第16話 作戦を練り直しましょう

 潜入口さえ確保すればすぐにムトゥさんを見つけられると思っていたけど、甘かった。


「アパータジョ家の敷地、広すぎ……」


 シェビルナイエ家の応接室にいる、サンクトス君、ソルさん、アロールおじさん、エスト様、私の5人の前には、テーブルいっぱいに広げられた地図がある。元々の地図に私の異能で見えた簡易マップも描きうつした物で、すでに確認した場所には色を塗っている。


 最初は私の異能で地図も見えてるんだし、ゲームのマップを埋めるぞーというか、テーマパークを制覇するぞーというか、とにかくやる気満々だったんだけど。なに、この広さ。琵琶湖レベル超えてない?


 なんで琵琶湖かっていうと、東京ドームで例えると、某有名テーマパークが約11個分、琵琶湖が約1万4330個分で、それを聞いた瞬間、琵琶湖への尊敬度が跳ね上がったから。


 じゃあ世界一の湖はどこだよっていうと、世界一大きい湖はカスピ海、日本の国土とほぼ同じ面積と聞いて平伏したくなりました。ははーっ。


 まぁ現実逃避はこのくらいにして、あれから連日、地図でめぼしい場所に狙いをつけては暗くなってから一番近くに転移、移動して捜索するのを続けているんだけど。ムトゥさんも異能持ちさんもいっこうに見つからず、みんなの疲労だけが蓄積されている状態だ。サンクトス君なんて心労がたたっているのか、ひとまわり縮んだ気がするよ。大丈夫かなぁ。


 これだけ広いと、転移場所から捜索したい場所まで行くのに時間がかかる。

 さすがに馬車や馬までは持ち込めないので(物理的には持ち込めるんだけどバレバレになるから)、見えないスケボーみたいな、浮いたまま移動できる特殊な移動用円盤を使っている。自転車くらいの速度で、走るより速いし疲れないのはありがたいんだけど時間はかかる。


 それに私の異能で見える地図は、私がいる階層だけが見える。建物内部の地図は建物に入らないと見えない。

 例えば、地下シェルターみたいに建物なしで地面の下に地下室だけ掘られていると、入り口だけが表示される。既存の地図とは違ってリアルタイム更新されているのはありがたいんだけど、それが建物なのか、東屋なのか、地下への入り口なのかは、現場に行って見ないとわからないのだ。


 しかも、地下一階なら敷地内の全建物の地下一階が表示されるかっていうと、されない。今いる建物の地下一階だけが表示される。


 私の異能、微妙に使えない。


「このまま探していれば、いつかは見つかると思いますよ」


「ううむ。いつかではまずいな」


「日が経ちすぎるよね」


「残念だけど、こっちも収穫なし。メイドたちはこの件に関わってないんだろうね」


 エスト様は元々あっちこっちの女の子から情報収集をしていた。


 前回の花祭りで私が知り合ったアパータジョ家のメイド、リリアンちゃんの協力も得られて、かなり実情に肉薄している。それで収穫がないということは、メイドたちは本当になにも知らないのだろう。


 うつむいたサンクトス君から絞り出すような声が出た。


「……もう、ムトゥのことはあきらめよう」


「おい! ムトゥはボクたちの乳兄弟だろ! そんな簡単に」


 サンクトス君につかみかかったエスト様をアロールおじさんがとめた。


「すまんな。私に仕事が入ったんだ。数日後には国を出てしばらく帰れない」


「なっ。将軍がいなかったらサンクトスが……あ、だから……」


「エスト……ごめん」


「いや……わかった。こっちこそ悪かった」


「時間がない。ホルシャホルに逃げられないよう、断罪する日取りと場所と手順を詰める」


「断罪時に、ムトゥと『逆行』の異能持ちの場所を吐かせられるといいよね」


「吐かすのは無理でも、せめて消させないようにしたいね」


「教会関係の予定は覚えていますから、なんでも聞いてくださいね」


 アロールおじさん、サンクトス君、エスト様、ソルさんが、あそこはどうだ、ここがいい、その場合こちらは、などと冷静に話し合っているんだけど。


 わかってない。私は全然わかってないよ?

