第7話 ①頑張りました
エリカとメイドが出て行くのを待って、サンクトスは
「アロールおじさん、まさかとは思うけど」
「くくくっ。まさかはないぞ。ないが、面白いな、あのお嬢ちゃんは。花街にいれば売れっ子になれそうだ。あの幼さであの体なのがいい」
眉間にしわをよせながら、サンクトスは乱暴に一人掛けソファに腰を下ろした。
「もう籠絡されたの? 他国からの間者の可能性は?」
アロールもソファに落ち着くと真顔になった。
「他国民だが間者の可能性は低い。本人は、気づいたらソール神の泉にいたと言っている。嘘をついているようには見えなかったし神円も反応しなかった」
「天使様にも同じことを話していたよ。気がついたら円形の噴水に座っていて、娼妓に怒られて牢屋に入れられたって」
「娼妓たちはお嬢ちゃんを保護してくれたんだろうがな。お嬢ちゃんは、ここにいることが不満なようだ。大事な友達の結婚式に出たいから帰りたいらしいぞ。お嬢ちゃんにとって不本意な訪問なら『召喚』の異能持ちの仕業かもしれん」
「その話は初耳だよ。僕らが調べた異能持ちに『召喚』はいなかったよね。隠れ異能なら国として放っておけない。エリカが被害者ならエリカの国に帰すまで面倒みなくちゃ。はぁ。また調べないとだね。結婚できるなら14歳以上ってことになるけど。エリカの国の婚姻適齢がわからないし、その友達と同い年とは限らないから断定できないね。天使様は10歳から12歳に見えるって言ってたけど、エリカは天使様より年上だと言い張ってる」
「天使様は確か祝年生まれだったから今年22歳か。それより年上にはとても見えんが……あ、いや、そうとも限らない、か」
「なに?」
「お嬢ちゃんが面白いことを言っていた。天使様の見た目は可愛いが可愛いとは思えない。でもサンクトスのことは可愛いと」
「はぁ? バカにしてんの?」
「いいや。お前さんが必死に背伸びして頑張っている様子が可愛いのだと」
「……」
「観察眼は持っているのかもしれん」
「天使様のことは他になにか言ってた?」
「ソール神とつながりがありそうだと」
「アロールおじさんのことも話していた?」
「っくく。筋肉が気になって触りたくてたまらないそうだ。うっとりした目をして腕を撫でまわされたぞ。もし本当に天使様より年上なら狙いたいものだな」
にやりと笑うアロールに、サンクトスは溜め息をもらした。
「今回の件にエリカは必要だからね。逃げられるようなことだけはしないでよ? だいたいあの胸だって本物かどうかわからないじゃないか。異能で逃げられないためにもエリカから目を離すつもりなかったけど、本物かどうか、ついでに僕が確かめてあげるよ」
「ほう? どうやって?」
今度はサンクトスがにやりと笑った。えりかなら「黒天使キター!」と狂喜乱舞する仕草だ。
「エリカおねぇさんは僕のことが可愛いんでしょ? 可愛くおねだりしてみるよ」
ためらいがちなノックが響いた。
「入れ」
「失礼いたします。旦那様、お嬢様がお坊ちゃまのシャツをご所望ですが、いかがいたしましょう?」
「……替えの物がまだあっただろう。それを渡すといい」
「かしこまりました。失礼いたします」
「なんで僕のシャツがいるの?」
「おそらく服が合わなかったんだろう」
「僕のと同じのを用意したんじゃないの? エリカは僕と同じくらいだから入るでしょ?」
「婦女子だから女物を用意するように指示したんだが。いつもの物だったら網にかかった魚みたいになっているだろうな」
「いつものって……あのスケスケの夜着か! あれしか用意してないって、アロールおじさん、ほんと刺されないように気をつけなよ?」
「返り討ちにするから問題ない」
「うわぁ。刺される可能性を否定しないあたり」
「いい男だろう」
「悪い大人の見本だね」
「違いない。それにしても、シャツだけで良かったのか?」
「このシャツけっこう長いからいいんじゃないの?」
「それでは尻は隠れても足が出るだろう?」
「ドロワーズは?」
「シャツにドロワーズだけか。まぁそれはそれでそそるが、食事向きではないな」
「エリカおねぇさん、逃げてー。あ、ダメだよ。逃げられたら困るんだから」
「っくく。そうだったな。なら様子を見に行くか」
再びノックが響いた。
「入れ」
「失礼いたします。天使様が食堂に向かいます」
「それはお迎えせねばならないな」
「なら、僕がエリカおねぇさんのところに行くよ」
「替えの服はまだあるから持っていくといい」
「はーい」
しかしサンクトスが浴場に行く前に、すでにエリカも食堂に向かっていると報告が来たので、アロールとサンクトスは二人そろって食堂に向かうことになった。
アロールは着衣のまま使える汚れをとる円盤でさっぱりすると、夜着姿の客人に合わせるために、白シャツとゆるい長パンツに着替えた。
アロールとサンクトスが食堂に近づくと、興奮したソルの声が聞こえてきた。
「エリカさんは本当に御使い様ですね!」
「ありがとうございます。でも、すごいのはメイドさんとお洋服と円盤ですから」
いったいエリカはどんな格好で来たのか。
アロールとサンクトスの足がはやまる。
食堂に入ると、さらりとした水色の塊が振り返った。
えりかの淡い色の髪には水色のリボンが斜めに蝶結びに飾られ、白シャツの襟と肩と腕部分は見えているが、肩まわりを水色に透けた生地が花びらのように二重に覆っている。花びらに隠された胸元から裾までストンと落ちたワンピースには細かい縦じわがよっていて、裾部分だけが無造作に重ねられている様は、まるで地面から水が湧き出ているように見えた。
今のえりか自身を一言で例えるなら『泉の天使』と言ったところだ。
「……この屋敷に子供服なんてあったか?」
答えたのはぐぅうっとえりかの空腹を知らせる音だった。
「ごめんなさい。とりあえず、なにか食べさせてください」
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