第2話
翌日はずっと高校の卒業アルバムを見ていた。
そこにはクラスでの個人写真などを見たりしている。
自分の結良という名前はとても珍しい。
名前の響きが日本語ではないように聞こえる。
両親が『人と良い縁を結べますように』という願いを込めてつけてくれた名前だけど、ちょっとだけ嫌だった時期があったりもした。
「変な名前」
小学生のときに男子に言われたことがあって、それで少しだけこんな名前なのかって悩んでいたことがあった。
でも、それが変わったのも理央のおかげだった。
中学のときに良い名前だと言ってくれたから。
「ふふ……嬉しかったな。あのときは」
そのときからだんだん意識するようになった気がする。
卒業アルバムには三年間の行事の写真があちこちに載せられている。
一年の体育祭で理央がリレ選のアンカーでラスト百メートルで抜かしてゴールした瞬間の写真が載ってるのを見つけた。
「理央! そうだった。懐かしいな……」
わたしの写真も何枚か載っていて、理央とのものはさすがに見つからない。
学校ではあまり話しかけてはいない、よく話してたのは音楽教室とかLINEだったし。
お互いクラスは一緒だったけど、学校ではあまり話題が見つからないのもあるんだよね。
男子と話してると、みんなに聞かれることがめんどくさいのもあるんだ。
「結良~! 急ぎなさい、今日は入学式のスーツを買いにいくよ。早くしないと売り切れるわよ」
「待ってよ! いま行くから」
今日は入学式のスーツを買うために学校でもらってきた割引券を持って、近所にあるスーツや礼服の専門店にやって来たの。
「いらっしゃいませ」
わたしが向かったのは黒の無地のパンツスーツと白いリボンのシャツを選んで、あとパンプスとカバン、ストッキングをまとめて買った。
割引券も持ってきたけど、少しは安くなってる気がする。
家で母さんとスーツを着て見せた。
「うん。似合うじゃん! これでも良かったね」
似合ってるか不安だったけど、高校生のように結っているので教育実習生みたいな格好になっている。
鏡を見ても教育実習生感が出てしまっているので、すぐに着替えることにした。
「あれ……どうしたのかな?」
スマホにLINEの通知が来ている。
グループLINEでなにかを話しているみたいだった。
『結良~、引っ越す前にどこか行こうよ』
誘ってくれたのはクラスで仲の良かった美亜たちで、みんなと一緒に遊園地に遊びに行こうってことだった。
その日は予定も入ってないのですぐにOKした。
『いいよ~。最後に思い出を作りたいしね』
『やったー!』
『学校の最寄りで待ち合わせね~』
美亜たちはすぐにバイトがあるみたいなので、すぐにLINEは静かになっていく。
楽しみにしている予定がもう一つできたし、散歩に出かけることにした。
外に出ると私服に黒のコートを着ていくけど、今日は暖かいのでめちゃくちゃ暑かった。
なんの宛もなくブラブラして歩いていると、通っていた音楽教室が見えてくる。
またピアノが弾けたらと思ってるけど、上手く弾くことができなくなってるから怖くなって避けていた。
あの頃みたいに弾けるようになりたいって思っても、手が思うように動かなくなってしまう。
「あら、結良ちゃんじゃない!?」
「え!? 間島先生……お久しぶりです」
間島先生はずっと教わっていたピアノの先生で、教室を辞めてからは年賀状を送り合うだけになってしまっていた。
「理央くんから聞いてるわよ。横浜の女子大に合格したんだってね」
「え、はい。アイツ……どこまで先生に話してるんだろ? それと引っ越すことになりました、理央の市民オーケストラの定期演奏会の翌日に引っ越します」
横浜に向かう準備は終わっていて、理央にも引っ越す日は伝えてある。
「そうなのね……ちょっと中へ入らない? お茶を出すわよ」
「はい。おじゃまします……」
教室の建物に入るとミーティングルームへと案内してくれた。
先生は昔ピアニストを目指していたけど、大学卒業すると同時に指導者の道に進むことにしたんだって。
「はい。ミルクティー、ゆっくりしてね」
「ありがとうございます……」
わたしはそのままミルクティーを飲み始める。
なんか先生と話すのがとてもぎこちなくなってしまう。
「そういえば……結良ちゃんはピアノは弾いてない?」
「はい。まだ上手く弾けないので……日常生活に支障はないですよ。音楽はまだ好きです」
先生は嬉しそうな表情になっている。
音楽が好きじゃないって思ったのかもしれない。
「そうだったのね。でも、嬉しいわ、ピアノを辞めてから弾いてないって聞いたし……」
「はい。高校生から合唱部に入ってました」
ピアノがやめても好きな音楽をあきらめたくなかったから、高校に入学してからわたしは合唱部で合唱を続けたんだ。
それでとても楽しく部活や高校生活を送ることができたし。
「楽しかったのね。高校生活」
「はい! 理央も同じクラスだったし、とても楽しかったです」
先生はフワッと笑っている。
それがいつもコンクールで見る表情だった。
「ちょっと待ってて。見せたいものがあるの」
先生は部屋を出るとパタパタと足音を立てながら教室の奥へと走っていった。
わたしはミルクティーを飲み干して、スマホで動画を見ることにした。
おすすめの動画のほとんどが合唱の原曲とか、クラシックのピアノ演奏のもので、たまにオーケストラの演奏などが占めている。
ずっと練習していたベートーベンのピアノソナタ『月光』はピアノを辞める直前にコンクールで弾いたの。
それを最後にピアノは弾いていない。
「お待たせ、結良ちゃんにこれを渡せてなくて」
「え?」
それはDVDでそれには自分のと理央が演奏会で演奏したときのものだった。
「あのときの。理央が初めて教室の演奏会に出たときの」
「そう。理央くん、ガチガチに緊張してた」
「え、理央が?」
常に演奏会やコンクールのときはポーカーフェイスでいるのに、あのときは特別緊張していたようだと先生が話してくれた。
「難しい曲で結良ちゃんと一緒弾いたときに、緊張がほぐれたのかとても良い演奏になったの」
そう言えばお互いに緊張してたのかもしれないけど、演奏前に理央の肩をポンッと軽く叩いてからチェロの音色がいつも通りになった記憶がある。
「理央は……教室に?」
「ええ。いま自主練習中ね、少し待ってれば出てくるよ」
わたしは理央のいるレッスン室で待つことにした。
ずっと扉についているガラス越しにチェロの楽譜に書き込んでいく姿が見えた。
そのなかでチェロの音色を聞いて曲がわかった。
「この曲……『木星』だ」
わたしがオーケストラでとてと好きな曲でいつか生で聞いてみたいと思ってたんだ。
「結良? なんでいるんだよ……」
レッスン終わりの理央はレッスン室から出ると驚いている。
「結良ちゃんが偶然通ってね。呼び止めちゃったの」
「そうだったんですか……」
チラッとわたしの方を見ていたけど、理央は通常運転に戻った。
「それじゃあ、二人とも気をつけて帰ってね~」
「はい」
先生はそのままスタスタと戻っていってしまった。
「理央……ごめんね。いきなり来て」
本人は少し照れくさそうにしている。
「いや。別に……俺も、びっくりした。結良が見てくるんだよな。ちょっと嬉しかった」
その言葉にめちゃくちゃ嬉しくなってしまった。
「あとさ……楽しみにしてる、演奏会」
「うん。練習、もっとがんばらないとな」
そのまま並んで途中まで歩いた。
あと少しで街を離れると思うと、ちょっとだけ寂しくなってきた。
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