第2話 黒天使が降臨していました

 高い声はソルさんがいる方とは逆、私の牢屋の反対隣からだった。


 そこには美少年がいた。


 何回でも言おう。

 まさに! 絵に描いたような! 美少年! がいた。


 さらさらの黒髪は前下がりボブ。瞳の色は距離と暗さではっきり見えないけど赤系ぽい。襟元に幅広の黒いリボンが飾られている白いブラウスの上には黒ベスト、ベストと同じ黒生地の少し膨らんだショートパンツ、その下に黒の靴下止めと黒靴下、ピカピカ輝く黒皮靴。


 それよりなにより、青年になりかけだけどまだ少年というあやうい肢体でベッドに腰掛けて片膝を抱えている様子は、もはや一枚の絵!


 あぁ今すぐカメラをかまえたいぃ! なんでここにカメラないの!!


「ソルさん。彼が本物の天使でしょう?」


「え。彼は天使っていうより」


「ありがとう」


 ソルさんの言葉をぶった切ってにっこり笑うその笑顔も黒くってイイ!

 少年服もいいけど、ゴテゴテのゴスロリドレスも似合いそう。もちろん黒でお願いします!


「ねぇねぇ、それより聞きたいことがあるんだけど教えてくれるかなぁ?」


 ふらふらと私は美少年のいる牢屋の方へと近づいていた。


「なんでも聞いて? あ、でも先にお名前を教えてくれると嬉しいな。私はえりか」


「エリカおねぇさんだね。僕はサンクトスだよ。……って、あの、なにしてるの?」


 おねえさん呼びが尊すぎて、思わず拝んでいた手を慌てて振る。


「な、なんでもないよ。それでサンクトス君、私になにを聞きたいの?」


「さっきどうやってここから出たのかなって。しかもせっかく出られたのにまた戻ってくるし。エリカおねぇさんてバカなの?」


 うん。私の目に狂いはなかった。

 黒い笑顔を深めたサンクトス君の毒舌が止まらない。


「あのさぁ。ここってけっこう厳重な警備がしかれてるんだよね。しかも結界魔法もかけられてるから通常の魔法じゃ通り抜けられないの。なのにエリカおねぇさんてば抜け出すどころか消えたよね? しかもすぐに戻ってきたから助けでも呼んでくれたのかと思ってたのに、つかまって連れ戻されただけって。ふざけてるの? 本当つかえない……って、ちょっと、聞いてる?」


 毒舌で賢い美少年とかほんとごちそうさまです! ありがとうございます!

 思ったことをぱっと言えない私にとって、ワガママも毒舌も憧れの対象。もはや尊みしかない。マジ黒天使!


 あぁこの子とちーちゃんを絡ませたい。黒天使から嫌々仕事を斡旋される神父とかどうよ? ひざまずいて悔しそうに見上げるちーちゃん神父を、サンクトス君が勝ち誇った微笑みであごクイとか……。あ、それなら本職であるソルさんにも参戦してもらわないとだよね。天然天使のソルさんなら、ちーちゃん神父をかばいそう……いやむしろ、サンクトス君の後ろから、こんな反抗的なヤツにかまうんだったら私を見てくださいみたいな嫉妬の目でちーちゃん神父を見るのもアリ……だけどそんな演技は天然天使のソルさんには無理


「だからぁ、人の話はちゃんと聞いてよ!」


「あぁ黒天使様、すみません。つい夢中になってしまって」


「僕はサンクトスだってば! おねぇさん、その天使呼びやめて。なんか怖い」


 もうしばらくサンクトス君での妄想を楽しみたかったんだけど、当人が許してくれなかったので、普通に話を聞くことにした。


「ああもう! ここが牢屋だってこと、そっちの天使様もわかってるよね?」


 すっかり疲れた様子のサンクトス君。あぁその憂いを含んだ表情もごちそうさまです!


