届いているのですが」
こんな時に手紙などと思ったが、手紙を持つ男がなかなかの美青年だったので、ホルシャホルは機嫌良く答えた。
「あぁまたですか。いつものようにまとめて置いておいてください。帰ってから読みます」
弱みを握った貴族から、慈悲を請うたり、恨みつらみや媚びへつらいを並び立てた手紙はよく届く。それにも情報が書かれていることがあるので、なかなか美味しいのだ。
「それが……今までの物とは違うようですので、ご覧になっていただきたくてお持ちしました」
「わかりました。手元にあるのならば今よみましょう」
差し出された銀の盆から受け取ると、確かに、いつもの長い文章が書かれている分厚い手紙ではないのがわかった。封筒には、厚手の紙が一枚入っているだけだった。
「これ、は?」
周囲を金色で装飾されているメッセージカードに無個性な書体で書かれていたのは一文だけ。
【貴方に頭上の物はふさわしくありません】
どういうことだ?
私だってこんなものいらぬ。
今の私が欲しいのはこんなものではない。
「猊下、どう致しましょう?」
「心配せずとも大丈夫ですよ。他の手紙と同じです。さぁそろそろ時間ですね。行きましょうか。ちょうどいい。貴方も着いていらっしゃい」
ホルシャホルは優雅な仕草で、メイドと美男子を伴って舞踏会会場へと向かった。
同じ敷地内とはいえ離れた会場なので、馬車に乗って移動する。
ホルシャホルの仕事は多いため、馬車にも書類仕事を持ち込んでいる。
先程の美男子を連れてきたのは目の保養でもあるが、仕事をさせるためでもある。
アパータジョ家のメイド2人も慣れた様子で書類を裁いていく。
メイドたちはアパータジョ家というよりも、教司皇に仕えているようなものなので、主がすげ替わってもメイドは替わらない。
なにが猊下だ。教会のトップになっても、王の雑用係ではないか。
もうすぐだ。もうすぐ、こんな仕事からも解放される。
会場に到着し、馬車から降りる直前に、メイドたちがホルシャホルの最終チェックをする。
「
「すぐに整えます」
慣れたメイドたちが一瞬で整え終わると、口元に慈悲深い笑みを浮かべたホルシャホルは、輝かんばかりの姿で馬車を降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます