第15話 今日でお別れです
「いった」
「仕事中でしょうが!!」
「エスト! いつになったら戻ってくるの! 僕ずーっと待ってたんだからねっ!」
エスト様は私の手を拘束している逆の手で、私の頭とぶつかった鼻をさすりながら、体を起こして扉の方を向いた。
「えー、お仕事してるんだけど。あれ、サンクトス? なんでここに?」
「だから、ずっと待ってんのに誰も戻ってこないから探しに来たの! いくらなんでも遅すぎるよ!」
「どういうことですか? エスト様、すぐに戻られなかったのですか?」
「だって、エニィちゃんが消えちゃったから探してて。そうだよ。キミがエニィちゃんをどこかに連れて行ったんだろう?」
「エスト様……」
「エスト……打ち合わせ、ちゃんと聞いてなかったでしょ? 今、君が組み敷いているのがエニィちゃんだよ」
「は? エニィちゃんにはこんなものなかっただろ?」
「あの、勝手に触らないでくれますか?」
「ちょっと、エリカおねぇさんに失礼なことしないでよ!」
「だから、エニィちゃんにはこんなのなかっただろって」
だから揉むなぁ!!
「あぁもぅ。エスト、とにかくそこからおりて。こっちに来て」
「わかった」
しぶしぶだけど、エスト様は私の上から退いてくれた。
「エリカおねぇさん、僕たちの前でエニィになれる?」
「見られている前だと完璧にはできないけど」
納得のいってないエスト様の前で、私はイチゴチョコストライプの甘ロリをメイド服の上から着始めた。重ね着することで、いい感じに着ぶくれて太って見えるんだよね。
でも人前なので、メイド服をまくって寸胴体型を作る布を巻けなかった分、完璧な仕上がりにはならない。仕方ないので布代わりにメイド服の上からエプロンを巻いたんだけど、若干ふくらみのあるエニィちゃんになった。
「……ちょっと育ったエニィちゃんだ」
「そうですよ。私、打ち合わせの時にも言いましたよ? お屋敷には私がメイドになって潜入するって」
「いやでも別人過ぎる。アロール様からは胸はニセモノだって聞いてたし。ね、サンクトス? どういうことかな?(胸を確かめたのはサンクトスなんだよね?)」
「あー(アロールおじさんに隠してたのが
エスト様とサンクトス君が目だけで会話してる。
「まぁそれは今はいいよ。エリカ、キミが天使様よりも年上だというのは本当?」
「本当です」
「すごいね。ぜひ一緒に仕事がしたい。エリカがいれば対象範囲が広がるからね」
「まさに今、一緒に仕事してますよね? 対象範囲ってなんですか?」
「あぁエスト……。エリカおねぇさんにはできれば言いたくなかったけど、エストとアロールおじさんは王家直属の特殊諜報部隊なんだよ」
「アロール様とボクの担当がかぶらないようにしているけど、同性にはできないからね。エリカがいれば男もカバーできる」
こ、これは、察したくもなかったけど、特殊諜報部隊って、平たく言うと逆ハニートラップ隊ってことだよね?
だからさっき私を押し倒したエスト様が仕事してるって言ってたのか。
ちなみに『ハニートラップ』はイギリスの小説家の造語らしいです。元々は女性が男性に色仕掛けで情報を引き出す女スパイのこと。二次元なら美味しいけどリアルで考えると怖すぎる。
まぁエスト様にしてもアロールおじさんにしても、趣味と実益かねて楽しんでそうだよね。
だが断る!
「私には無理です! 絶対に嫌です! 私は転移の異能だけで精一杯です!」
主張はしとかないとね!
かの有名な大泥棒を手のひらで転がすお色気たっぷりお姉様には憧れるけど、自分でするのは
私は平和な国の存在感のない一庶民です!
「……エリカおねぇさん、素質はあると思うけどなぁ」
「ボクもそう思うね。変装技術もとても素人とは思えない」
それは顔が薄すぎて、印象が外見だけで決まっちゃうだけで(涙)。
「とにかく、ここでできることは終わったから戻ろうよ」
「私、まだメイドさんの続きを」
「エリカ、足が痛むんだろう? さっきの客と鉢合わせても面倒だし、今日はもうやめた方がいい。この仕事は引き際が肝心なんだ」
エスト様、見てるとこは見てるのに、なんでエニィちゃんとメイドさんが同じ私だってわからないかなぁ? 私そんなに存在感ないの? ないんだろうね。
「大丈夫? エリカおねぇさん。足が痛いんなら無理しないで早く帰ろう?」
「サンクトスなに可愛い子ぶってんの? お前は早くドレスを脱ぎたいだけだろ?」
「エスト。別に、エリカおねぇさんに頼らずに、君が対象範囲を広げてくれてもいいんだよ?」
それってつまり、エスト様が男性のお相手もするってことですよね? その場合、エスト様はかけ算の右か左かどっちなの? あ、どっちもするのかな。仕事だし、エスト様の演技うまいし。さっきのSっぽい感じで普通に攻めもアリだけど、あえてそこを崩す受けの方がグッと
「エリカ、なにか余計なこと考えてないかな。さぁ、エリカは歩くと足が痛むだろうから、ボクが抱えて行こう」
「サンクトス君は司令官候補なの?」
前々から気になってたんだけど、実はスゴい将軍様らしいアロールおじさんを『おじさん』呼びしているのも、高位貴族らしいエスト様を呼び捨てにできるのも、アロールおじさんやエスト様よりサンクトス君の方が上司ってことだよね。
「…………」
「…………」
あまり知られたくなかったことなのか、サンクトス君もエスト様も固まってしまった。
