第14話 ヒーローは駆けつけます

 猊下ってば、まさかのイッちゃってる系?


 いや落ち着こう。

 まず『カミサマ』の定義が、この世界と自分と同じかがわからない。

 「今の自分、めっちゃカミってた~」「ちょ、これ、マジ神!」的なカミサマなら、ただ能力が高い人だ。


 私が知ってるのは、この国の宗教がソール神を崇めている太陽信仰ということだけ。

 そこに『猊下』がいると聞いて、私は勝手にソール神に祈りを捧げる人だと思いこんでいたんだけど、ひとまず先入観は捨てよう。


 『猊下』といえば、主にその宗教の最高位の人に使う敬称だ。

 もしかしたらこの世界の『猊下』は、ただの人じゃなくて、神様と人間のハーフだとか、現人神あらひとがみなのかもしれない。

 え、ちょ、だとしたらスゴくない? 神話の中の世界だよ。


 ソール神が女神か男神かが重要だよね。


 女神様なら、どんな男性が射止めたんだって話だよね。そんな簡単に女神様のお眼鏡にかなうとは思えないから、困っている女神様を助けたの? それとも、超絶イケメンで女神様が一目惚れしたとか?


 男神様なら、射止めたのは巫女様や聖女様かな。あ、まさかの生け贄系? なんか男神かと思うと、ついギリシャ神話を連想してしまって、ドロドロ展開しか思い浮かばない自分が嫌だ。


「神様ということは、猊下は特殊な異能持ちなのですか? ソール神の子孫だとか、子どもだとか?」


「あぁ、違うちがう。そーゆーんじゃなくて、なんでも思い通りにできるって思い込んでるの」


 一番めんどくさいタイプだったー!


「それは、猊下という地位だからでは?」


「もともと猊下は王弟だから」


 あー。それで王太子を廃して自分が成り代わろうとしてるのか。


「でもね。最初は本当にいい人だったのよ。私も猊下に助けられた口だしね」


 リリアンちゃんの話によると、売られそうになった子供や、孤児院を出ても行き場のない子を率先して教会で引き取ったり、お屋敷で働かせてくれたりしているらしい。

 そこまでだったら普通にいい人だったんだけど、


「いつからか、可愛い子だけお部屋に呼ばれるようになって……」


 よくあるパワハラセクハラかーい!


「そろそろ私も呼ばれるの。猊下には、ご飯も食べられないところを助けてもらったから、恩返ししたいと思っていたけど、やっぱり怖くって」


「そんなの怖くて当然だよ!」


 こんないたいけな子どもに接待を強要するなんてヒドい!

 女子をなんだと思ってるんだ!

 ちょん切るぞ!!


 かといって、私になにができるかって言ったら、なんにもできないんだよね。

 や、物理的にはできると思う。こっそり転移してザクッとして逃げればいいだけだから。

 でも、実際にちょん切るのは気持ち悪いから嫌だし、ただでさえ指名手配されてるのに、さらに罪を増やすのもどうなんだろう。


 平和的に排除するには、サンクトス君たちの話に乗っかる方がいい。

 リリアンちゃんが毒牙にかかる前に猊下を断罪するためにも、一刻も早くムトゥさんを見つけないと。


 話しながら休憩室の片付けも終わり、次の部屋の片付けに行こうと扉を閉めたところで、廊下の向こうからお客様が来るのが見えた。

 リリアンちゃんと私は廊下の端に寄って頭を下げて通り過ぎるのを待つ。  


「へぇ。君たち、顔を見せて」


 顔を上げると、高そうな服を着た紳士が、あろうことかリリアンちゃんをあごクイしていた。


「まだ出てない子だね。これから、いい?」


「い、いえ……。わ、私は、まだ、ですから」


「これだけ育ってるんだから、もうかまわないでしょ? 君もいいね。一緒にどう? その服、将軍様のとこの子でしょ?」


 うっわ。将軍家のメイド服、最悪なブランドだった。すでにアロールおじさんのお手つきだと思われてる。


 ねっとりした視線が胸元をなめるように這うのを感じる。今まで何度もさらされてきた視線だ。エニィちゃんと同じ寸胴体型のままじゃバレるかと思って布を外してきたのが失敗だったーって今さら後悔しても遅いし。


 どうしよう? リリアンちゃんと一緒に転移する?


