第6話かくれんぼで絶対忘れられる系男子



コホッ、コホッ…なんでこんなに煙っぽいのかしら。

咳をするたびに背中の傷が痛む。

教室は鎌鼬の風で舞い上がった埃(?)のせいでかなり煙たくなっていた。


…それにしても、あんな挑発なんてして、あの馬鹿は死に急いでんの、かッっ…!


目の前にいた敵がいなくなった安堵でアドレナリンが切れたのか、意識が薄れるほど背中が痛くなってきた。

吹き飛ばされる前にいた所に目を向けると、真っ赤な血溜まりが広がっていて、私の脳裏に恐ろしい現実を想起させる。


…もしかしなくとも、これ、出血多量で死ぬ?


生気の失われた顔で赤い水溜まりに横たわる冷え切った死体。

そんなことを考えてゾッとした。


そして、その未来はこのままだと、ほぼ確実に自分の身に起こりうる事だ。

薄ら寒く感じたわけでもないのに、自然と体が震える。


_____怖い。


両腕が自由だったら、きっと体を抱き締めてみっともなく泣きじゃくってたと思う。

けど、一般人を巻き込んで、その上逃がすことも出来ずに私は捕まっていて、とても、とても泣けるような気分じゃなかった。


いっそ哀れだ。なんかもう笑えてきた。


「は、ははっ…」


肺から空気が漏れ出たような笑い声がむなしく響く。

そしてだんだんと視界がぼやけてきた。眠りにつく少しまえのように、くらりくらりとする…


…華のJKって、これからはたのしくなるって、うかれてたの…かな?

いしきが、、もう、なんか…ねむいや…


「あっつ!?掃除用具箱ん中あっつ!?」


「…えっ」


木製の扉が子気味よく壁にぶつかった音が閑散とした教室に響く。


思わず声が漏れたのは仕方がないと思う。

だって、放送が流れてから多分1分もたってないし、まさかそんな所から、と自然と掃除用具箱に目がいった。

視界がぼやけてて、居るってことしか分からないけど何となく、目が合ったような気がする。

沈みかけていた意識が驚きで浮き上がった。



「さっきぶり、意外と元気そうでなによりだな」


…この状況で、元気そう。


とりあえず思ったこととしては


______アンタ、後で覚えてろよ。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆





…化け物の目を盗んで、教室や廊下に色々細工をしてたら鎌鼬が想像より早く帰ってきたので焦って掃除用具箱に逃げ込んだのが運の尽き。


くっそあっちい。

うちの学校の掃除用具箱は古き良き木製、いや、古くて良くない木製、当然通気用の穴なんてもんはない訳で…


つまり、外の状況が全くわからない。


穴がないせいで、音すらあまり聞こえないのだ。

なんとなく何か喋ってるなー程度しかわからないのは、この状況では相当まずいだろう。

ホコリ臭いし、つま先立ちしないと体が入らなかったので、かなり無茶な体制なのもやばい。

…マジで二酸化炭素中毒になりそう。

まさに棺桶って感じ。

蛍光色付きの秒針でよかった、暗がりの中で腕時計で時間を確認する。

そろそろのはずなんだけど…


【キーンコーンカーンコーン】


よし、設定時刻ピッタ!

第一段階終了に安堵する。

頼む、うまくいってくれよ…


「そこにいたか!!殺してやるッ!小僧おォッ!」


よっしゃッ!奴さんおキレなさったっ!!

そこそこ厚い木製ドア越しからでも分かるレベルでの叫喚である、これで演技だったら主演男優賞を差し上げるレベルだ。

多分今の教室内では台風の如き暴風が吹き荒れているだろう、その証拠にさっきからドアがガタガタと荒ぶって、隙間から風が吹き込む音がする。。


ん?あー風入ってきた、お〜、隙間風涼しい〜…


ドップラーのように後を引いた怒声が遠ざかると同時に不気味なほど不意に風が止んだ。


…多分もう居なくなってるが、念には念を、1分くらいは出てかない方がいいの、か…?


……。


……いや無理っ!!蒸し死ぬッ!!?


そうと決まれば扉を勢いよく蹴っ飛ばして____!



「あっつ!?掃除用具箱ん中あっつ!?」


「えっ」


はぁ、はぁ、すぅぅぅ…はぁぁぁぁ…あー空気が美味しい!

仕方ないが、ちょっとけむったいけど。


随分ぐったりとした様子の電波女と目が合った。

顔面は真っ青になっているが鳩が豆鉄砲くらったような顔なのが分かる。おもしろ(笑)


電波女のヘタり様を見るに、どっちも(.・・・・)細工に引っかかってくれたようだ。

案外計画が順調でニヤけそうになる表情筋を抑えつつ、少し冗談交じりでお目覚めの挨拶をする。


「おっ、さっきぶり、意外と元気そうでなによりだな」


定まっていない、覚束無い感じの視線だったのが急にギロリと目を細め睨みつけてきた。怖い。

なんか殺気的なのを感じる。


…そんな怖い目で睨まないでください…





☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆





とりあえずそっこー土下座した。

いや、そんなに睨まれちゃ仕方ないよね!


