第11話 祝い年の花祭りが始まります

 花祭り会場であるホルシャホル猊下の敷地内の花園の入り口へ着き、馬車を降りた途端(なんと敷地が広すぎるので敷地内までも馬車でそのまま入った)、婚活中と思われる貴族女子からギラッとエスト様に注目が集まったのを感じた。


「エスト様ぁ、こんなところで会えるとは嬉しいですわ」

「まぁ、エスト様! どうしてこちらに?」

「エスト様は祝い年生まれではありませんわよね? お仕事ですの?」


 なんで妙齢(22)のお嬢様たちまでいるのかというと、子ども(11)だけじゃなくて、11の倍数の年の人が花園に入る権利を持っているから。毎回必ず花園で会う約束をしている人たちもいるとか。祝い年生まれ限定同窓会みたいで楽しそう。


 参加者で一番多いのは正式に社交界に出る前に練習も兼ねて縁を繋ぎたい貴族子女、次に婚活中の若者らしい。続いて同窓会貴族組と平民富裕層組、最後に平民子供。


 平民も入れるのはソール教のお祭りだから。

 貴族もソール神ゆかりの花園でだけは堅苦しいことを言わないみたいだけど、やっぱり貴族となにかあると怖いし、花園に入れなくともお祭りは町でも開かれているから、平民は花園まで来てもすぐ帰るみたい。子供には保護者も必要だしね。平民子供の保護者は親じゃなくて、各地の教会の人が引率している。


 で、だ。そんなところにエスト様(21)が入ると、入れ食い状態になるわけで。


 この世界の貴族女子は20歳までにほとんどが婚約か結婚するらしく、22歳女子はちょっぴり嫁き遅れ状態。てか、それで言うと私(25)なんか立派な売れ残りになるから、貴族だったら後妻に入るか、どこかの愛人しか選択肢ないらしい。貴族怖っ。


 そう考えると、エスト様が輝いて見えてくる不思議さよ。


 あ、普通にエスト様は痩身マッチョのきらきらイケメンです。聞くところによると、身分も高位貴族で仕事も警備隊の副官で将来性もあり、優良物件かと思われます。


 誰にも聞かれてないけど言わせて欲しい。ごめん。少なくとも、私の中ではナイ。ナイの一択しかない。


「フッ。ボクの生まれ年を知ってくれてるなんて光栄だよ、小猫ちゃんたち」


 そう。エスト様はチャラくてちょいナルシスト入ってるイケメンなのだ。


 天然天使ソルさんとは違う、おそらく計算しつくしたであろう角度に首を傾げて、額に手を当てたポーズで貴族女子たちにキラキラ笑顔を向けるエスト様の本日の服装は仕事着だ。私を牢屋に連れて行った警備隊の長ランね。全体的に黒っぽくて、飾りベルトと両肩と右胸の金のモールが華やかなアレね。あそこの副官だから左胸の階級章がやたらと豪華だ。


 だからサンクトス君が円形の噴水でつかまるように言ってたんだろう。まぁ副官のくせに牢屋まで来られなかったけどね。


 エスト様の濃い金髪は短くしていても少しくせっ毛らしく、くるくるしていてキュート。瞳はハッキリした緑色で垂れ目なんだけど、印象はなんとなく猫っぽい。

 確かにエスト様って好きな人は好きなんだろうなぁとは思う。甘い系のイケメンなんだよね。


「この天使な子たちは将軍様の遠い親戚でね。王都の花祭りを見たいって田舎から出てきたのを、今日はボクがエスコートを仰せつかったんだ」


 私とサンクトス君がこの世界でも同じだった淑女のお辞儀カーテシ-をすると、貴族女子たちが私を見て若干引いたのがわかった。でも、


「まぁあ。さすがエスト様、お優しいですわ」

「アロール様から信頼されていますのね」

「可愛らしいお嬢様たちですこと」


 さすが貴族女子。すばらしい対応だ。無茶振りを軽くいなすベテランOLみたい。


「天使な子たちのお世話は頼まれなくても喜んでするよ。もちろん、小猫ちゃんたちの相手もね」


 バチコーンとウィンクを決めるどこの二次元対応に私はサブイボ立つけど、黄色い歓声が上がる。

 なに? 様式美なの? これくらいイタリアンな対応じゃないと貴族女子にはウケないの?