大丈夫だよ、サンクトス君。そんなことくらいで態度変えたりしないから。
「サンクトス君まだ若いのに、裏のお仕事の司令官だなんて大変だね」
むしろ、そんな仕事してるから、こんなにひねくれちゃったんだよね。
私はそんなサンクトス君がツボだから、ありがとうございます! ごちそうさまです! だけど、逆ハニートラップ隊の司令官なんて、若いサンクトス君の精神上悪そうだ。
「お仕事で微妙な男女関係ばっかり見るかもだけど、どこかにまともな女子はいるから、希望を捨てないでね」
うるうるサニィちゃんメイクでまつげバサバサのまぶたが、緊張で見開いていた目を上下すると、サンクトス君は見慣れた黒い笑顔を浮かべた。
「そうだね、エリカおねぇさん。よぉく覚えておくよ」
「っ。ぶはっ」
なにがツボったのか、大笑いし始めたエスト様に抱き上げられ、そのまま3人でアロールおじさんのお屋敷に戻った。
※
余談。
アロールおじさんのお屋敷に帰宅してから、将軍様のメイドだと風評被害で嫁ぎ先に困るんじゃないかと心配して、メイドさんたちに話を聞いてみたところ、意外な答えが返ってきました。
アロール様のメイドになるには基本男嫌いが前提なので、そもそもどこにも嫁ぐつもりはない。
しかも、将軍のお手つきだと勘違いして寄ってくる殿方を切りまくっているうちに、むしろそこがいい、と評判になってしまった……って、鬼嫁ならぬ鬼メイドみたいな? って思っていたら。
「この前は『私を
「私なんて、目の前で跪いたかと思ったら『私を踏んでくれ』よ」
た、確かにエスト様は「将軍のメイドは誰にも媚びを売らない」と言ってた。言ってたけど、これは斜め上すぐる。
「私、断り切れなくて何回か希望に応えたことあるのよ~」
一番グラマラスでおっとりしたメイドさんが言い放った。
「その時に聞いたことを旦那様に話したら、すっごく褒められたから、機会があれば報告するようにしてるのよ~」
なんと無意識下でハニートラップ(?)が完成されていました!
怖っ。
ごめんなさい。ちょっとメイドさんたちを見る目が変わりました。
私はおっとりメイドさんの手を両手でつかんだ。
「ぜひ詳しくご教授お願いします!」
私がとっさにとった悪役妃な対応は将軍様のメイド的にOKだったとわかったのは良かった。でも、もしあのまま部屋に連れ込まれていたら、私も女王様な対応をねだられたんだろうと思うと、やっぱりブランドイメージは大事にしないとねってことで、本家メイドさん直々に様々な対応を教わりました。
よぉし! これでいつでもシェヴィルナイエ家のメイドとしてやっていけるよ!
手応えを感じていた私を、メイドさんたちがスカウトしてくれました。
「もし田舎暮らしに飽きたらここで働くといいわ」
「もっと色々教えてあげるわよ~」
それはそれで面白そうだけど、私この世界に長くいるつもりはないんだけどなと考えていると、サンクトス君扮するサニィちゃんが私にしがみついて、ふるふる首を横に振りました。
「まぁサニィお嬢様がいれば、田舎暮らしも飽きないでしょうね」
「そうね。差し出がましい申し出だったわね」
「心配しないで、サニィお嬢様。貴女の大事なエニィお嬢様をとったりしませんからね」
メイドさんたちは力強い笑顔を残して、部屋にサンクトス君と二人きりにしてくれました。
なごり惜しいけどサニィちゃんとは今日でお別れなのです。
最後に満喫しようと思ったら、さっそく黒髪ロングなウィッグを外し始めたサンクトス君。
「え、もう着替えちゃうの?」
「当たり前でしょ? ほら、エリカおねぇさんも部屋から出てよ」
「ええー? 今まで散々目の前で着替えてきたんだし、下着まで作った仲だよ? 今さらじゃない?」
サンクトス君がサニィちゃんだとバレたら困るのと、サニィちゃんが人見知り設定だったので、着替えは主に私が手伝っていました。等身大の着せ替えは最高に楽しかったです! ありがとうございます!
「だからだよ! 普通のにはきかえたいから、ちょっとの間だけ出てくれる?」
いや、はきかえるっていうか、この世界、大人のはどんなのか見てないから知らないけど、サンクトス君くらいの男子には下着がなかった。
長い上シャツの後ろ部分をまたいで前に回してボタンで留める。以上。
それに比べたら現代男性下着の方が落ち着くと思うんだけど、はきなれてないとキツい感じがするのかなぁ。まぁ私もはき慣れた愛用下着が一番好きだしね。
なんにしても、そのためには全部脱ぐってことなんで、さすがに見ているのはセクハラだから素直に外に出ることにしよう。
「わかった。最後にサニィちゃんを抱きしめさせてー」
「ほんとエリカおねぇさんはサニィが好きだね。はぁ。ちょっとだけだよ」
あーあ。もう、このうるうるサニィちゃんには会えないのかー。残念だなぁ。
ぎゅむぎゅむ名残を惜しんでいると、さっきメイドさん達から教えてもらったのを思い出した。確かこうして……。
「あぁもう! おしまい! サンクトスに戻っても一緒に寝てあげるから! 今はおしまいにして!」
「ほんとに?」
「約束する!」
「やったぁ。じゃあ後でね」
ご機嫌で部屋を出た私には、疲れたようなサンクトス君の独り言は聞こえなかった。
「エリカおねぇさん、頼むから、これ以上、妙な技術を身につけないでよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます