第5話 深夜のテンションでした
「そういえばムトゥは? こっちに来なかったってことは別件で動いてるの?」
「それがな、お前が牢に潜入してからすぐ連絡が途絶えた。おそらくあちらの手に落ちたのだろう」
「向こうの方が一枚上手だったってことか。くそっ。ムトゥを取り返さないと」
悔しそうに話すサンクトス君とアロールおじさんは血縁関係かと思ったけど、パーツも色も少しも似ていない。似てないけれど仲は良さげ。なにしろ今までずっと皮肉気だったサンクトス君が素直な表情を出しているのだから、相当心を許している相手だ。仲間って言ってたし仕事仲間? でも、上司と部下って感じでもない。何つながりなんだろう?
ソファに座ってじっくり見ていると、ついあくびが出てしまった。
そういえば今何時くらいかな? 会社終わってからこっちに来てノンストップだったから時間感覚が曖昧だ。
「ああ、今日は夜も遅い。もうここで休むか? 食事が必要なら屋敷の方がいいが」
「僕、久しぶりにちゃんとしたベッドで寝たいなぁ」
「なら屋敷だな。心配めさるな、天使様。貴殿も連れて行くし、お嬢ちゃんも一緒だ」
「ありがとうございます」
「ありがたいんですけど、いいんですか?」
ソルさんの身元はハッキリしているからいい。でも私は異能持ちかもしれないがただの通りすがりだ。
「客人をもてなすのは私のささやかな楽しみでな? ぜひ私の楽しみに付き合ってほしい」
おうふ。これが大人の貫禄か! 私にもこれがあれば、もっと存在感が出るのかもしれない。
「ありがとうございます。お世話になります」
「では皆、こちらに手を乗せてもらおう」
立ち上がったアロールおじさんの手にはCDくらいの円盤が握られている。その真ん中は空いておらず半透明の石がハマっている。その円盤にサンクトス君、ソルさん、私が手を乗せると、次の瞬間にはすっかり明るい豪華な応接室にいた。
「えええええ?」
「お嬢ちゃんの能力のためには街中をゆっくり移動した方が良かったのだろうが、この時間では馬車も目立つのでな。また明日の昼中にでもあちこち出かけるといい」
「……お気遣いありがとうございます」
「さぁ、まずは湯浴みしておいで。その間に食堂に食事を用意しておくから、つまんでから眠るといい」
「ありがと、アロールおじさん。また後でね」
「なにからなにまで、ありがとうございます」
サンクトス君とソルさんの二人はメイドさんに案内されて出て行った。
「さて、お嬢ちゃん。いや、エリカ殿と呼んだ方がいいかな? まぁ、座ろうか」
「どちらでもかまいません」
呼び名なんかどうでもいいから、私も退場させてください。切実に。
めっちゃ怖いんですけど! さっきまでの面倒見のいいお父さんみが消えて、肌にピリピリくるんですけど!
さっきのサンクトス君と同じ横並び座りなのに、ソファに促された手を握って離してもらえない。転移で逃げても無駄だぞってことですよね、わかります。
「エリカ殿はこの国の者ではないな? どこの国の者だ?」
「日本です」
「ニホン? 大陸にはないな。島国か?」
「そうです」
ひぃい。嘘はついてないのに握る手に力が入ったよ。
「なぜソラリアに来た?」
「なんでか私が知りたいです。気づいたら円形の噴水広場にいたんですから」
「円形の噴水に?」
「はい。私は日本で仕事帰りに乗り物に乗っていました。疲れてうとうとしていたら、もう噴水にいたんです」
「ふむ。それなら、エリカ殿は誰かに
「よばれた?」
「円形の噴水は、元はソール神の泉。誰かの異能によってエリカ殿が喚ばれたと考えられる」
なんと異世界転移じゃなくて異世界召喚だったのか!
「しかし私はそんな能力の異能持ちを知らん。自らの異能に気づいておらぬ者の仕業か、隠れ異能持ちの仕業か……」
「考え中のところすみません。この場合、その異能持ちさんがいれば、私は元の世界に戻れるんですよね?」
「確実に戻れる。異能持ちが異能を解けばいいだけだからな。まぁその異能持ちを見つけることから始めねばならんが」
「良かったぁ」
「なにか気になることでもあったのか?」
「はい。私の大事な友達の結婚式がもうすぐあるんです。それだけは絶対に行きたかったから。それが叶うんなら、それまではここにいても大丈夫です」
「我らの助けになると? それは先程サンクトスが脅したからだろう?」
「うーん。まぁサンクトス君が可愛いのもあるけど」
「可愛い? サンクトスが?」
「え? 可愛いですよね? 黒天使って感じで」
「まぁ可愛くないこともないが……黒天使……むぅ」
ええ? なんで? あんなに仲良さそうだったのに、可愛くないの?
