第4話

「何気に便利な世界だな……ここ」

「でしょ、しかも何気に経験値も入っちゃう!」

「筋トレの類もレベル上げには良さそうだな……」


 コボルトが出没するという場所に俺は向かっていた。

 何気に便利、そう感じたのは移動していても疲れが出ない事に気が付いたからだ。


 流石に全力で走るとスタミナが足りなくなって息が上がるのだが、小走り程度であれば全く疲れを感じられない上に、むしろ疲れていたはずなのに楽になるのだ。

 徒歩でもスタミナを消費するというゲームは全くないわけではないが、そういう類のゲームは"コア"な層を狙ったゲームであることが多い。どうやらこの世界はそういった意味では大衆向けのゲームバランスなのだろうか。


「ところでダックス、武器は新調しなくて良かったの?」

「ああ、流石に初期武器で全く戦えないって事は無いだろ?」

「うーん、どうなんだろう」

「少なくとも、歩きまくって疲れたって事が無さそうな世界だからな。ヤバそうならそれこそ逃げるし」


 俺は腰に下げた剣を引き抜く。特にこれと言って目立った点もない普通のロングソードに見える。

 この剣は最初から俺のインベントリに入っていた剣だ。詳しい出どころは不明だが、どうやら俺の物という認識で間違いはないらしい。


「それに、この世界の武器システムがまだよく分かってないしな。物によっては初期武器が最強って場合もあるわけだし」


 街道を逸れて森の中へと向かう。

 衛兵から聞いていた話では稀に街道にもコボルトは出現するらしいのだが、彼らもそれほどバカではないのか、少し奥まった森の中に潜んでいることが多いのだそうだ。


「こいつら……もう少しまともな進化をすればいいのに」


 コボルトの姿は思っていたよりも早く見つけることが出来た。

 緑の生い茂る森の中に、動く赤い塊がいるのだ。少し注意してみればそれが2足歩行する犬であるという事にも簡単に分かるほど、隠れる気のない毛色をしているのだ。


「ま、そこはホラ」

「ゲーム的な世界だからってか?」

「そゆこと」


 ロングソードを両手で力強く握り、コボルトへと駆け出す。

 コボルトが俺の接近に気付いた時には、すでに俺の刃は振り下ろされており、確かな手ごたえを感じていた。

 斬られた箇所が赤く光ったかと思うとコボルトは地面へと倒れ、その姿は光の玉となって消えていった。


 他のコボルトは怯える事もなく、各々が手にしている武器を手に俺へと振りかざしていた。


「まだまだいるよ!」

「分かってるさ」


 コボルトの棍棒攻撃へと合わせるように剣を振るう。剣が当たったコボルトの攻撃は見当違いな方向へと逸れ、大きく体勢を崩す。

 馬跳びでもするようにコボルトの裏へと回り込み、他のコボルトへと体勢を崩したコボルトを蹴っ飛ばす。


 蹴とばされたコボルトは味方からの攻撃をモロにくらい、仲間を攻撃したからなのか邪魔をされたからなのかは分からないが、殴った方のコボルトは困惑しているように思える。


「さて、実験だ」


 深く踏み込み、コボルトへと向かって思い切り剣を突き刺す。

 切っ先はまず、味方に殴られた哀れなゴブリンを捉えて貫通する。その突き抜けた剣先は無慈悲にもう片方のゴブリンも捉え、2匹まとめて串刺しにしていた。


「2枚抜きは可能っと!」


 2匹は突きで絶命したようで、光となって消えそうになっている。

 俺の実験はまだ終わっていない。光となって消える前にフレイルを振るうような要領で突き刺さったコボルトを別のコボルトへと放り投げてみる。


 片方のコボルトは空中で光となって消えてしまったが、もう片方は消える前にもう1匹のコボルトへと命中し、倒せはしなかったものの体勢を崩させる事が出来た。


「結構メチャクチャな動きも出来るみたいだな」


 起き上がろうとするコボルトへと切っ先を向ける。脅しでよくある形ではあるが、普通のゲームであれば切っ先を向けられようと攻撃してくるものだ。

 しかし、切っ先を向けられたコボルトの反応はゲームのそれというにはあまりにも自然すぎるものであった。


 尻尾は丸まり、耳はペタンと畳まれ、目には恐怖という感情が確かに宿っていた。


「……変にリアルだな、これ」

「そりゃ、これは現実だしねえ」

「ゲームみたいな世界のクセして、変なとこで現実味を出してくるのな」


 恐らくここで見逃すべきではないのだろう。しかし、実際この姿を目にしてしまってみると攻撃する気も失せるというものだ。


「気が変わらない内にどっか行け、次見たら殺すからな」

「逃がしちゃうんだ」

「ゲームなら殺すのも手だけどな、どっちかというと善人プレーしちゃう派なんだよ俺は」


 地面を転がるようにして逃げるコボルトを見ながら、他のコボルトを探しに場所を移動する。


 メタ的な事を言えば、逃げたコボルトに対して何らかのイベントが発生する事だろう。見逃したことによるお礼イベントが一番望ましいところだが、彼の仲間をあれだけ派手に殺した上でそのイベントは無いと見ていいだろう。


「ま、切り替えて行くか」


 そんなよそ事を考えながら、コボルト狩りの為に俺は森の中を走り回った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る