第3話 私は御使い様じゃありません

 すでに美少年からこれだけしてもらったんだから、教えるくらいお安いご用だ。


「教えるのは全然いいよ。ただ、私も初めてのことで、よくわかってないから……」


 怖いのは、サンクトス君の期待にこたえられないこと。


 声をかけられて振り返ると舌打ちされる、それは相手の予想を私の状態が裏切っていたということで。私はとにかく期待外れだとガッカリされるのが怖い。


「とにかく話してよ。僕が判断するから」


 うつむいた私にかけられたのは、サンクトス君からの穏やかで意外に男前な言葉だった。


 サンクトス君ほんとしっかりしてるね。小学校低学年くらいかと思ってたけど10歳くらいなのかも。


 さすがに私も大人の対応をしなくてはと、さっきの目の前に地図が広がって赤い点が続く先の円形がなんだろうと思っていたらなぜかそこにいた現象を、できる限りわかりやすく説明した。


「ソール神に感謝を」


 いきなりサンクトス君が跪くと、両手をすくうような形で捧げ挙げた。


「え? え?」


 腕を下げたサンクトス君は跪いたまま、格子の向こう側からうっとりした顔で私を見上げる。

 ええ? 突然なんのご褒美ですか?


「おねぇさんは本当に御使みつかい様だったんだね」


「いや、あの、え?」


「そうでしょう、そうでしょう。エリカさんは御使い様ですよ」


「いやいやいや、なにソルさんまで後ろから同意してるんですか。とりあえず御使い様呼びはナシの方向でお願いします」


「わかったよ、エリカおねぇさん。最初は僕が先に出て助けを呼んでこようと思ってたけど、おねぇさんがいれば1回で全員出られるかもしれない。そのためにはおねぇさんに、ちょおっと頑張ってもらうことになるけど、いいかなぁ?」


 跪いてお願いしているように見せかけた腹黒笑顔いただきました! ごちそうさまです!


「いいよ。どうすればいいのか教えてくれる?」


「良かったぁ。もちろん教えるよ」


 んん? なんか初めて見る笑顔で感情が読めない。

 微妙にひっかかったものの、特殊能力の検証が面白くて、私は違和感を覚えたこと自体をすぐに忘れてしまった。


 なんていうか、私の特殊能力を一言で表すなら『人間どこ○もドア』だった。


 私が不思議地図を見て「ここだ」と思った場所に転移できる。

 本来の『どこ○もドア』と違うのは、私が通ったことのある場所にしか行けないところ。


 私が通ったことのある表示が赤い点々で、輝いている点が私の現在地だった。見ている間に赤い点々が増えたり減ったりするのは、通ったことのある場所でも人や物があると転移できないからだとわかった。通ったことがあっても点が赤い所にだけ行ける。


 他の人には見えないみたいだけど、オプションの地図が便利だと絶賛された。


 私が見たいと思えば、今私がいるこの牢屋のフロア全体、ここまで階段だけを通ったそれぞれの階もフロア全体の詳細地図までもが表示される。本来なら見えていない道までも、だ。この建物から妙な道が続いていると話したら、それは隠し通路だとわかったことで発覚した。


 さらにこの『私が通った場所へ転移』能力は、私の服や持ち物、手をつないだ人も一緒に転移されることが判明。まぁそうじゃなければ裸で転移することになるから、本当にありがたい。


 そんなわけですでに、私だけがいた牢屋の中に、左右の牢屋にいた二人も一緒にいる。


「すごいですね! さすがエリカさん!」


「これは立派な異能だよね。エリカおねぇさん、いつからこの能力を使えたの?」


「いつって、さっき目の前で使ったのが初めてだよ」


 たまたま転移した私にまでガチャさせてくれるとか、ソール神は気前がいい。心の中で拝んでおこう。ありがたや~。


「天使様、僕と一緒に来てもらってもいい?」


「もちろんです」


「エリカおねぇさんも、いい?」


「うん。私からもお願いしたい」


 私だけだと、牢屋ここから何回出ても連れ戻されそうなんだよね。転移先に選べるのが花街だけと場所が悪いし着替えがないから詰んでる。


「なら、少し休憩してから決行しよう。異能はそれほど体に負担がかからないはずなんだけど、続けて検証したから、おねぇさん疲れたんじゃない?」


「それは大丈夫。検証大好きだから」


 いいよね。あの、可能性をひとつひとつ塗り潰していく感じがたまらない。


「エリカさんは頼もしいですね」


「ほんとにねぇ。ね、エリカおねぇさん。おねぇさんって何歳」


「あ。あんまりゆっくりしてたら見回りの人とか来ちゃうんじゃない?」


 切実に年齢としバレだけは回避したい。


「それもそうだね。じゃあ、最後にもう一回確認するよ? 僕たちはまず花街の裏通りに出る。そこからさらに左に進むと王都を囲う壁がある。その壁にアーチ型の扉があるから、そこに入るんだ。僕の仲間がいる。もしもはぐれたらそこを目指して。万が一バラバラになってそこへも行けなくなったら、円形の噴水広場でまた警備隊につかまって、この牢屋に戻されて欲しい。ここならなんとかできるから」


 サンクトス君がわざとこの牢屋に入れたということは、きっと牢屋ここに味方がいるのだろう。


「わかりました」

「わかったわ」


「じゃあ、エリカおねぇさん。お願ぁい」


「エリカさん、お願いします」


 左右それぞれの手を握られる。

 両手に花状態での「お願い」いただきました! ごちそうさまです!


「うん。じゃあ、いくよ!」


 大きくてあたたかい手と、小さくて熱い手をぎゅっと握る。


 私の目の前にはソラリア王都の簡易マップが表示される。赤い点々は左下の円形噴水からさらにぐねぐねと続いている。さっき逃げまわったところだ。その中でも一番左に近い場所を選ぶ、と。


「これは……」

「すごいですね」

「良かった。成功した」


 一瞬で私たち三人は暗い路地裏に佇んでいた。


「ぼやぼやしてたら見つかっちゃうよ。急いで、こっち」


 囁き声でせかすサンクトス君に、私とソルさんはついて行き、無事にアーチ型の扉前についた。

 サンクトス君が奇妙なノックをすると、扉が重い音を立てて開いた。


「サンクトス!」


「アロールおじさん!」


 ぎゅっと抱きしめ合う感動のシーン、ごちそうさまです!

 もっとじっくり見ていたいけど、暗くて相手の服もよく見えない。


「サンクトス君。とりあえず中に入った方がいいんじゃない?」


「あぁそうだった。天使様もこちらへ」


「お邪魔いたします」


 私たちは中に入ると、そっと扉を閉めた。

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