第3話

「おはよう、母さん……今日は友だちと遊園地、行ってくるよ。遅くなるかもしれない」

 午前七時五十分を過ぎようとしていた。

 慌てて部屋着から私服に着替えてすぐに母さんに遅くなると伝える。

「そうなの。気をつけてね、結良」

「はーい! 行ってきます」

 わたしは玄関を出るとすぐに駅へと向かって走っていく、スニーカーで行って良かったかもしれない。

「間に合うかな~。佐島駅に八時半集合……大丈夫かな? 間に合う気がしない」

 すぐに出発する急行に乗ると、八時半ちょうどに佐島駅へ到着することになる。

『みんな、電車が八時半に到着するから、ちょっと遅れるかも』

『大丈夫だよ~!』

 みんなが一気にスタンプを送ってきて、少しだけホッとしてからスマホをコートのポケットにしまう。

 それからわたしはイヤホンでクラシックの音楽を聞いてみることにした。

 それは最近聞いていないベートーベンのピアノソナタ『月光』、あの最後のコンクールからもう四年の月日が流れている。

 ピアノのメロディーがだんだんと波打つように聞こえてきた。

 最寄り駅のホームに降りてから、すぐに改札機のある階段を駆け上がっていく。

 この辺は遅刻しかけたときはよくこうやって階段をダッシュしていたんだ。

 そのなかで改札機を抜けて、定番の待ち合わせ場所のになっている壁画が見つけた。そこに美亜みあとが集まっていた。

「あ、結良ゆら! おはよう、間に合ったね」

「うん。遅くなるかもしれないって思ったけど、間に合った……ヤバい、階段、ダッシュで上がるの、きつい」

 心臓の鼓動と呼吸が荒くなってきた。

「美亜。あと澪莉みおりだけだよね?」

「うん」

 まだ来てない澪莉を待つことにした。

 ずっと美亜が連絡を取っていて、ちょっとだけ電車が遅延してるの見たことがある。

「澪莉は進学するんだっけ?」

「ううん。確か……就職だよ、あそこにある百貨店」

 澪莉なこのメンバーでは唯一有名な百貨店に就職するんだ。

「じゃあ、うちも横浜に引っ越しちゃうと、なかなか会えなくなるね」

「そうだね。うちも大学は母方の実家から通わせてもらうしね……千葉の専門学校に進学したしね」

由梨絵ゆりえもそうだしね~。学校は寮に入るんだっけ?」

「うん。できるだけ学生寮に入れって、言われたから」

 美亜がスマホをしまった少しだけ寂しそうに話している。

 わたしも含めて美亜と由梨絵は親元を離れて学校生活を送ることになるので、これかやこうやって集まって遊べる機会も少なくなってしまう。

「でも、こんな四人で遊園地に行けるのも最後かもね~」

「ごめん! お待たせ~。電車遅延した~」

 澪莉が改札の出口から急いで走ってきて、手を振って目印にしていく。

 人混みがすごいのでちょっとだけ時間がかかったけど、なんとか合流することができたの。

「それじゃあ。いきますか!」

 これから山梨にある遊園地へと向かうには電車で、途中からは直行バスで向かう。



 バスを降りてから、すぐにチケットを買って園内をダッシュする。

「それじゃあ、最初はどこに行く?」

「あ、あれは? 空いてるから行こう」

 わたしたちはみんなで最初に乗ったのは急降下するときにえぐるような傾斜になるアトラクションだ。

「高所恐怖症なんだっけ?」

「そうか。結良、めちゃくちゃ嫌いだもんね」

「うん。できれば乗りたくない」

 アトラクションに乗ったときから怖くなってきて、隣にいる美亜が引いてるくらいだった。

「ゆ、結良。大丈夫?」

「無理無理無理……もうやだよ」

 ジェットコースターはもうすでに一番高い場所に到着して、一度停止するのがめちゃくちゃ怖いんだけど!

