第7話他称孔明系男子



万一鎌鼬が帰ってきても時間が稼げるように先ほどの教室から少し離れた空き教室に身を隠す。机を影にし廊下から見えない位置に対面するように座り込んだ。


「ピッキングで鍵開けしてるの初めて見たわ…」


中二病の黒歴史が役に立った瞬間である、まあ田舎の学校で扉が旧式のが多いのもあるが。

お互い少し息を落ち着いたのちにお互いの状況整理タイムにしようか。


「今なら逃げられるけど、どうする?」


現状で取れる選択肢は逃げかこのまま戦うか、大量出血は偽装だったとしても背中を切りつけられてるのは事実、万全の状態でもないのに戦って勝てるのかって話になる。


男としては全くもって情けない限りだが俺が正面切って戦って勝てるわけがない、なので対抗手段を持っているこいつに任せるしかない。

流石にお膳立てとまではいかないが、鎌鼬には仕掛けた罠である程度はダメージを負わせているが、逆に言えばある程度しか与えられていないのでそこから先は電波女に頼りっきりになってしまう。


「ハッ!それこそないわ。事情は詳しく話せないけどここで逃げるっていうのは私は死ぬのと同じようなモンなのよ」


若干青白い顔でこちらの意見を真っ向から否定する、顔には若干憂いを感じるが体調の悪さからだろうか。


死ぬのと大差ない…理由が俺を巻き込んだからとかなら大変申し訳ない気もしなくも…いや、ないな。俺も殺されかけたし。


「あとついでで確認しておくが、応援を呼べたりしないのか?」


電波女の話から推測するに今回の任務が初仕事らしい、それにさっき教室で札を投げつけなかった辺り残り枚数もほぼないのだろう。

ならばこのピンチを携帯なりなんなりで他の人に知らせて応援を ———————「それはできないわ」


「…やっぱり?」


「人払ってのは文字どおり人を寄せ付けない為のモノ、あらかじめ指定していた人ならまだしも、今から誰かを結界の中に入れられるほど私の技術は高くないのよ、申し訳ないけど…」


尻すぼみにだんだん声が小さくなり、謝罪は蚊ほどの声である。

まあボロ雑巾1歩手前までこっぴどくやられているのに誰にも連絡しない辺り、そんな気はしていたので問題ない。


それを前提にこっちも下準備をしているのだから。



————————————————————————



「とりあえず状況を確認しようぜ、こっちの下準備を含めて説明するんで、そっちが使える手札を教えてくれ」


「そういえばさっき煽り散らしてたわね。何?ヘイト買ってるあなたがバラバラにされている間に私が鎌鼬を封印すればいいの?」


「唐突にバイオレンス!?」


この女、背中からズバッと切られてたせいで頭に血が足りてないのだろうか。


「冗談よ、3割はね。私が使える残りの符は封印用のが2枚、攻撃用のが1枚、ロッカーまで行けばもう少しあるけど…この状況じゃ無理よね」


「7割本気なのも冗談だと言ってくれ… にしても攻撃用が1枚か…俺にさっき渡したやつ含めて2枚かな?

というかロッカーってことはやっぱうちの生徒かよ」


教室で簀巻きにしやがった時にキョンシーのごとくご丁寧に顔面に貼り付けていただいた札…じゃなくて符? はしっかり手元に残している。

このまま順調に行けば確実に正面から対峙する機会が発生するはずなので、そこで使ってもらおう。

考えを整理し、前に座る電波女に目を向けるとなんかアワアワしていた。


「…アッ!?ナ、ナンノコト?ワタシコノガッコウハジメテキタ!シラナイ」


う〜ん…大根役者、表情からしてもひどい慌てっぷりである。

いや今更無理だろ、初対面のはた迷惑フラッシュの時点でこの学校の生徒だと宣言していたんだし。

顔を認識できないようにしていた辺り、足がつきそうな身分を明かしてしまったのはマズい事なのだろう。なんとなくわかってたが。

ふふふ、さっき人を生贄にしようとした仕返しである。


「わかったよ、俺はお前が誰かなんて知らないし、今日は学校から家に直帰して飯を食って寝た。そうだよな?」

「…さてはあんたわかってて行ったわね?覚えてなさいよ…でもそういう事にしてもらえると助かるわ。

で、私が鎖巻きにされてる間、あんたは一体どこで何をしてたのよ、キリキリ吐きなさい」


しまった、こいつサディストだった。さっさと話すのでできれば嗜虐心を抑えていただきたい。


「ok、オーエンさん、まあ手短に説明してさっさと移動しますか」



————————————



鎌鼬の影が見る限り学校の中にないことを確認しつつ移動を開始する。


園芸部の皆さん、ふかふかな土を有難うございました、おかげで命拾いしました。あと、荒らしたみたいになってごめんなさい…これも全部、鎌鼬ってやつの仕業なんだ…!