 でも、転移したら、私の異能がバレて警戒されるだろう。そうなると、もう簡単にはムトゥさんを探せなくなる。ムトゥさんを犠牲にしてホルシャホル様を断罪するのは嫌だ。でも、断罪しないと王太子様を助けられない。でもでも、今逃げなかったらリリアンちゃんが……。


「ちょっと、この子と一緒だなんて、バカにしないでくれるかしら?」 


 私はリリアンちゃんを押しのけて、紳士面した男の前に立っていた。


「私だけでじゅうぶん満足させられるけど? 私のボタンに興味はなぁい?」


 上目遣いで艶然と笑い、するりと紳士服の上着の隙間に手をさしいれ、シャツの上から男の胸元を撫であげた。


「っ」


 息を飲む紳士に、私は悠然と微笑む。


 これ後宮物語の悪役妃だ。私は身長的に合わないし、ちーちゃんは胸的に合わなくてコスは諦めたんだけど、エロカッコ良いよねって、ちーちゃんとよく話してたんだ。懐かしいわー。

 正義感強くて健気けなげな主人公ちゃんももちろん可愛いんだけど、手段を選ばない悪役妃がいい味出してて、むしろダブル主人公的な扱いだったんだよねぇ。途中で主人公ちゃんと協力して事件を解決するエピソードが入ってからは、ヒーローそっちのけで百合二次作品が爆発的に増え


「君が楽園に連れて行ってくれるんだね?」


 私の手首を、紳士は粘っこい手でつかんでかすれた声で囁いた。


 おっと。今は思わず感慨にふけっている場合じゃなかったよ。

 ぐいぐい引っぱる男の力には勝てず、自分から誘った手前、着いて行かないわけにもいかず。


「そんなに飢えてるの? ふふ。楽しみね」


 わざと男にべったりとくっつき、歩きにくくさせて時間かせぎしながら、なんとか手振りでリリアンちゃんは逃がせたけど、ピンチですよ!


 こうなったら、休憩室に入ってすぐに「ちょっとお手洗いに」とか言って逃げ……って、あああ! この世界にトイレはないんだった! 


 とにかくなんとかして手を離してもらわないと、転移しても一緒に着いてこられるから、逃げられない。


「やっと空いてる部屋があったな」


 男が扉を開けると、他の休憩室と同じ作りなんだけど、ベッドがどーんと目に入ってきた。

 ひぃいいい。


 まさに扉をくぐろうとしたとき、


「良かった。ここにいたんだね」


 聞き慣れた声は、息を切らしたエスト様だった。


「なんだ? 無粋だな」


「お取り込み中すみません。将軍からの伝令です。その子を渡してもらえますか?」


「なっ。今すぐか?」


「将軍の命です」


「ちっ……わかった」


 ようやく手首を離してくれてほっとする。


「ご協力感謝します。もう、君を探すのに時間がかかってしまったからね。急いで行くよ?」


「お手数をおかけして申し訳ありません。では、失礼いたします」


 エスト様は急いでいる風を装っているのか、走る一歩手前くらいの早さで先に進んで行く。私は慌てて追いかける。

 うぅ。足が痛い。さすがにこのヒールの高さで長時間はキツい。


 エスト様が入ったのは、エニィちゃんを連れて入った休憩室だった。

 後ろ手で扉を閉めたエスト様は、笑顔を浮かべているけど、目が怖い。


「どういうことかな?」


「なにがですか?」


「将軍のメイドは誰にも媚びを売らないんだよ。シェヴィルナイエ家には君みたいなメイドはいなかった。君は誰だ?」


 ええ? エスト様?

 もしかして、わかってて助けにきてくれたんじゃなかったの?


「さきほどここでお会いしましたよね?」


「やっぱりここで見たのも君だったのか。なら、あの子をどうした? どこにもいないんだ」


「どこって……」


 そこから???

 エスト様、今回の作戦の打ち合わせちゃんと聞いてた?


「話してくれないなら、こちらにも考えがある」


 あれ? エスト様ですよね? なんか雰囲気違うような?

 小猫ちゃんを相手する時のチャラ男な猫っぽくもない、マダムの前での上品な躾の行き届いた犬っぽくもない。


 てか、え? いつの間に私はベッドに押し倒されていたのかな?


「ふふっ。すぐに話さないではいられないくらいに、ぐずぐずにしてあげるからね?」


 目の前のエスト様の顔をした肉食獣は、いったいどこから来たんですか!?


 ピーンチ! 

 さっきより酷いよ! 逃げられないよ!

 すでにベッドの上でマウントとられて、両手を押さえられてるよ! 


 思わず涙目になってたみたいで、エスト様にまなじりをなめられた後に、熱く湿った声で囁かれた。


「アロール様は萎えるみたいだけど、ボクは燃えるんだよね。ボタンどこから外そっか? 希望通りにしてあげるから、言って?」


「アホかーー!!」

「遅いわーー!!」


 私の渾身の頭突きと重なった怒鳴り声は、サンクトス君のものでした。

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