 アロールおじさん家のメイドさんが見せる塩対応にここ数週間で慣れきった私には、逆に寒いんですけど。


 そういうキャラだと思えば全然アリなんだけど、エスト様は素でこれだからなぁ。いや、これがエスト様というキャラなんだよね。うん。


 納得しつつもうんざりしてしまう私の手を思わずな様子でサンクトス君が握ったので横目でうかがうと、すでにサンクトス君は疲労困憊ひろうこんぱいな表情だった。目が泳ぐを通り越して死んでいる。


 私は反対側の手で、エスト様の上着をぐいぐい引っぱった。


「エスト様、早くお花が見たいですわ!」


 まだ花園の入り口も通り抜けていない。

 さっさと進んでくれないと仕事にならないんだってば!


「ああ、ごめんね。天使ちゃん」


「わたくしはエニィですわ!」


「はいはい、エニィちゃん。サニィちゃんもお待たせしちゃってごめんね?」


「い、いいえ……」


 まるで照れてモジモジしているみたいだけど、実際は顔をそらして話しかけてくれるなオーラを出すサンクトス君に、にやにや笑いながら跪いてエスト様は追い打ちをかける。


「サニィちゃんも遠慮しなくていいんだよ。なんでもボクに言ってね」


「もうっ! エスト様! サニィにばっかりかまわないでくださいませ! 早くお花まで連れて行って!」


「はいはい。じゃあ行こうかな。さ、二人とも手をつなごうか」


「エスト様と手をつなぐのはわたくしだけですわ!」


 もはや涙目のサンクトス君を押しのけるようにして、私は乱暴にエスト様の手を取る。


 エスト様め~。会う度にサンクトス君に意地悪するのやめてあげて。サンクトス君は公共の場での女装で、すでにいっぱいいっぱいなの!


 さっさと仕事して帰ろうと、エスト様を引っぱる勢いで進む私は、意気揚々とした勘違いおのぼりさんに見えるだろう。私に引きずられる感じでうつむきながら着いてくるのは、サンクトス君扮する美少女サニィちゃん。「ははっ、転ばないようにね」と余裕の笑みを浮かべるエスト様。合わせて3人を、大変そうねという表情で、でも口では「ごきげんよう」と貴族女子たちは見送ってくれた。


 さて、今回の私のお洋服は、いかにもなロリィタファッションだ。


 ミシン教室で知り合ったゴスロリっ娘なら「それは『甘ロリ』よ」と優しく教えてくれて、望めば解説もしてくれるのだろうけれど、私自身はそこまでロリィタの違いに詳しくない。


 ざっくり説明すると、私は最初ゴスロリが総称でてっきり海外由来のものだと思っていたんだけど、正しくはロリィタファッションで、日本の原宿で生まれたストリートファッションらしい(ゴスロリはゴシックバンドコスから生まれたという説もあるとか)。ロリィタファッションのジャンルのひとつとしてゴシックロリータ(ゴスロリ)があるのであって、ゴスロリでロリィタファッションを総称するのは違うらしい。


 「例えるなら、チョウチョもトンボもカブトムシも昆虫でしょ? それを昆虫じゃなくてカブトムシって言うようなものなのよ」とゴスロリっ娘は言っていた。


 うん。そりゃ全然違うわ。

 でも、詳しく説明したり指摘したりすると「どれも虫じゃん」みたいな反応が返ってくるので、彼女はもう聞かれない限り説明しなくなったそうだ。


 個人的に気になっていたので聞いたのは、ロリィタファッションのィはなんでロリータって伸ばして書かないのか。


 これも長くなるんでざっくり言うと、いわゆるロリコン(ロリータコンプレックス)として使われているロリータが、元は小説のタイトルだった(ロリータは小説中のヒロインの愛称)。小説内での少女像とファッションとしてのイメージが違うのと、ネット検索で区別するため表記を変えているらしい。


 ロリータにしても、ロリィタファッションにしてもめちゃくちゃ奥が深くて面白い。


 話を戻して、この異世界、仮縫いや下準備が円盤で簡単にできるからか、服の間口が広かった。しかも花祭りは様々な身分の子供も来るから、足丸出しとかありえない格好じゃない限りなんでもOKと聞いたので、趣味に走りまくってみた。


