第1話
引っ越しまであと二週間になる日。
今日は高校の卒業式で、さっき卒業生は退場して荷物をまとめて校庭に出てきた。
まだ学校があるような錯覚してしまうけど、本当に今日が高校生として制服を着たりするのは最後。
もう明日着てもコスプレになってしまう。
「
「寂しいです……もうあんまり会えなくなるのは」
「いつか遊びに来てください!」
「みんな……ありがとう。また落ち着いたら行くね」
会場を出ると、合唱部の後輩たちから寄せ書きと花束をもらったときに涙腺が崩壊するくらい泣いてしまった。
「みんな……元気に部活を引っ張ってね」
みんなと楽しく過ごせたことで、大学とかの進路を決めることができた。
涙でにじんだ視界はだんだんとクリアになってきて、気持ちもようやく落ち着いてきたんだ。
今日は両親はスケジュールが合わなくて卒業式には来ていない。
「卒業しちゃったね~、
理央も卒業式は一人での出席だったみたいで、わたしは泣いたのがバレバレだけど……あきらめることにした。
胸に飾られた花を取りながら、駅まで歩いていく。
「俺もあっという間だったな~、一年のときはやけくそになってたね」
「そうだね」
理央は一年の最初の頃、第一志望だった音大附属高校に落ちてからずっと落ち込んで、感情的になっていた時期があったんだ。
表情もめちゃくちゃつらそうで、一度は音楽を止めたいって思ったりもしていたのだった。
だんだん高校生活に慣れてきてから落ち着いてきたので、がんばってた姿を知ってるから正直ホッとしていた。
「結良。ピアノはしないの? もう」
「ううん。わたしは上手く弾けないし……もういいの」
中学時代に練習のしすぎで上手く弾くことができなくなって、ピアノがめちゃくちゃ嫌いになっちゃったの。
わたしは高校生になってからはピアノは合唱コンクールの伴奏者にも立候補しなかったほどだ。
「でも、音楽は好きだよ」
「そうだな……結良?」
理央との会話はたぶん演奏会前は最後になるかもしれないと思うと、ようやく止まった涙も溢れてきてしまう。
「感情がごちゃ混ぜになってて、よくわからないの。なんで泣いてるのか……ごめん、理央」
卒業したいのにしたくないっていう矛盾した感情が胸のなかで、グルグルとかき混ぜられているような気分になっていた。
「結良……泣くなよ? 卒業しても、俺は連絡とか取るからな。地元を離れても、みんなお前のことは忘れないよ」
頭をそっとポンッと理央が手を置いたのにびっくりして、わたしはすぐに彼のいる後ろを向いて確認した。
「え……り、理央? どうしたの!?」
普段からこんなことをしないのに、卒業式だけだからこんなことする!?
心臓がずっとばくばくと鳴り止まない、向こうもなんか少し照れくさそうにしてるし。
「何か……言いたいことあるの?」
「泣くのは好きじゃないから。結良には笑っててほしいから」
「……あんた、そんなことをよく言えるよね!?」
マンガの主人公なの!
