第10話 メイドさんは見ています

 アロール様のお住まいである、シェヴィルナイエのお屋敷でメイドとして働く上で重要視されたのは、『アロール様に色目を使わないこと、アロール様の色気によろめかないこと』でした。


 大丈夫です。いくら色気がダダ漏れのちょい悪親父でも、私の年齢そのまま倍の筋肉の塊に、私は興味もございません。


 しかし、ソラリア国の将軍様であるアロール様はご婦人に絶大な人気があります。


 まだお若いご婦人方は年の近いエスト様、淑女の皆様はムトゥ様の方がお好きなようですが、一定年齢以上の、特に既婚済みのご婦人方にとってはアロール様はたまらないようです。


 曰く、自分の夫にはない筋肉がたまらない。

 曰く、自分の夫にはない野性味がたまらない。

 曰く、自分の夫にはない大……失礼いたしました。


 世の奥方様の「夫は生活に必要で別れる気はないけれども違った殿方にも愛されたい」というのがなんとも贅沢な願いに聞こえますが、未婚の私にはわかり得ない領域ですので、そういうものなんだろうと想像するだけにございます。


 また、アロール様も来る者拒まず去る者追わず状態ですので、貴族の世界ってただれてる……と思わないでもないですが、特にこじれたことがないのはさすがとしか言いようがありません。


 そんなご婦人方に大人気のアロール様ですが、仕事柄なかなかお屋敷に戻られません。


 国境付近で小競り合いがといえば隊を率いて国境沿いに、親善試合があれば選抜隊と他国へ、士気を鼓舞するために遠方の砦へ、訓練の引率にと、国王様の命であちこちに出向きます。


 だからなのか、お屋敷に戻られる時は必ずご婦人連れなのです。


 私の仕事は旦那様とお客様のご要望にお応えし、お屋敷に滞在される間、満足して過ごしてもらうことです。

 毎回違うご婦人を連れ帰られるのに最初こそ慣れませんでしたが、今ではすっかり慣れました。

 旦那様にもご婦人にも満足していただけるように、時間を節約かつ肌にも優しい、ご婦人を輝かせる浴場を仲間とともに極めました。


 複雑な型の服は脱衣や着衣の順番もわからず、お客様にご不快な思いをさせることもありましたが、様々な型の着脱を体験し、服飾師様への質疑応答も許されてからは、初見の服でもほぼ間違えなくなりました。


 お坊ちゃまの服はもちろん、初めて脱衣する教会の祭服も難なくできました。

 もう怖いものなどないと思っていたら、なんと、まだ知らない型があったのです。

 そのお嬢様の、ええ、いつものようなご婦人ではなくお嬢様であることにまず愕然がくぜんといたしました。


 旦那様のことはそれなりに尊敬していたのですが、こんな年端としはもいかない女児に手を出すとは。旦那様への尊敬度も下がります。


 しかし私は旦那様に逆らえる立場にありません。

 せめて精一杯お世話しようと思っていたら、お嬢様の服の脱衣の方法がわかりませんでした。

 どこにもボタンもリボンもないのです。もしかして術式がかかっているのかと確認もしてみましたが、かかっておりません。


 久しぶりにお客様に教えをうたら、なんと初めて見る型でした。

 着脱の手早さにも驚いたのですが、背中に両手を伸ばして器用に外せるお嬢様の軟体さにも驚愕しました。

 複雑な型には主に術式が使われるため、ボタンはもちろんリボンすら外せないご婦人が多いのに、まさか自ら背中側の仕掛けを解けるとは。 


 その後、お嬢様と一緒に服を作り上げるのは、大変楽しい時間でした。


 ここでようやく、このお嬢様はいつものお客様ではなくて、正しい意味でのお客様なのだと思い至りました。

 おそらく新しい服飾師様なのでしょう。旦那様、勝手に勘違いして申し訳ありません。

 きっと、お屋敷に滞在中のお坊ちゃまの新しい服をあつらえるのでしょうね。


 しかし翌朝、またもや唖然とさせられてしまいました。


 ベッドの上のお嬢様はしどけない様子で、お坊ちゃまと一緒に眠ったと言うのです。

 旦那様のお相手ではなくお坊ちゃまのお相手だったとは……。考えもつきませんでした。 

 明らかに自分よりも年下なのにと複雑な気持ちながら、お嬢様に請われるまま、予備のエプロンや刺繍糸を用意しました。


 ノリノリで服を作っていたお嬢様は、最初に作ったナンチャッテチロリアンは気に入らなかったようで、ナンチャッテミンゾクイショウをお召しになりました。


 お嬢様が食事から戻って来るなり「メイドの仕事を見学させて欲しい」と請われました。


 旦那様からも命があったので、その日から時間の許す限りべったりそばで見学されることになりました。メイド仲間も紹介して欲しいと言われ、私だけではなく、屋敷中のメイドにお嬢様はくっついてまわります。いつからかそこに、お嬢様と同い年くらいのおとなしいお嬢様も増えていました。