 しかも先頭車両に乗ったのもあって、叫びそうになる。

「結良、手を離してみなよ。めちゃくちゃ楽しいよ!」

 絶叫系がめちゃくちゃ好きな美亜は楽しそうで、手を離すつもりでいるみたいだった。

 そんなことするの、めちゃくちゃ信じられない。手を離すの、めちゃくちゃ怖い。

 ガタッと急降下し始めた途端、わたしは目をギュッと閉じて安全バーにしがみついていた。

「ひっ……いやあぁぁああああああ!」

 いつもは出すことのない悲鳴が口から出ていた。

「キャアアアアア、ハハハハ!」

 もう周りを見ることができなくて、美亜の笑い声がずっと聞こえてくる。

 そのジェットコースターが終わるまでずっと叫んでいたり、途中記憶が抜け落ちているところがあったりもしている。

 乗っていた車両を降りると、足がガクガクになって上手く歩けない。

 美亜と由梨絵は楽しかったみたいで、ずっと笑っている。

「楽しかったね~、もう一回乗りたい!」

「全然共感できない……二人ともスピード速いやつ、好きだもんな」

 由梨絵と澪莉はうなずいている。

 美亜は無類の絶叫系好きなのは知ってるけどあれをもう一回乗るのはヤバい、とアイコンタクトを取ってしまった。

「楽しかった。結良、大丈夫?」

「もう無理……」

 澪莉に肩を貸してもらって、一個目でうちはダウンしてしまった。

 みんなが次々にアトラクションに乗るけど自分はしばらく休憩することにした。

「結良。しばらく待ってる?」

「うん……美亜。ごめんね」

「さすがに一個目であれはきつかったね……結良は戦慄迷宮、あとで行こう」

 お互い攻略ルートを作って片っ端からジェットコースターとか絶叫系アトラクションに乗っている。

 そのあとにお昼を挟んでから最後に絶叫系ではあるけど、お化け屋敷である戦慄迷宮に入った。

「怖い……どうする?」

「行くよ。あとでギブの人は途中で出られるよ」

 そのまま建物のなかへうちが先頭で入ったけど、めちゃくちゃ悲鳴が聞こえてきたりしている。

「キャアアアアア! いやあぁぁああああああ!」

 美亜がギュッと目を閉じてうちにしがみついていた。

「もう嫌だよ~」

 ここのお化け屋敷はめちゃくちゃ怖くて、ずっと行ってみたかったんだ。

「うぅ……嫌だ」

「大丈夫だよ。あと三分の二だよ」

「まだ三分の一じゃん!! うそでしょ! いやあぁぁああああああ!」



 なんとか出口にやって来て、ホラー系が苦手な美亜は泣きながら歩いている。

「そのままなんとか一緒に出てこれたね……大丈夫だった?」

「うん。そろそろ帰らないとね……」

 そのまま遊園地を出るとバスと電車を乗り継いでいく。

「結良。葉山に告白したの?」

 葉山は理央の名前で反射神経で横に首を振った。

「え、マジで?」

「うん……言えるわけないじゃん。最後に演奏会があるって聞いたから、その日に告白するつもりでいる」

 それを聞いて近くにいた澪莉はびっくりしている。

「え? もう告白したのかと思った」

 もともと仲が良いのは澪莉には話していた。

 でも、全然理央に気持ちを伝えられずに高校生活を終えてしまったのが、ちょっとだけ後悔している。

 最後に会うときに告白したいと考えている。

 家に帰ると、理央にLINEをした。

『演奏会が終わったら、話してもいい?』

『うん』

 お互いに話したいことがたくさんある。

 でも、時間が足りない。

 そのなかでずっと一緒にいたときは、とても楽しかった。

 ずっと意識していた気持ちはどんどん大きくなっている。

 早く演奏会の日になってほしいって願った。



 演奏会まであと三日、たぶんオーケストラの練習をしているかもしれない。

 初めてチェロを弾いてるのを見たのは音楽教室のなかで演奏会のリハーサルだった。

 仲は良かったけど、演奏している姿をあまり見ていなかったのでとてもびっくりした。

 とてもかっこよくて、その光景が目に焼き付いている。

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