わたしはめちゃくちゃ顔が暑くなってるし、顔も赤くなっている。シュウゥゥゥと湯気が出てきそう。
「結良。そろそろ帰るぞ、電車が運転見合わせた」
「マジか……わかったよ」
ほんとにドキドキさせることをよくやっていたけど、ほんとに意識させないようにするのがめちゃくちゃ大変だった。
今日は両親が来なくてラッキーだったかもしれない。
理央の方を向くと、顔が赤くなっているのに気がついていた。
「結良。今日は昼飯食べたら、LINE通話しよう」
「うん! いいよ」
理央とLINE通話することを約束した。
昼食を食べて、そのあとに部屋で教科書の整理をしたりしていく。
Bluetoothイヤホンをつけながら作業するのは、コードを意識しなくてすむから結構楽。
そのときにLINE通話の着信音が聞こえてきて、びっくりして家庭科の教科書とかをドサッと落としてしまった。
「もしもし? 理央?」
『結良、何かしら作業中?』
「うん……教科書を捨てるのと残すものを決めてる」
『家庭科は取っておいた方が損はしないよ』
「ありがとう、理央。捨てようとしてたんだよ」
家庭科の教科書とめちゃくちゃ分厚い資料集を勉強机に避難させて、続きをすることにした。
「理央は? 何してるの」
『今度の演奏会で弾く曲の楽譜を見ながらコード進行の確認してる』
理央の方もガサガサと音が聞こえながら、少しだけ何かを探してるみたいだった。
「探し物?」
『うん……結良の教科書あった! 一年のとき、お前に借りたままになってた数学の教科書、出てきたぞ』
それは一年の春休みに必死になって探していた数学の教科書で、どうやら理央に貸したまま二年が経っていたみたいだった。
「マジで? 探してたんだよ~、もういらないけど」
『ならこっちで処分するけど、いい?』
「そうしてもらえると助かるよ」
理央の笑い声が聞こえてきて、少しだけ移動している音が聞こえてくる。
「どこか、移動した?」
『うん。防音室で練習するからね。話すのも、こっちの方がいいなって、思ったから』
彼は防音室完備の一軒家に暮らしてる。
わたしも何度か遊びに来たけど、ときどき練習をしたりしたこともあるほどだ。
ガタガタという音のなかでチェロの音が大きく聞こえ、だんだんと音に心は落ち着いてきた。
『リクエストはある?』
「特になし、落ち着いて作業できればなんでも」
『練習曲にするか。めちゃくちゃ単純なメロディーしか弾かないから、耐久動画みたいになるよ』
「いいよ! 逆に集中できる」
そのまま理央はすぐにチェロの練習曲で一番単純なメロディーを弾き始めたようで、聞き慣れたチェロの良い音色が聞こえてくるんだ。
その音色を聞き始めたのは中学生のときに、引っ越してきた理央がうちの音楽教室に通い始めた頃だ。
わたしはそのときに中学三年のときにピアノを辞めるまで、彼のチェロで曲の練習する姿をよく見ていた。
最初に練習をしていたのがこの曲でずっと音楽教室に行くと、ずっとチェロを弾き続けているみたいなことが多かった。
高校生になってからは市内のアマチュアのオーケストラ楽団に入団して、年に二回ほど定期演奏会で演奏したりしている。
そのときに黒の礼服を着て、ちゃんと髪型をしっかりセットしていて理央はめちゃくちゃかっこいい。
「理央。将来はどうするの?」
『ん~? いまはプロのチェリストとして活躍したいけど、無理かもしれないな……って思ってる』
ずっとプロのチェリストとして有名なオーケストラの楽団に所属するのはかなり狭き門なんだ。
「そうか……でも、教職の免許を取ったら、良いんじゃないかな?」
『それは考えてないよ、俺はプロを目指すから』
その夢を貫く姿はめちゃくちゃかっこいい。
ピアニストとしての夢を閉ざしたわたしにとっては、ずっと憧れと羨ましいっていう気持でときどき思ってしまう。
「すごいね。理央の夢を応援してるから」
『ありがとう。結良、そろそろ練習に行かないといけないから』
「ありがとう。おかげで教科書を片づけられたよ」
そう言ってLINE通話を切ると、二時間半も時間が経っていたことにびっくりしてした。
「二時半!? めちゃくちゃ話してたな」
「あ~あ……どうしようかな。ひまだぁ」
わたしは一階におりると、母さんにオーケストラの定期演奏会で着ていく服を選んでほしいと言った。
「そうね~、ネイビーのフォーマルなワンピースは? 高校を卒業したしね」
母さんからお下がりだけど、銀の襟飾りのついたネイビーのワンピースをくれたんだ。
これを着て、少しだけ大人っぽい髪型にすれば良いかもしれない。
「ありがとう、母さん」
「いいの。結良がピアノを辞めて、音楽が嫌いになっちゃったかな? って思ってたけど、音楽が好きでいてくれて良かったよ」
そう言って母さんはキッチンへと戻っていった。
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