 ロリィタ好きなんだけど着たことがなかったので、一度ちゃんと着てみたかったんだよね。


 サンクトス君扮する美少女サニィちゃんが着ているのは、白のレースとフリルたっぷりブラウスの上にチョコミントをイメージした縦ストライプのジャンパースカート。太いチョコ色に爽やかなミント色が細く見え隠れする。スカートの下にはパニエを重ねているのでボリュームも満点。腰まであるストレートの黒髪ウィッグを付け、大きなチョコミントストライプの蝶結びをカチューシャの飾りと襟元にしている。


 うん。ちょっとくどいよね。鮮やかなストライプを着こなせるのは、サンクトス君が美少女で細いから。


 もし日本で私が着るとすると、デザインそのままならストライプをベージュと黒灰色、焦げ茶にスモーキーピンクとか、とにかく地味な色合いにする。チョコミント色のままならストライプを使うのは一部分だけだ。中央だけとか、ジャンスカ部分を段で切り替えて、チョコ色メインで何段目かだけストライプにするとか。


 でも、そもそもロリィタには胸があると私が理想とする形にはならないから、私は着ないんだよね。

 いかにもなお人形さんみが、私ではどうしても出せない。


 身長がほぼ同じのゴスロリっ娘に借りて試着した時のガッカリ感といったらない。同じお人形さんになりたかっただけなのに、私が着たら違和感しかなかった。まぁもう少女って年じゃないけどね(涙)。


 うっかり熱く語っちゃったけど、なにが言いたいかというと、サンクトス君は違和感なく着こなせているけれども、かなり派手ってこと。


 今回の美少女サニィちゃんのコンセプトは『田舎から出て初めての王都だから気合い入れすぎました』で、隠れテーマは『エニィに押し切られた』。


 エニィこと私の衣装はサンクトス君とほぼ同じなんだけど、イチゴチョコ状態。

 チョコじゃなくてイチゴがメイン。目に鮮やかなビビッドピンクの隙間にチョコが見え隠れしている。胸の下にまいている布で寸胴体型を作っているので、膨張色であるピンクと横の美少女サニィちゃんとの比較ですごく太って見える。さらにうす色の髪を細かい縦巻きにしてツインテール、そこにイチゴチョコストライプのリボンという、いかにもな小物悪役令嬢っぷり。


 メイクはわざと派手に目と口だけを際立たせて、気合い入ってるけど似合ってない状態。

 逆にサンクトス君は薄幸感を出すために薄化粧。もともと美少年だから本来ならメイクするのももったいないんだけど、どうも顔バレNGっぽいんで、印象を変えるためにほどこしました。


 サニィちゃんのうるうる度をアップするために、恥ずかしがっているような頬紅と、美しい伏し目になるようアイメイクは濃ゆく、それでいて動くとつい目で追いたくなるぷるるん唇。


 はぁ。サニィたんカワユス。この癒やしがあれば頑張れるよ!


 ここ数週間で、サンクトス君もすっかりサニィちゃん慣れしたよね。ドロワーズつけるだけで悲鳴あげてた頃が懐かしいよ。どうしても直接はきたくないってマジ泣きするから、私の愛用下着みたいにドロワーズの下にはけるよう、現代の男性下着もどきの開発までできて面白かったけど。


「さぁ、ここがメイン会場だよ」


「うわぁ」

「美しいですね」


 ここはどこの天国ですか?


 花園まで歩いてくる途中も周囲には花が咲き乱れていた。いわゆるバラ園的な、道の左右に整えられた花が咲き誇っている感じ。

 でも、メイン会場は手入れされた感がない。草花が思いおもいに伸びて花開いている様が、まさに人の手が入っていない楽園を思わせ、ソール神ゆかりの花園というのにも頷いてしまう。


 会場の中心部では、祝い年生まれの人に小さな花束のプレゼントがある。女子なら髪に飾ったり、男子なら新郎の胸元を飾るブートニアみたいにしたり。


 草花が茂っていないあちこちにはテーブルとイスが用意され、軽食が乗っている。飲み物は頼めば運んでくれる。

 無防備に思えるけど、花園では毒などが無効化されるから問題ないのだとか。それもソール神の力だというからすごい。 


「あそこが空いてるから座ろうか?」


 天然天使ソルさんと同じ白い祭服(でもソルさんよりも中央の刺繍幅が狭かった)を着た教会の人から花束をもらい、エスト様に髪に飾ってもらった後は、本格的にお仕事開始ですよ!

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