第1話 天然天使とお近づきになりました

 牢屋の中で立ち尽くしていると、鉄格子越しに隣の牢屋から穏やかな声が聞こえてきた。

 どうやら私に声をかけてくれているらしいので、のろのろと顔を向けると、ゆらめく灯りに輝く波打つ長い金髪を束ねた白い服を着た男性が椅子に座っていた。


 うわぁ。聖職者っぽい。


 詰め襟で前中央に上から下まで太めに金色の刺繍が入ったスッキリとした白い上着は、先程見た長い前ファスナー学ラン風(もう長いから次から長ランで)と同じく長さは膝丈で裾は広がっている。その下に同白色のスラックス、リボンでとめるやわらかそうな白色の革靴には甲の部分に金色で太陽みたいな刺繍がしてある。腰にある装飾ベルトにはさっき見たのと同じ模様の金属のバックルがついている。

 組んだ足がモデルかってくらい長いので、背が高そう。


 目が合うとにっこり笑う様子はとても犯罪者とは思えない。私と同い年か少し年上か。彫りの深い美形だ。瞳の色ははっきり見えないけど青に見える。


 よくよく見ると、金髪男性の部屋は私がいる所よりも整っている。書き物机にイス、ギッシリ詰まった本棚まである。これはもしや身分の高い人か、教誨師きょうかいし(刑務所に出向いて教えを説く聖職者)というところだろうか。


 身振り手振りで「こちらにいらっしゃい」と示されたので近づくと、怪我をした足を見せるように促された。血が固まってきた膝を向けると、ためらうことなく金髪男性は片膝をついて格子越しに膝へ手をかざしてなにやらお祈りしてくれたら痛みが引いた。

 ここは魔法ありの世界らしい。


「ありがとうございます」


 お礼を言ったら、ちょっと驚いた顔をして、もう一度おいでおいでをされた。


 さっきより近づくともっとということで、格子に体がくっつくまで近づいたら、おでこに指が触れてきた。熱でもはかっているのかと思っていたら、おでこが熱くなって飛び退いた。


「これで言葉がわかるでしょう?」


 翻訳魔法があって本当に良かった!

 新しい言語習得は私には無理です。なんとなくの違いが限界です。話せるとか書けるまではとてもできません。


「助かりました! ありがとうございます!」


「どういたしまして」


 相変わらず笑顔をふるまってくれる。なんてできた聖職者(仮)だ。

 イスに座るように促されたので、聖職者(仮)のそばに自分の牢屋にあったイスを近づけて座った。


「貴女はどうしてここに来たのですか?」


 さっそく尋問とか。

 今までの笑顔は警戒心をなくすための手段だったのか……。いやでも翻訳魔法は心の底からありがたいし、同じ牢屋に入っている者同士、話しやすいだろうって配慮だよね。ここは正直に答えないと。


「よくわからないのですが、座っていたら怒られて、ここに連れてこられました」


「どこに座っていたのですか?」


 帰りの電車の中だけど、こっちの世界だとどこなんだろう?


 セクシーな女性たちに囲まれた場所を思い浮かべた時、変な半透明の地図が目の前に広がった。ゲーム画面で表示される簡易マップみたいなのだ。見る限りどこかの街の地図っぽい。

 地図はモノクロなんだけど、大きめの建物にある赤い点だけが輝いていて、点々と赤い印が左下にある円形の部分に続いている。この円形はなんだろう?


 そうそう。さっきも後ろで電車の通過音がしてて……と、音のする背後を振り返ると、そこには大きな円形に縁取られた中心から噴き出す水があった。


「噴水?」


 牢屋にいたはずの私が、なぜか今は、さきほどセクシー女性たちに囲まれていた場所、円形の噴水のフチに座っていた。


 いやいやいやいや。落ち着こう。きっとこれは異世界転移した夢を見ていたっていうオチだ。

 目を閉じて息を吸ってー吐いてー、すーはー。何度か深呼吸してカッと目を開く。


「なんで?」


 心地良く揺れる電車の中に戻っていることもなく、あの優しげな聖職者(仮)もおらず、うすぐらい噴水広場のままだった。


 よくよく見ると、周囲の街角にセクシー女性たちがちらほら立っている。あ、目が合った。やだ、なんかこっちに来るし。

 これは考えなくても逃げた方が良さそうだ。


 セクシー女性のいない方へと走ったけれど、結局つかまり、さっきとは違う長ランに牢屋へ連れ戻されました。ついでに確認したら長ランの皆さんは警棒じゃなくて装飾ベルトに帯剣してた。最初の人とは胸飾りが違ったので、やっぱり左胸は階級章っぽい。


 再び連れてこられた私に、聖職者(仮)は読んでいた本から顔を上げて微笑んだ。


「いきなりいなくなったので、びっくりしましたよ」


「私もびっくりです。えーっと、さきほどどこに座っていたのかという質問でしたが、座っていたのは円形の噴水でした。怒っていたのはショールを巻いたお姉様がたです」


 ややあって、ああ、と納得した様子の聖職者(仮)は説明してくれた。


「円形の噴水なら花街ですね。ショールはどの店に所属しているかの証明なのですよ。貴女はショールをしていないようですから、規則違反だということでしょう。規則を教えられなかったのですか?」  


 あれ? なんでいきなり私が客引きしてる話に?