「もちろんですよ。一般的な宿屋よりもしつらえは上等ですが、構造は牢屋です」


「なんで牢屋に入れられたのかも、わかってるよね?」


「わかりません」


「仕事じゃないの?」

「わかってないの!?」


 私とサンクトス君の声が重なった。


「え、待って。ソルさんは教誨師きょうかいしの仕事で牢屋ここにいるんじゃないの?」


「違いますよ?」


 安定の首コテンありがとうございます!


「もうっ。この天使様はねぇ、うっかり暗号を解いたからここに入れられたの!」


「え。ソルさんはどっちかっていうと、暗号に気づかない方なんじゃないかと」


「暗号なんて解いた覚えはありませんよ?」


「え゛。ほんとに気づいてなかったの? あぁあ。なんでこんなヤツが異能持ちに」


「いのうって?」


「おねぇさんはそこからかぁ」


 はぁと大きな溜め息をついたサンクトス君の話をまとめると、この世界には誰でもひとつソール神から特殊能力をもらえるらしい。ただ、使えるようになるまでどんな能力かわからないし、選ぶこともできない。誰かに譲ることもできないし、交換もできない。究極のガチャだ。


「ソール神の贈り物は、たとえば動物に好かれやすいとか植物を育てやすいというささやかなものから、先読みができる、源泉を見つけられるといった、国の行く末を左右するものまであるのですよ」


「その中でも重要なものを『異能』って呼んでるの」


 つまりスペシャルレアですね。わかります。


「この天使様の能力は『完全読解』で言語に関わらずなんでも読めるんだよ。能力が判明した幼い頃から教会にある古文書をかたっぱしから読みまくって重宝されてるんだけど、ある日うっかり暗号を解いちゃったんだよね」


「それ、先程も聞きましたけど、私はなにも解いた覚えがないですよ?」


「そりゃ天使様はそんなつもりはないだろうさ。ばれないように何重にもかけられた暗号を、読んで欲しくない相手の前でさらりと解いた天使様にはね」


 なんと教会での天使呼びは、天然を揶揄やゆした天使じゃなくて、ソルたんマジ天使でもなくて、神がかった異能ゆえだったらしい。そこまですごい能力ならむしろ周囲から遠巻きにされてそう。小さい頃からそんな境遇だったからこそ、ソルさんは教会で純粋培養されてこんな天然に育ったのかもしれない。


 ソルさんは仕事の合間に、見られないように暗号にしているにも関わらずその見せたくない相手の前で暗号を解いてしまった。


 あちゃーだけど、そんな重要な異能持ちを、余計なことを知られたからとはいえすぐさま消すわけにもいかない。だからとりあえずの処置として牢屋に閉じ込められていた。まぁソルさん自身が全く状況をわかっていなかったとは誰も思わなかっただろうけど。


「僕は天使様を助けるために牢屋ここに来たの。はっきり言って余計なことされて困ってるのはこっちだっていうのにさ」


 サンクトス君は暗号をやりとりしていた側だったのか。

 責任を感じてソルさんを助けに来たんだね。いい子。


「なのに、仲間からの連絡もないし、助けも来ない。このままじゃ、天使様も僕もあいつらに消されちゃうって焦ってたところに、おねぇさんが来たんだよ」


「私?」


 そこでなんで私? 関係ないよね?

 思わず後ずさる私に、サンクトス君は格子越しに近づいてきて初めて真剣な表情になった。


「おねぇさん、最初の質問に戻るけど、どうやってここから出たの? 僕はここを出たいんだよ。どうやら、ここに仲間は入れないみたいで、連絡がとれなくて困ってる。ここから出ることさえできたら、仲間がいるからなんとかなるんだ。お願い、おねぇさん。教えてよ!」


 そういう状況じゃないのは承知の上で、あえて言わせていただきたい。


 毒舌美少年からの潤んだ瞳で「お願い」と「教えて」いただきました! ありがとうございます! ごちそうさまです!!


 あ、ちなみに、サンクトス君の瞳は宝石みたいに透き通ったワインレッドでした。

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