心の中で謝罪しつつ、突風のせいでかなり悲惨なことになってしまった園芸部自慢の畑を後にした。


目指すは被災時のために物資が貯蔵されている倉庫、流石にアイテム無しでラスボスを討伐しようとするほど俺も血迷っていない、ゲームどころかマジで命がけなのでなおさらである。


ふと先ほど息が吹きかかりそうなほど近くにまで寄せらせた鎌鼬の顔がよぎる。

震える両足を強く叩き震えを抑えようとする、が覚悟を決めたと言っても殺されるかもしれないという恐怖に抗うのは一介の学生にはキツいって…


…流石にあいつ、殺されてないよな?


頭を過る最悪のシナリオと、ゴミのように転がる血濡れの惨殺遺体、その様子を想起する。顔から血の気が引いていくのがわかる、体がひどく冷えていく気持ちが悪い感覚。


ただ、そうはならないだろうと、こんな凄惨は妄想にすぎないと確信には至らないにしても思える要素があった。


いつの間にやら尻ポケットに入っていた、赤い半透明なサイコロ大のキューブ、その中には1体目の鎌鼬そっくりな何かが埋め込まれていた、脱出の一瞬で背中に札と尻ポケットにこんなもんを放り入れるとはとんでもなく器用なやつだな。


確かにさっき、2体目の鎌鼬は電波女に封印を解除させると言っていた。希望的観測に過ぎないがこれが俺の手元にある以上、電波女を生かしておく価値は十分にあるだろう。それをわかっていたからあいつは俺のポケットにこれをねじ込んだと…考えたいが。


思考をフル回転させながらも、なるべく校舎から死角になるような場所を通り移動する。気分は蛇の傭兵である、というかそういうことにしておかないとホントに足がすくみそうだ。


倉庫は校庭の端に設置されており校庭は西校舎側、東校舎の窓から脱出したため学校の外周を半周する必要がある。

この状況で焦らずゆっくりというわけにもいかない、何せ推定身を隠すための札は不慮の事故……で半分ちぎれてお陀仏寸前なのだ。いつ効力が切れて居場所がバレてもおかしくない。


息を殺し気配を殺し校舎の外周を右回りに、木陰やよくわからない石碑の影を背にコソコソ移動していると突如辺りの景色が明るくなった。


「は?」


空気が抜けるように漏れた声と一瞬の混乱ののち、見上げると3階の一教室に電気が付いている。


なんだ、何がどうなってんだ、考えろ。


あいつは人払いと言っていたのだ、人の気配が全くなかった以上、他にまだ人がいるとは考えられない。

気絶する瞬間に一瞬見えたのは背中をやられていた電波女、よしんばあの後あいつが逃げることに成功していたとしても少なくともこの状況で電気をつけるなんて下策に走るとは思えない。


消去法だ、電気をつけたのは鎌鼬で間違いないだろう。


野生動物は一般的に夜目が利くはず、もしかして誘ってるのか…?


少し考えればわかる、明らかに自分はここにいるという強烈な主張。


……とするとあんにゃろう、人質を救出しにくるようなバカは簡単に殺せるってか、畜生が!!


人質がとりあえず生きていることがほぼ確実になった安堵感とともに、沸々と怒りが湧いてくる。

事実こちとら特に抵抗するすべのない人間、人質の生存と居場所程度の情報アドバンテージは無きに等しいと判断されたとしか思えない。


よろしい、ならば戦争だ。俺のこと舐め腐りやがったことしっっっかり後悔させてやる…!!


今までの恐怖は吹っ飛んだ。こちとらかなりの負けず嫌いなのである。



————————————



頭を冷やしつつ、むしろこの状況は好機であると考えることにした。俺の気配が完全に消えている現在ならば、鎌鼬に気づかれずに人質になっているであろう電波女の状況を把握することができる可能性が高い。

ただ、こちらとしては負傷者を抱えて逃げられるほど鍛えてないので、逃げるにしても助けるにしても下準備は必須なのは確かである。


だからこそ、だ。傷の様子や拘束されているならなにで拘束されているか、逃げやすいルートと逃走時のブラフ、全てをなるべく早く、かつ気づかれずに準備しなきゃいけない、だからこそ今すぐあいつがどうなってるかを確認するのだ。


若干言い訳めいた主張を心の中で反芻しながら、校庭の方へ背を向けさっき脱出を試みた窓へ向かう。


そして道中にちょっとした違和感を感じた。さっきまでは見落としていたが、ちょうど園芸部の畑に差し掛かる少し手前あたりで地面が不自然にえぐれているのだ。


「…へえ。」


———弱点ではないが、突破口その1、見つけたかもしれない。


早速先ほどの痕跡から連鎖的にプランが組み上げていく。散々に舐めてくれやがった獣様をどういたぶってやるかを考えながら外から校舎の窓に足をかけ、飛び込んだ。

飛び込む先は人を恨む魑魅魍魎が徘徊する伏魔殿、捕まってるのはクソほど口の悪いお姫様、ただ、どっちみち逃げたってどうにもならないなら、こっちも魔界に挑む騎士のように、正義の配管工のように果敢に挑戦するしかないか。



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