「私に客をとる気がなくても、その場にいるだけで違反になるんですか?」 


「いくら幼子でも、日の落ちた時間に、野外で、そんな格好はしないでしょう?」


 それこそ心外だとでもいうように聖職者(仮)は首をかしげた。首コテン、ごちそうさまです。


 現在の私の服装は白黒の重ね着風ワンピースに黒のパンプス。

 白いレース地の長袖ブラウスに黒いジャンスカを重ねた風で、色も地味だし露出も少ないし、どちらかというと学生とか秘書っぽいかなと思っていたんだけど。

 聖職者(仮)の視線をたどると怪我をした膝あたりを見ている。


「膝を出すほどの丈は、幼子か商売女しか着ませんよ」


 はいキタ足だしNG。

 これはもしかしなくても中世ヨーロッパ風な異世界ですね。


「……知りませんでした」


「あぁ。もしかして貴女は移民なのですか? 誰かにあそこで待つように言われた? もしそうなら」


「違います。でも、ここに来たばかりで、ここの常識はわからないことだらけです」


「さらわれたということですか?」


「違……うけど、そうなる、の、かな?」


 さらわれた覚えはないけど、自分の意志で来たわけじゃない。


「私にできることがあれば力になりますよ」


「さっそくお手数かけますが、ここのことを教えてください」


「喜んで。聖なる光はいつでも貴女を見守っていますよ」


 一点の曇りもない笑顔ありがとうございます。

 親切な聖職者(本当に教会の人でした)に教えてもらったことをざっくりまとめると。


 この国の名前はソラリア。聖職者あらためソルさん(22)はソール教の聖職者らしい。

 ソール教はこの世界の太陽信仰っぽい。

 ちなみに、ソルという名前は男子につけられるよくある名前ナンバー1だとか。


「同じ教会内に何人もいるので、便宜上、私の名前は『天使』でした」


 ソルさんは嬉しそうににこにこしてるけど、その『天使』呼びってどうなの?


 いや、ソルさんは確かに天使っぽいよ。外見も中身も白いっていうか、ちょっと話しただけの私でさえ、ソルさんが純粋なのがわかる。純粋なのはいいんだけど、二十歳過ぎてこれだと、なんか騙されそうで心配になる。それともソール教会の皆さんはみんなお花畑な感じなの? でも、それならわざわざソルさんを『天使』呼びしないよねぇ。


「私はソルさんと呼んでもいいですか?」


「名前で呼ばれるのは久しぶりなので嬉しいです。エリカさん」


 自分の名前を呼ばれるのも誰かの名前を呼ぶのも嬉しい様子で、ふふっと照れてるソルさん。

 むしろソルさんが大きな幼子に見える件について。


「ソルさんはここで働いているんですよね?」


「いいえ? エリカさん、ここは宿屋じゃなくて牢屋ですよ?」


「それはわかってます! そうじゃなくて、ソルさんはここで受刑者の教誨師きょうかいしをしているんですよね?」


「幼いのに、よくそんな言葉を知っていますね」


 そりゃ前にそっち系のコスプレをした時に調べたからで、私は敬虔けいけんな何とやらじゃない。ちなみにその時の私は珍しく少年コスで、ちーちゃん聖職者との絡みは背徳的でたまらな……いやいや、それはおいといて。


「私、ソルさんより年上ですよ」


 具体的に何歳とは言いたくないけど。


「え? エリカさんは御使みつかい様ですか?」


「イヤミですか」


「とんでもない。白と黒をまとっているのはソール神の使いの証、そして御使い様は主に少女です」


「あの、私、何歳に見えてるんですか?」


「12歳くらいですね。最初は8歳から10歳くらいだと思ったのですが、それにしては胸がありすぎます」


「………………」


 なんだろう。この敗北感。


 なんで「10歳以上も若く見られたわー(るんるん)」って喜べないかっていうと、ソルさんの判断基準を察するに「成長前の子供だから顔の凹凸がないんだな。でも、胸があるからまるっきり子供でもないんだろう」なんだよね。この世界だと私の顔どんだけ薄いのかって話で。あぁ。だから、あの長ランも、私の顔を見た後いきなり子供扱いになったんだ。ふふふふふ。泣いていいかな?


 さすがに10歳以上もサバよむのは耐えられない。かといって今更「実は25歳です」と正直にも言えない。恥ずか死ぬ。


「大丈夫ですよ、御使い様。ここでおとなしくしていれば、ご飯はちゃんともらえますし、寝る場所もありますからね」


「あのさぁ、二人とも、もうちょっと危機感もった方がいいんじゃない?」

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