第4話 ちょっとスッキリしました
私たちは薄暗い部屋のさらに奥へと案内された。
奥の部屋へと入り、扉の鍵を閉めたところで、部屋の中央にある小さな机のランプがつけられた。
灯りを囲うようにソファが並べられている広い部屋で、アロールおじさんはソルさんと私に座るよう促した。
「サンクトス、心配していたぞ。怪我はないか?」
アロールおじさんはサンクトス君を大きなソファに座らせると、体を確かめるように頭のてっぺんから足先までぽんぽん叩いている。
「もうっ。大丈夫だから子供扱いしないで。アロールおじさんも座ってよ」
「すまんな、つい。さぁ話を聞こう」
サンクトス君の隣に座って、ようやく正面からはっきり見えたアロールおじさんはかなり剛健な体つきだった。腕はもちろん太いんだけど、肩というか上半身の厚みが半端ない。
立派な筋肉を包むのは、豪華な刺繍があしらわれているからおそらくここでの貴族服なんだろうけど、音楽室の肖像画で見る宮廷楽師のコテコテのジュストコールに白タイツ系じゃない。ナポレオン時代の軍服みたいに襟元と正面に金のモールがふんだんにつかわれた深紅の上着は後ろ部分だけが長く刺繍が凄い。足元は長ランと同じで動きやすそうな黒の長パンツに膝ブーツ。
うん。強そう。見れば見るほど軍人ぽい。
薄茶の髪に濃紫の瞳でアラフォーくらいだと思うんだけど、目や手足の先まで力がみなぎっている感じで若く見える。く、悔しいけど、この雰囲気はコスプレでは出せない。素直に目に焼き付けときます! ごちそうさまです!
「天使様を無事に救出できてなによりだ。エストの協力で?」
「とんでもない。エストは相変わらずだったよ。ムトゥも来なくて困っていたんだけど、このおねぇさんが助けてくれたんだ」
「そういえば、こちらのお嬢ちゃんは?」
「『経地転移』の異能持ちだよ」
おぉ。なんかカッコイイ言い方されてる!
ここでの挨拶の仕方がわからないから、座ったまま頭を下げとこう。
「エリカです」
「このお嬢ちゃんが本当にそんな異能を持っていると?」
「そうでなければ、あそこからは出られないだろう」
「むぅ。確かにあそこの結界はやっかいだが。しかしそうなると」
「そのつもりだよ」
「ううむ。このような幼子に協力を頼むのは心苦しいが」
「ねぇエリカおねぇさん。おねぇさんは天使様よりも年上なんだよね?」
「まさか、そのようなことは」
「いえ、ほんとにソルさんよりも年上です」
25歳と具体的に言いたくはないけど、間違いなく22歳のソルさんよりも年上です。
信じられないという表情のアロールおじさんの視線が、私の顔と胸を往復する。うん。言いたいことは痛いほどわかる。薄い顔なのは私が一番知ってるから(涙)。
目を泳がす私に、サンクトス君がわかりやすい上目遣いで話し出した。
「あのね、おねぇさん。実は僕たち、ずっと王太子に『呪い』をかけた異能持ちを探してたの」
いきなり物騒な打ち明け話キター。
「あ、黒幕はもうわかってるんだ。教会のトップが今の王家に成り代わるために傍系と組んでたの。王太子にかけられた『呪い』自体もアロールおじさんの『停止』能力で進行を遅らせているから、今すぐどうこうって心配はいらないよ」
あぁちょっと安心した。
「しかし、私の異能である『停止』でも『呪い』を消すことは
『呪い』を直接消せないけどなんとか弱めている状態は、童話の眠り姫の魔女の呪いを思い出す。眠り姫では死ぬ呪いを長期間眠ることでギリギリ回避していた。
「なんの『呪い』かわからなかったからさ、国に登録されている異能持ちを片っ端から一人ひとりあたったんだよ。ほんと大変だったぁ」
「その間にも王太子の『呪い』は少しずつ進み。そのおかげで、ようやく『呪い』の正体をつきとめられたがな。使われた異能は『逆行』だった」
「ぎゃっこう?」
「『時間を遡る』といった方がわかりやすいかな」
それは乙女や権力者にとって夢の異能なのでは? 自分にかけたら不老になれそう。
「異能持ちは城か教会に属するんだけど、その異能持ちは天使様のいる教会に所属してた。調べたら、その異能持ちは傍系に頼まれたらしい。『老化の呪いをかけられた王太子を助けるために異能を使って欲しい』と」
なるほど。すでにかかっている呪いを解くためだと傍系から、この場合は王族に連なる立場の人に言われたんなら信じちゃうね。
「そこで教会と傍系側に気づかれぬように異能持ちを連れ出し、王太子の『呪い』を解いてもらおうと、密かに教会にいる手の者とやりとりをしていたところ、暗号文が明るみに出てしまい」
天然天使ソルさんが意図せずうっかり黒幕たちの前でその計画をバラしちゃった、と。
「『逆行』の異能持ちはどこかへ隠されてしまってさ。異能をかけた本人が死んでしまうと『呪い』が解けてしまうから、今すぐ異能持ちの命に別状はないとは思うけど、ゆっくりしている時間はないよね」
このまま『呪い』を解かなければ若返りを通り越して王太子は死ぬし、王太子が死ねば『逆行』の異能持ちも証拠隠滅のため消されるってことだよね。
「天使様は一番人の出入りが難しいという花街の警備隊の詰め所に入れられた。あそこには異国の犯罪者や高位の者を入れるための厳重な特別牢があるからな」
「そこに僕が潜り込むまではうまくいったんだけどね」
想像していたよりも厳重で、仲間が来れなかったんだね。
「……知らぬ事とはいえ申し訳ありませんでした」
ソルさんも経緯を理解できたみたいで、しょんぼりしている。
「良いよい。天使様は読むのが仕事。間違ったことはしておらん」
「うん。なんか今までふんわりしてたのがわかってスッキリしたわ」
「だからおねぇさんに話したんだよ」
「え? どういうこと?」
「聞いたからには、手伝ってくれるよね?」
「ええ?」
いやいやいやいや、ないないないない。
小刻みに首を横に振るけれども、サンクトス君は止まらない。
「むしろ、おねぇさんじゃなくて誰ができるの? こっそり侵入するのも、抜け出すのも、おねぇさんの異能ほど最適なのってないよね?」
うう。今まさに脱獄したばかりなので反論できない。
「頼む。どうか協力してほしい」
大きな体で頭を下げるアロールおじさん。今の王太子の話を聞く限り、この人、明らかに王家に関わる人っぽいよね。やめて。そんな立場の人が頭を下げないで!
「エリカさん、人助けですよ」
安定の純粋天然天使ソルさんはくもりのない瞳で見つめてくるし。くっ。裏がないだけにダメージが大きい。澄み切った青空みたいな瞳がまぶしくて見返せないっ。
「エリカおねぇさん、お願い!」
とどめとばかりのサンクトス君から再度お願いされたけど、なんだろう? なんか物足りない。
見つめていると、スッとサンクトス君の表情が黒くなった。
「エリカおねぇさんにはこっちの方がわかりやすいの? ソラリア国では異能持ちは登録必須なんだよね。登録してない異能持ちは国家反逆罪で捕まっちゃうの。まぁ捕まっても、国のために強制労働するだけなんだけどね。さて、おねぇさんは超一級の異能持ち。お願いされて働くのと、強制労働とどっちがいいの?」
「喜んでお手伝いさせていただきます!」
やっぱり黒天使は最高でした! ありがとうございます!
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