 お嬢様は「私のことはエニィと呼んでね。この子はサニィよ」と私たちに自己紹介してくれ、「サニィは女の子同士の会話が苦手なの。慣れるようにお話相手になって欲しいんだけど、お願いできる?」と請われました。


 おとなしいサニィお嬢様はいつもうつむいていて、ほとんど口を開きませんが、エニィお嬢様から話を振られると、恥ずかしそうに受け答えするのが妙に可愛いのです。普通ならイラッとしそうなものなのですが、かなりの美少女だからかもしれません。「ハキハキしたエニィお嬢様と、庇護欲をそそるサニィお嬢様の組み合わせは最高ね」とメイド内では好評です。


 それを決定づけたのが、エスト様がいらっしゃった時でした。


 貴公子然としたキラキラしいエスト様が、うっかり尻餅をついたサニィお嬢様の前にひざまずき、優しく声をかけながら、お手を差し伸べられました。目元を赤くし涙目のサニィお嬢様は、恥ずかしさからか、その手を取ることができません。そこへ席を外していたエニィお嬢様が戻られると、サニィお嬢様はエニィお嬢様に駆け寄り、エニィお嬢様の後ろに隠れ、ぷるぷると震えていたのです。


 お嬢様方の年齢ならエスト様は王子様のような存在でしょうに、ぽーっとなってその手をとることなく怯えるサニィお嬢様。そんなサニィお嬢様を守るように立つエニィお嬢様。


 エスト様がいらっしゃるたびに似たようなやりとりが繰り返され、そのたびにエニィお嬢様は盾になり「大丈夫よ。サニィは私が守るからね」とサニィお嬢様の手を握って囁かれるのです。


 いくら田舎育ちとはいえ、女の子同士の会話や殿方をそれほど恐れるとは思えません。


 サニィお嬢様はあれだけの美少女です。おそらく昔、サニィお嬢様と殿方をめぐって女の子といさかいでもあったのでしょう。そんなサニィお嬢様を守ってきたのがエニィお嬢様なのだろうと私たちメイド一同は結論づけ、乙女の熱い友情に、メイド一同お嬢様方を応援しようと結束したのでした。


 ええ、お嬢様方の間に殿方など必要ありません。


 エニィお嬢様に顔を見せないように言われているのか、最近のお坊ちゃまは昼間はどこかに出かけて姿を見せなくなりました。


 まれに見かけるのはエニィお嬢様のお部屋でなのですが、「もう勘弁してよ」「今日はもう許して」など、毎回ひどくぐったりなさっている状態で、なんだか見てはいけないものを見たような気がして、つい目をそらしてしまいます。


 そういえば、エニィお嬢様はお坊ちゃまのお相手でもありました。


 これって三角関係なんじゃない? 私はサニィお嬢様を応援するわ! 私はお坊ちゃまを推すわ! いっそ三人で暮らせばいいんじゃないの? どっちにしてもエニィお嬢様が攻めているのしか想像できないわ。なに言ってるのよ、閨では豹変するのよ……などと、メイド一同盛り上がっております。


 エニィお嬢様、いくら若いとはいえ、ほどほどになさってくださいね?


 そんなエニィお嬢様ですが、服飾師様と何回もの打ち合わせを経て二着のドレスを作り上げました。


 サニィお嬢様と形は同じの色違いで、おとなしいサニィお嬢様は爽やかなグリーンと焦げ茶色、エニィお嬢様は鮮やかなピンクと焦げ茶色です。


 どちらも焦げ茶が主色で差し色がグリーンかピンクなのだと思われるでしょうが、違うのです。


 おとなしいサニィお嬢様は焦げ茶生地にグリーンの差し色が映える素敵なドレスなのですが、エニィお嬢様の方は鮮やかすぎるピンクが目に痛い中に焦げ茶色が申し訳程度に入っている状態なのです。


 形はまったく同じながら、印象が全然違うものになりましたが、エニィお嬢様は大変ご満悦な様子でした。


「これで戦闘準備は整ったわ! いざ出陣よ!!」


 お嬢様? いったいどこに戦いに行かれるのですか?

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