第9話 売られたら買います
「お嬢ちゃん、その服はどうした?」
「おはようございます。用意していただいた服とメイドさんと円盤のおかげです」
二度寝しようかと思ったものの、お腹が空きすぎてたまらなくなった私は食堂に行くことにした。
でも服がない……。あぁまたこのパターンだよ。
待っていればサンクトス君が持って来てくれるんだろうけどお腹がぐーぐー鳴り出したので、メイドさんを呼んで作ってもらうことにした。
続けて同じ服なのも芸がないので、材料に刺繍糸をプラスして、スモッキング刺繍っぽくしてみた。
スモッキング刺繍、細かいひだを作りながら刺繍する技法で、上品な女児服や婦人服の胸元、クッション、バッグやポーチにまで使われている刺繍技法。細かくひだをよせるだけで上品さアップなんだけど、生地の水玉模様を四つ葉もように、ギンガムチェックをしまもようにと別のもように見せたり、まるでそこだけ立体のなにかがあるように見せたりできる、不思議技法もある。
あるんだけど、私が覚えているのは、なんちゃってスモッキング刺繍。ひだを作りながら刺繍するんじゃなくて、ひだの上から刺繍糸で模様を描くやつ。今はミシンでもできるとか。
スモッキング刺繍自体は、昔のヨーロッパ農民の丈の長い
見た目がきゅんきゅんに可愛いので、ぜひ作ってみたくてキットを買ってみたものの、最後まで作り切れませんでした。うん、知ってた。私に裁縫スキルはないって。キットでもダメとか(涙)。
と、いうわけで、昨夜のティアード風ワンピースにした後、はっきりした赤と青の刺繍糸でハイウェストから腰回りまでをぐるりと幾何学模様にしてもらったら、なんちゃって民族衣装ぽくなりました。ついでに裾も折り返して同じ模様を入れてもらった。
こうなるとリボンも変えたくなって、リボンにも赤青で腰回りと裾とおそろい模様のなんちゃってスモッキング刺繍をほどこしてもらい、幅広カチューシャ風にして後ろは結んで垂らしてみた。
これでどの国風かはともかく統一感は出たよね?
安心して部屋を出て、先に食堂に来ていたソルさんと一緒にご飯してたら、アロールおじさんがやってきたというわけで。
アロールおじさんは腰回りにある刺繍をじろじろ見ている。
「刺繍糸はメイドさんに融通してもらいました」
いやぁ。手芸好きの女子力高いメイドさんで本当に良かったよ。
「服飾師が来るのは午後からになる」
ふくしょくしって、お洋服を作ってくれる人だよね。異世界のお洋服めっちゃ楽しみ。どんなデザインがあるんだろう?
アロールおじさんの後からサンクトス君も食堂に来て驚いた顔をしていたけど、サンクトス君と話す間もなく、アロールおじさんは本題に入った。
「困ったことにムトゥの手がかりがつかめない。このままホルシャホルを断罪することもできるが、ムトゥが人質と取られるか、一足飛びに消されるか、読めない」
「最後に連絡がとれたのはいつなの?」
「ホルシャホルの近辺を探らせたところだった」
「猊下のお屋敷には何度かうかがったことがあるのですが、広大でしたから、そこに隠されているのでは?」
察するに、どうもホルシャホルという人が教会のトップらしい。
「そうかもしれんが、屋敷どころか、敷地内にも簡単には入れんぞ」
ですよねー。地位高い人のお宅ってセキュリティが厳しそう。
「あ、エリカさんなら入れるかもしれませんよ。ほら、今年は祝年でしょう? 11歳の子供に、お屋敷の花園が一般開放されるはずです」
「うむ。お嬢ちゃんに行ってもらいたいのは山々なんだが」
「エリカおねぇさんてば、指名手配されちゃったんだよね」
「へ?」
いやいやいや。待ってよ。私なにもしてないよね? あ、脱獄したから? でも、あれは仕方なかったよね?
サンクトス君を見ると黒い笑顔を浮かべた。
「エリカおねぇさんはぁ、天使様と貴族の息子をさらった誘拐犯になってたよ」
「はぁあ? それは、そりゃ、結果だけ見ればそうだけど……」
ヤバい。なにこれ。冤罪だよね? 怖い。
「人相書きが届いていたが、見るか?」
アロールおじさんが机の上に台座を出し、小さな円盤をその台座に置くと、立体映像が浮かび上がった。
え? この世界、中世じゃないの? SFなの? 円盤が万能過ぎるよ!
「お嬢ちゃんだろ?」
「エリカさんですね」
「エリカおねぇさんだね」
円盤の上には、半透明だけど、白黒ワンピを着て黒い靴を穿いた顔がぼやけた子供がいた。
あのさ。私の顔が薄いのは知ってたよ。知ってたけどね? ここまで印象に残らないくらい薄いの?
しかも立体映像の私には胸もない。
つまりこれは写真みたいなものじゃなくて、誰かの証言とかから作られたものなんだろう。
白黒の服を着た子供だったというイメージしか残ってないんだ。
しかも服はかなり正確に再現されているのに、顔はぼんやりって。
私の存在感どんだけーー(涙)。
「ふふふふふ。大丈夫ですよ。その花園でもお屋敷でも入り込んで見せます!」
売られた喧嘩は買いますとも!
むしろその印象を利用してやる!!
「や、待て。協力は嬉しいが、お嬢ちゃん一人では」
「もちろん、私一人で行くなんて無謀はしませんよ。サンクトス君と一緒に行きます。サンクトス君だって11歳くらいですもんね」
「あー、なんだ。サンクトスは、ちょっと」
「なんですか? 顔バレしちゃうとマズいんですか? それこそ私に任せてください!」
「えぇ? エリカおねぇさん?」
「エリカさん、ちょっと落ち着いた方が」
「昼からお洋服を注文できるんですよね? なら、どんな格好で行くといいかだけ教えてください。平民としてなのか、貴族としてなのか。平民でも貧民なのか富裕層なのか。貴族でも下級なのか上級なのか。できれば、猊下のお屋敷のメイドさんの衣装も欲しいです」
「どうしたの? エリカおねぇさん壊れちゃったの? これ、僕の手に負えるかなぁ」
「むぅ。急がないとムトゥの命に関わるからな。やるなら成功率を上げたい。エストにも応援を頼もう」
「うぇ。僕の心労は増えるばっかりだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます