春の夜と音色

須川  庚

プロローグ

 チェロの音色が聞こえてきた。

 ずっと練習していたのを聞いたことがあるので、ちょっとだけ音色に誘われて歩みを進める。

 わたしはその音色に心が踊ってく。

 大きな公園に来るとベンチでは、見慣れた制服姿でチェロを弾く男子がいた。

「あ、結良ゆら。来たのかよ」

「うん。いいじゃん! このチェロの音が好きなんだもん」

 中学からの同級生の理央りおはチェロを弾いている。

 弦楽器を弾いている友だちは理央だけで、チェロを弾く姿はとてもかっこいいの。

「結良。引っ越すのはいつだ?」

「……理央の定期演奏会の翌日だよ。弾く姿を見たいからね」

 理央の入っている楽団は三月の終わりに定期演奏会を行う、それに毎年理央に演奏会にずっと招待されている。

 その翌日にわたしは横浜のマンションに引っ越す。

 実家からだと片道だけでも二時間近くかかってしまうので、思いきって大学の近くで一人暮らしを始めることにしたんだ。

 進学するのは横浜にある女子大で、そこで文学部の英文科に入学することが決まっているの。

「理央も芸大に受かるのすごいね……あそこ最難関だよ?」

 あと、彼は現役でチェロの学科に合格したことを知って、めちゃくちゃびっくりしてしまった。

「当然だろ?」

 しかもドヤ顔で報告してきたときはムカついたけど、本人がめちゃくちゃ努力して掴み取ったものだとわかってるから言えないけど。

「ちょっと……それムカつくから止めてよ~!」

「でも、お前もよく受かったな……そんなテンションで」

「なにそれ、ひどっ! これでも勉強したんだからね」

 それを言うと理央は少しだけ何か言いたげだったけど、ちょっと考えてからめちゃくちゃ真剣な表情でチェロをケースにしまって立ち上がった。

「結良。絶対に演奏会に来てほしい、話したいことがあるから」

「うん、わかったよ」

 わたしはそのまま家に戻った。



 家に帰ると、すぐに部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。

 横を見るとサイドテーブルに置かれた賞状と写真が視界に入った。

 それは中学時代に出たコンクールでもらった賞状で、隣に置かれた写真立てには音楽教室でコンクール出場者で撮ったものだ。

 その隣には礼服を着た理央の姿も見える。

 懐かしい思い出がよみがえってきた。

「懐かしいな……」

 中学のときから抱いている淡い初恋を伝えたいけど、理央には恥ずかしくてなかなか言えていない。

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