第6話 円盤は万能でした

「サンクトス君、もうお風呂あがったんだ」


 私はいつものようにトントンと私を抱きかかえている腕を叩いた。その感触で、ちーちゃんじゃなくてアロールおじさんだったと思い出したけれど意図は通じたらしく、するりと私を床に下ろしてくれた。


 サンクトス君、次は私のお風呂の番だからわざわざ呼びに来てくれたんだね。早かったからきっと急いでくれたんだろう。

 湯上がりのサンクトス君はどこかしっとりしていて、それだけで美少年度が上がってるんだけど、ラフな長袖の白シャツと半ズボンという姿がこれでもかとツボで涎が出そうです! もみくちゃにしたいくらい可愛い! ごちそうさまです!


「ごめんね、急がしちゃったよね?」


 それにしても、なぜかサンクトス君の目元が今まで以上にキツいんだけど?

 あ、アロールおじさんに抱っこされてた私を見て、おじさんが取られちゃうって思ったのかな。


「大丈夫だよ。サンクトス君の大事なおじさんは取らないからね。ちょっと筋肉を見せてもらってただけだから」


 ね、とアロールおじさんを仰ぎ見ると、おじさんは口元に手を当ててた。ああ、あくびも出るよね。もう時間も遅いみたいだし。


「眠たいところありがとうございました。またじっくり触らせてくださいね」


「っくく。いつでもどうぞ」


「……エリカおねぇさん、早く入ってきたら?」


「うん。ちょっぱやで出るね。おなかすいた~」


 そうだ。今はお風呂とご飯が待っている。


 私は想像していたよりも広い屋敷をメイドさんにお風呂場に連れて行かれる間に、おなかがすいているので手早くしたい、むしろ自分で洗えると伝えた。さすがに見ず知らずの他人に洗われるのは遠慮したい。


「こちらを使いますから大丈夫ですよ」


 メイドさんはさっき見たCDよりも小さな円盤を見せてくれた。やっぱり真ん中には石がハマっている。


「申し訳ないのですが、今お召しになっている型は初めて見ます。外し方がわかりませんので、お嬢様のお手を煩わすことをお許しくださいますか?」


「あ、はい」


 この重ね着風ワンピはバックファスナーなんだよね。

 狭いロッカー室で着替えるのに凝った服は面倒でワンピースばっかり着てるから、すっかり着脱にも慣れた。


 後ろ手でファスナーを下ろすと驚愕された。え、そんなに変だった?

 あ、こっちの世界にはファスナーがないのかな?


 目の前にいるメイドさんは白ブラウスに葡萄茶えびちゃ色(茶色がかった濃い赤紫色)のロングジャンパースカート、白のフリルエプロンをつけた、若干変則的なメイド服だ。ジャンスカの両腰にボタンが見えたけど、背中側にボタンはなかったから、きっとエプロンで隠れているジャンスカの胸下部分にもボタンがあるはず。小さなくるみボタンは可愛いけど、着脱がかなり面倒そう。


 噴水広場でのセクシー女性たちの服を思い返すと、胸下か背中側でリボンかボタンだったから、やっぱりファスナーはなさそうだ。あ、じゃあ長ランやソルさんの服は隠しボタンなのかな?


 ファスナーの最初は靴紐を毎回結ぶのが面倒くさかったから開発されたらしいので、服に活用されるのにも納得だよね。


 とか考えている間に、タイル張りの部屋の中、長い楕円のバスタブに仰向けに寝転ぶように促され、お湯に浸かってないのは顔の表面だけか、と思った瞬間、体はスッキリ、頭もさっぱり、それでいてうるツヤぷるんでした。


「えええ?」


「手早くということでしたので、お顔はどうされますか?」


「お願いします!」


 どんな感じか楽しみすぎる!


「ではこちらにお顔をひたして息をとめていてください」


 体を起こして洗面器のような器に目を閉じて顔をつけると、これまた一瞬で爽快かつもっちもちになりました。なにこれスゴい!

 すぐに私の体をバスタブから出して水分を拭き取るメイドさん。確かにこれは私が自分で洗うより数倍早いわ。

 感動している間にドロワーズを着せられてました。


 おおぅ。本場のドロワーズだ。肝心な場所に穴が空いてるよ。


 私は最初、ドロワーズってスカート下の可愛い見せ下着だと思ってましたが、本来は足をかくすための物らしい。どんだけ足が卑猥なのかと最初はピンとこなかったんだけど、女子のショートパンツとハイソックスの間(いわゆる絶対領域)を解説されたり、ガーターベルトを見せてもらったりして、ドキドキする気持ちもわからなくはなくなりました。


 少なくとも、白い太ももに食い込むプニ感がぐっとくるよね! というのはよくわかった。美少年の靴下止めと同じだねって言ったら微妙に引かれたのは解せないけど。


 で、なんで肝心の場所に穴が空いてるかっていうと、当時はドロワーズを着たまま小用していたから……って、ひぃい。トイレ事情が怖いんですけど!