 突然のシリアス展開に、私だけがついていけてないよ。


 乳兄弟ってことは、サンクトス君とエスト様とムトゥさんは幼馴染ってことだよね?

 私にとってのちーちゃんみたいな存在をあきらめないといけないの?


 アロールおじさんがいないとサンクトス君が困るのはなんで?

 逆ハニートラップ隊の現在の司令官がアロールおじさんだから?

 エスト様が納得したのは司令官からの命だったからじゃないよね?


 聞きたいことは山ほどある。

 でも今は、説明を求めていい場面どころか、へたに声もかけられない状態だ。  

 事実なんだけど、おわたしは部外者だって思い知らされる。 


 あー、なんだか懐かしいや。いつもの『背後霊えりか』に戻ったみたいだ。


 この世界に来てからはコスプレ欲が満たされているからか、ずっとテンション高かったんだよね。

 万能円盤があるから、どう頑張っても形にできなかった衣装が自分で作れちゃうし。

 脱獄して指名手配されちゃったけど、この世界自体は好きだなぁ。


 でも神様、私の異能は、できれば探索サーチとかが良かったです。


 探索サーチだったら、もうムトゥさんも、『逆行』の異能持ちさんも、私をこの世界に呼んだ異能持ちさんも見つかっていたと思います。


 私ができるのは脱獄と潜入と変装だけ。この三拍子から連想するのは怪盗だ。

 潜入できるにしても行ったことのない場所には入れないって、どんなポンコツ怪盗かって話だけどね。本物の怪盗だったら、どこに隠されたお宝だろうと華麗に盗み出せるのに。


 まぁ有名な怪盗だって地味な下調べもしてるか。

 どうしてもお宝がある場所が開かなかったりわからなかったりすると、相手の心理をつついて、自ら開けさせたり、外へ出させたり……。


「では、手紙で招集するということで」


「予告状だ!!」


「なんだぁ? いきなり」


「エリカおねぇさん?」


「そうだ。いきなりだったらイタズラだって思われるから、実績を作らないと」


「エリカ?」


「エリカさん?」


「ソルさん、近日中に猊下が参加するイベントってありますか?」


「ありますよ。花祭りへお集まりくださった国賓との舞踏会が今晩開かれます。それと翌朝のお見送り。どちらもご挨拶される予定です」


 舞踏会と聞いて私のテンションはうなぎ登りだ。

 ドレスひしめく舞踏会会場で、着飾ったご婦人のアクセサリーが「あぁっ! いつの間にか消えてるわ!?」とかいうアレですよね! わかります!


「舞踏会と見送りには私も行くことになっている。まぁ、私は王の護衛だが」


「舞踏会はどこで開かれるのですか?」


「今夜の会場はここだよ」


 サンクトス君は、テーブルに広げられていた地図の一部を指さした。


「アパータジョ家の敷地内で開くの?」


「この敷地は王家の持ち物で、教会に管理してもらっているという扱いでね。敷地自体もそうだけど、すべての建物に強い結界がはられているから、許可のない者は入れない。国賓を守るのに最適だから宿泊先もここにあるんだよ」


 そう言いながらエスト様は「宿泊先はここね」と、さっきとは違う別の建物を指さした。

 ということは、国賓にバレるように派手はでしく盗んじゃうと、国の威信に関わるからダメだ。


 ホルシャホル様にだけこっそり予告状出して、ホルシャホル様だけにわかるようにこっそり盗むって……。それただの泥棒だよね? いや、もう、指名手配犯だしね。不法侵入しまくってるけどね。

 ううう。微妙にテンション下がった。


「エリカおねぇさん。なにを考えているのか僕に話してくれるよね?」


 いつかのように真剣なサンクトス君の言葉に誘われて、私は口を開いた。

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