第13話 ①お屋敷に潜入します

 ボクの腕に抱き上げたエリカは困ったのか、ボクに身を任せて寝たふりを始めた。


「エニィちゃん、張り切りすぎて疲れちゃった?」


「……」


「すっかり眠っちゃってる。あ、キミ、休憩室に案内してもらえる?」


「はい。こちらでございます」


 飲み物を配っていた従僕に声をかけると、すぐに先に立って案内してくれた。

 さっきまで走り回っていたエリカを、今はボクが抱えているのを見て、あちこちから安心したような顔が向けられる。

 迷子を保護したように見えるんだろうね。こういうとき、警備隊の制服の威力は絶大だと思う。


 さらに、


「エスト様ぁ……あ」


 何度も小猫ちゃん達に呼び止められたけれど、腕の中で目を閉じるエリカが目に入ったり、唇に指を当ててウィンクを飛ばしたりすれば、声もなく頷いて離れてくれた。


 へぇ。これはラクだね。


 時間が許すのなら小猫ちゃん達の相手をするのは願ったり叶ったりなんだけど、作戦中は角が立たないように断るのが難しいんだよね。


 もちろんできるんだけど、数が多くなるとどうしても時間がかかっちゃうからね。最初のエリカの作戦では、エリカとボクが誰も口を挟めないような言い合いをしながら歩く予定だったけど、こっちの方がラクでいい。


 それにしても、エリカはどこの子なんだろうね?

 明らかにこの国の人間じゃないのに、将軍もサンクトスも受け入れている。

 今回の作戦に必要な異能持ちの子どもだからとは言われたけど、詳しくは聞いても教えてもらえないなんて、妙だ。


「こちらをお使いください」


「ありがとう」


 休憩室の扉を閉じる音がしたと思ったら、エリカの体がかたくなった。


「エスト様、おろしてください」


 トントンと腕を叩かれたので、エリカをベッドの上にそっと座らせた。

 すぐに床に立ったエリカの趣味の悪い服が消え、ベッドの上に派手な布の塊が現れた。


 この服も妙だ。サンクトスの方はマシだったのに、なんでエリカはわざわざこんな色にしたんだろうね?

 確かに目立つ必要があったけれども、もっと色を選べば良かったのに。

 エリカのこの服を初めて見た時も今もそう思うのに。


 エリカがボクたちから離れて走り回っていたのはエリカの異能を使う下準備のため。『王都の花祭りのために田舎から出てきた少女』はただの設定だ。あの木の下で落ち合うことだって、先に決められていたから行ったにすぎない。


 それなのに、花園で嬉しそうにドレスをひるがえすエリカを見た瞬間、「似合ってるよ」って口をついていた。


 『可愛いね』『似合ってるよ』なんて、ボクにとったら挨拶みたいな褒め言葉だから、別段おかしいことはない。

 でも、あの瞬間は純粋に、目の前の少女をいじらしいと感じた。


 あぁ、この子は王都の花園に来ることを本当に楽しみにしていたんだね。田舎暮らしで普段は着ることもない華やかなドレスを、この子はどれだけ楽しみにしていたんだろうって。


 ただの設定をまるで真実のように感じて、素で言ってしまっていた。

 ましてや泣き出しそうに見えたからって抱き上げるなんて。好みの令嬢か、仕事相手か、とにかくこんな子ども相手になんかしたこともないのに。


 普段は目にもしない凶悪な布に当てられたのかと考えていると、


「では、行ってきます。エスト様、そちらもよろしくお願いしますね」


 目の前には気の強そうなメイドがいた。


「え、あ、はい」


 気の抜けたボクの返事にメイドは不満げに眉をよせたけど、それ以上なにも言わずに扉の外に出ると、さっき案内してくれた従僕と同じようにお辞儀をしてから扉を閉めた。


「え? 今の誰?」

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