アロールおじさんの親馬鹿みたいなエピソードが聞けるかと思っていたのに、あてが外れちゃったよ。
「すまんな。天使と言えば天使様が思い浮かぶのでな」
「ああ、ソルさんは白天使、天然天使ですよね。まさに汚れのない天使様」
「エリカ殿は天使様を可愛いとは言わぬのだな」
「ソルさんの見た目は可愛いけれど、もっと大きい感じがします。広いというか深いというか。本当に神様と繋がっていそうです」
私の勝手な天使像が、神様に盲目的で忠実な戦士なんだよね。うっかりいき過ぎて狂信者になっちゃうんだけど、ソルさんの精神は小さな子供みたいで、神様を純粋に信じてて神様からも純粋に愛されてる感じがする。
まぁこの世界の神様はもちろん、地球でも見たことなくて、勝手な想像なんだけど。
「ほう。ならばサンクトスは?」
「サンクトス君は、すっごい頑張ってる感じがするんですよね。小さいのにできること以上のことをしようと背伸びしてるというか、やりたいことがあるのにできない自分が悔しい、みたいな。その悔しさのはけ口が毒舌で、そこが可愛いです」
「……私はどう見える?」
「強そう。かたそう。触ってみたい」
「ん? 先の二人と違うな?」
目の前にずっとあるのに触れないとか、どんなおあずけかって話ですよ。
「すごい筋肉ですよね。お洋服は大変お似合いなのですが、腕がどうなってるのか気になって気になって仕方ありません」
いやほんと、至近距離でこんな素晴らしい筋肉見たの初めてなんだってば。
目をじっと見つめての「だからもっと見たいしできれば触らせて」アピールに、アロールおじさんは溜め息をついてこたえてくれた。
「……シャツの上からなら」
「わぁい」
素肌を触りたいなんて破廉恥なことは言いませんよ。私はただこの素晴らしい筋肉の感触を知りたいだけなんです。と言い訳しながら、上着から出てきた白シャツをまとった二の腕をなでる。
コスで散々ちーちゃんと絡んできたからスキンシップには慣れてるんだけど、本物の男性の筋肉は女子とは全然違った。
ふおぉお。やわらかいのに芯があるというか。なんだこれ、すごいな!
ちなみに筋肉フェチなコス知り合い談だと、力こぶである上腕二頭筋よりも裏側にある上腕三頭筋の方が筋肉量が多いらしい。目の前の二の腕はどちらもムッキムキ。
アロールおじさんは、たまに力を抜いたり入れたりしてくれて、至れり尽くせりだ。ありがとうございます!!
初めての感触にテンションも上がる。
「今度結婚する友達が練習してるって言ってたんですよ」
「ほぅ?」
「結婚式を挙げて新居に入る時に、新郎に抱きかかえられて入ると幸せになれるからって」
「ニホンにはそんな風習があるのだな」
正確には日本にそんな風習はないけど、他国の説明が面倒なので、ここはあえてスルーします。
これ、ただの迷信かと思っていたら、古代ローマ時代に結婚した花嫁が敷居につまずくと不運の前兆だとかで、実際にお姫様抱っこされていたらしい。
てっきり、旦那の力自慢か甲斐性チェックかと思っていた私には、もちろん彼氏がいたことなどない。
「友達の旦那さん予定の人はかなり大柄なんですが、友達がけっこうな長身だから、バランスを取るのが難しいのかなって思ってたんです。でも、よくよく話を聞いたら、するのは慣れてるけどされるのは慣れてないからって」
ご想像通り、ちーちゃんにお姫様抱っこされていたのは私。
確かに最初はちょっと怖かったけど、今ではすっかり慣れた。
「こうか?」
アロールおじさんは、ひょいと私を片腕に乗せて立ち上がった。
すごいな。安定感しかないよ。むしろ椅子レベルだよ。
「惜しいです。横抱きなんです」
「こうか」
ころりと私を腕の中に寝かせると、アロールおじさんはにやりと笑った。
「なるほど。確かにこれはいいな」
アロールおじさんの顔が近づいてきたところで、
「なにをしている?」
いつの間にか開けられていた扉から、サンクトス君の冷えた声がかかりました。
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