第12話 作戦を開始します

 エスト様、サンクトス君、私の三人が近づいたテーブルでは、すでにお貴族様らしき方々がお茶を楽しんでいる。

 和やかな雰囲気だから、もしかしたら顔見知りなのかもしれない。 


「美しいお嬢様方、こちらにご一緒しても?」


「まぁ。もしかしてエスト様ですの?」

「もちろんですわ」

「どうぞお座りになって」


 さすがエスト様。テーブルにいるのは11歳と22歳だけかと思っていたけど、33歳か44歳のご婦人がいるのを一目で見分けたよ。


 私とサンクトス君をイスにエスコートしてからエスト様も腰を下ろすと、あらためて周囲を見回して溜め息をついた。


「ボクは初めてじっくりここを見せていただいたのですが、素晴らしい花園ですね」 


 姿勢正しいまま感嘆するエスト様にさっきまでのチャラさはどこにもない。今のエスト様は品良く躾けられた血統書付きの犬のようだ。


「本当に素晴らしいですわよね。わたくしも、花園見たさについ年甲斐もなく毎回来てしまいますのよ」


 おっと55歳もいらっしゃいましたよ。マジ美魔女です。ありがとうございます!


「わかりますわ。わたくしも独り身になってもここには必ず来てしまいますもの」


 穏やかに微笑む老女様もいらっしゃいました。ああ、和むわ~。こんな風に年を取りたいわぁ。

 いやいや、私まで和んでる場合じゃない。お仕事おしごと。


「サニィ、わたくしたちも、次も一緒に来ましょうね!」


「えっ。それは……」


「まぁ、どうしたの? おじさまにお願いして、また一緒に連れてきていただきましょうよ」


「……」


「もしかして、わたくしと一緒に来るのが嫌なの? わたくし、なにか嫌なことした? ねぇハッキリ言ってちょうだい!」


「……ドレス、が」


「よく似合っているわよ? わたくしとおそろいが嫌だったの?」


「あの……目立つのが……」


「まぁ! そんなことないわよ、ねぇ?」


 私は同じテーブルにいた少女(11)に問いかけた。

 実際のところ、私とサンクトス君のドレスはかなり目立っている。


 この花祭りのドレスコードが平民でも気軽に来られるように、なんでもアリなのは本当だ。ただ、花を愛でるのであって服を競う場ではないという理由から、よそ行きのワンピースくらい簡素なものでいいのだ。ちなみに殿方はソール神に不敬にあたらない程度の清潔感さえあればいい。


 このテーブルにいる女性は少女から老女様まで皆、品の良いワンピースを着ている。


「えっと……」


「まぁ少し目立っているかもしれないけど、良く似合っているよ」


 コメントに困っている少女を見かねた男性(22)が助け船を出した。


「ええ? そんなに派手かしら?」


 わざとらしく自分を見ていると、通りすがりの少年から待っていた声がかかった。


「そんなこともわかんないのか? その子よりお前の方が数倍ハデだぞ」


「そんなことないわ! これはちゃんと作ってもらったものなんだからっ」


「なんでも金かけて作ればいいってもんじゃないだろ。おまえ、隣のにーちゃんの気を引くために、気合い入れすぎたんだろ?」


「え? そうなの? エニィちゃん?」


「ち、違うからっ。もうっ! サニィもエスト様も知らないっ!」


 恥ずかしそうに見えるよう、私は捨て台詞を残してイスからおりて駆け出した。 




「あぁー。騒がしてしまって、すみません。あの子、初めての王都の花祭りだって浮かれていたんですよ」


 エストが詫びると、エニィに派手だと言った市井の少年の保護者である教会の引率者も頭を下げた。


「いいえ。こちらこそ、申し訳ありませんでした。余計なことを言いました」


「よけいって、本当のことだろー?」


「本当のことでも言っていいことと悪いことがあると話したでしょう? ほら、謝りなさい」


「えぇー」


 正直な少年が納得いかないのは心情的によくわかるが、この場はさっさと進めたい。僕は、引率者に言われても納得のいかない様子の少年を振り返った。

 少年と目が合うと、すぐに目元を赤くして、素直に「ごめんなさい」と謝った。


 よし。色々不本意だけど気にしたら負けだ。

 僕はエストをすがるように見上げた。


「あの……エニィ、は」


「サニィちゃん、大丈夫だよ。エニィちゃんはボクがちゃんと見つけてくるからね。すみませんが、この子をしばらく見ていてもらってもいいですか?」


「もちろんですよ」


「オレがちゃんと見といてやるぜ!」


「わたくしたちもいますから、大丈夫ですわよ」


「それではよろしくお願いします」


 エストが警備兵のお辞儀をして早足で去る前に、明らかに「お前もちゃんと仕事しとけよ」という視線を感じた。

 言われなくてもやるってば! 

 僕は一刻も早くこの格好から解放されたいんだからねっ!


 隣の空いた席に少年が座ると、つっかえつっかえ言ってきた。


「あの、さ。さっきはごめん。ハデって言ったけど、その服、すっごくお前に似合ってるぞ」


「あ、ありがとう……」


 なんで少年から女装を褒められなくちゃならないの。

 情けなくて、意識しなくても涙目になる自分に泣きたくなる。

 エリカおねぇさん、帰ったら覚えてなよ~。


   ※


 さて、けっこう走ったけど、どうかな? 

 頭の中で地図を確認する。花園の端に通過した跡が残っている。うん。いい感じ。

 そろそろ待ち合わせ場所に行かないとね。


 迷った風を装って、きょろきょろしながら大きな木の下のベンチに座り込む。

 走り回ったから、さすがにちょっと疲れた。


 でも、こんな人前で憧れの甘ロリを着られるなんて嬉しかったなぁ。そっと上質なピンクの布を撫でる。

 日本でなら、まずこんなピンク選べない。胸を目立たせないためだとしても、寸胴体型にしたら太って見えるとわかっているだけに絶対に着ない。


 好きな服を着られるって幸せだ。


 もうすぐ着納めかと思うともったいなくなって、立ち上がってくるくるまわる。

 空気をはらみスカートがふんわりして、イチゴチョコストライプが見える。

 花園だけにロケーションもバッチリだ。


「ふふっ」


「エニィちゃん?」


「!!」


 げ。嫌なとこ見られたーー。

 ご機嫌でくるくるしてる25歳ってヤバいよね。


 恥ずかしさに動けないで固まっていると、


「似合ってるよ、エニィちゃん」


「なに言って」


「そのドレス、とっても似合ってるよ」


「……」


 言葉の出ない私を、あろうことかエスト様は抱き上げた。アロールおじさんが最初にした縦抱っこだ。エスト様もアロールおじさんほどではないけど安定感抜群だった。180㎝超えのエスト様にとって、145㎝そこそこの私は本当に子供みたいなものなんだろう。


「さ、戻ろう?」


 エスト様はエニィちゃんを迎えに来た役を演じているだけなんだってわかっている。予定では、エスト様と言い合いながら戻るはずだった。


 でも、私を抱える腕が思いのほか優しかったので、私は文句を言って離れることなく、そのままエスト様に身をあずけた。   

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