「すみません。その、トイレに行きたいです」


 食事の前にぜひとも行っときたい。 


「こちらでどうぞ」


 さっきよりも小さな円盤を渡された。


 いや、え? これをどうしろと?


 しどろもどろに使い方がわからないと伝えたら、なんとこちらの人たちは小さな円盤さえあれば着衣したままでも支障ないそうです。円盤いったいどんな仕組みなの? 逆に怖いわ! ドロワーズに穴が空いているのは、大人の事情(察してください)と生理中にその場所に別の仕掛けをするかららしい。


 まぁドロワーズの隙間からじゃなくて良かったんだけど、いくら円盤持ってたら大丈夫と言われても、いきなりメイドさんの目の前で粗相したらと思うと無理だったんで、頼み込んで一人にしてもらいました。一人といっても、「大丈夫ですか?」「一人でできますか?」と衝立ついたての向こうからひっきりなしに声がかかる、後追いの子供をなんとかトイレの向こう側で待ってもらっている母親状態でしたが。失敗するのが怖くてせっかくはかせてもらったドロワーズも脱いでバスタブに戻りました。無事に成功して良かったです。


 すでに私のライフはもうゼロよ。


 だがしかし、肝心のお着替えがまだ残っているではないか!


 再度着たドロワーズの上から着るラフなワンピースをバンザイ状態で触れたところ、すごく生地がいいのがわかった。しかもすんごく生地が薄い。え? これ透けるよね? 明らかに事故るよね?


「すみません。私がさっき身に着けていた下着をください」


「洗いましょうか?」


「すぐ乾くならぜひお願いします」


「どうぞ」


 洗濯乾燥も一瞬でした。円盤の機能は本当にスゴすぎだけど助かります。ありがとうございます。


 コスするようになってからはそれぞれのコスに合わせて下着も増えたけど、普段愛用しているのは肩がこらずに胸がつぶれないもの。飾りもなにもないけれど、効果もつけ心地も抜群なんで夜もそのまま愛用している。しかも今回身に着けていたのは色気もへったくれもないベージュだったので、透けても違和感なさそうで結果オーライだ。


 こうなったらとせっかくはいたドロワーズをまたもや脱いで、愛用の下着を身に着けた上からドロワーズをはきなおして、愛用のブラをつけてほっとしたところにワンピースをかぶせてもらった。うん。やっぱり愛用の下着は落ち着くわぁ。


「あ、それは破れているのでいりません。いいようにしてください」


 メイドさんが食い入るようにストッキングを見ていたのでそう言うと、すごく嬉しそうにお礼を返されました。

 だからというわけではないんだろうけど、小さな円盤をもらいました。下着の洗濯用らしい。ありがとうございます! これ一枚きりなんで本気で助かります!


 私がストッキングを穿かないとわかったメイドさんは靴下を持って来た。

 あぁこの世界は足出しNGだったね。着るからには細部までキッチリしないとだ。


 結局、私の格好は愛用の下着、膝まである白靴下、靴下に重なるようにふくらはぎ丈の白ドロワーズ、首元とハイウェストをリボンで結ぶタイプのひきずるほど長い水色ワンピース、愛用の黒パンプスになりました。


 黒パンプスはストッキング用の滑り止め中敷きを外したらギリギリ入ったんで、今日はもう長時間は穿かないだろうし、もうこれでいいやってなった。


 さすがに靴は簡単に用意できなかったみたい。お客様用の靴は大きすぎてダメだった。ここの人たちはどうも西洋サイズ以上なので、この館に女性用はあっても子供用はないらしい。うん。それはいい。


 ワンピースが誰の物か聞いたら、女性のお客様用として常備してあるものらしい。とにかく一般女性用なので、私にはかなり大きい。どれくらい大きいかというと、ハイウェストが普通ウェスト位置になり、首元を引き絞っても両肩がモロ見えするくらいに大きい。まぁそれもいいんだ。


 それらを組み合わせた姿を姿見で確かめた時、いたずらな子供がお母さんを真似して外行き着を着たらぶかぶかな様子が頭に浮かびました。


「お洋服にあやまれ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る