「反省してる気配、感じないわね…」


「ソンナコトナイデスヨー。」


俺の顔は地面と睨めっこしているから表情は悟られないというのに、恐ろしいかな、巫女の感。

深い溜息と共に、息も絶え絶えに話しかけてきた。


「とりあえず、増血剤とか、包帯とか、そういうの、持ってないの?」


「一応拝借してきたがな、多分必要ないぞ。」


体を起こしながら、教卓の下、鎌鼬が絶対に見つけないだろう場所に隠し置いておいた荷物がパンパンのリュックサックを引っ張り出し、中から災害用の大型カッターを取り出す。


「……はあ?」


「実はな、っとチェーンかったいなぁ…!?お前、あんまり出血してないんだよ。」


てめえ冗談言いやがってぶっ殺すぞという視線が突き刺さるが、鎖の切断にかける時間すら惜しいので無視して話を続ける。


「んぐぐぐっ!?…手短に言うと、血みたいに見えるのは血糊だよ、ふぅんっッッ!演劇部から、はぁ、はぁ、拝借…してきた。」


「……はぁ!?」


怒るのも想定内。

なんせ電波女は血を流し過ぎていると勘違いして、さっきから貧血みたいな症状に苦しめられてたっぽいのだから。


「思い込みって凄いって話よく聞くじゃん?

ただの栄養剤なのに特効薬だと思い込まされて飲んだら難病が治ったり、目隠しされた状態で、耳元で何かが焼ける音流しながら腕にただの鉄の棒を押し付けたら火傷したみたいに水脹れになったり。」


「私が聞きたいの、そういうことじゃないんだけど。」


世にいうプラシーボとやらである。いや〜、防災倉庫に被災時用の対策として金属チェーンを切断できるだけのカッターがあってホント助かった。

流石にただのペンチでチェーンを切断するのは、もやしな俺には不可能だ。

解こうにも金属チェーンでご丁寧に蝶結びがされている、とんでもない馬鹿力だ。


不満げな表情と明らかに不服であると言う声色のダブルパンチ。

この話を続けていると機嫌が悪くなりそうなので話を逸らすことにする。


「この状況で一番最悪なのはお前が死んで、誰も鎌鼬に対処出来なくなることだろ?

だから何としてもお前をなるべく安全かつ五体満足で回収するのは状況を覆すための最低条件だったんだよ。」


「それとこれとは関係ないじゃない!!」


「…ちょっと声抑えようぜ」


これがまた関係大アリなんだよなぁ…んっ、かったいな、これ…ッ!


もやしアームの全霊をもって金属チェーンに反逆する。

きぃぃ〜れぇぇ〜ろぉぉぉおおッ!!


バツンッ!という重音と共に鎖は断ち切れ、電波女の身体からスルスルとその拘束が剥がれていく。

硬さとは裏腹にジャラり、と随分軽い金属音が夜の教室にこだました。


ふぅ、ふぅっ…ッあ゛ぁぁ…っかれた゛〜……


今度はこっちが息も絶え絶えになりながら、一応保健室から拝借した包帯や痛み止めなどを放り渡し、急げ、と一応小声で伝える。

聞こえたようで突き刺さるような視線と共に後ろ向いてなさい、と小声で諌められ慌てて後ろに振り向き話を続ける。


「お前がこっそり忍ばせてくれやがったキューブ、あれ、鎌鼬が封印されてんだろ?」


いつの間にかズボンの後ろポケットに忍ばせられていたサイコロ大の赤い半透明のキューブを取り出し、やたらと明るいLED光に透かす。

中央部にはミニチュアサイズになった、どっかで見たことある獣が丸まって納られていた。



「そうよ、風でこっちまで転がってきたから回収しといたってわけ。

私が捕まった時の保険に切りつけられる前にアンタのズボンのポケットに入れといたわ…ってだから何が関係してるのよ、全然ピンと来ないんだけど」


布がスルスルと擦れる音と声を潜めた怒声が耳元に届く。

キレていても大声を出さない辺り、意外と冷静なのかもしれない。


「や、そうでもないよ。

お前に死なれたら、少なくとも鎌鼬はめっちゃ困るはずだ。

何せ、お前が死んだら兄弟を助けられる機会が相当減るんだからな。」


作戦を練るに当たって、真っ先に考えたのは鎌鼬にとっての優先度だった。

その結果、自分達の生存が第一で、次点が俺達を逃がさないことであると結論に達した。


だってめっちゃ兄弟について語ってたし、殺す前に術を解除させるとまで啖呵切って人質をわざわざ生かしてるし、そして何より兄弟の恨みつらみを俺らに吐き散らしているのだからかなり確証があった。

だって、あいつらは兄弟揃って生き残るために鎌鼬というアイデンティティを捨てて、赤紙青紙という都市伝説に化けて出てくる様なやつらだ。


だからさっきの放送もそこを突いて挑発した。


動物はおろか妖怪の生態とかは全く知らないが、1匹目の鎌鼬は家族愛を持っていた、2匹目も助けに入った時に口は悪かったが兄弟に対して熱い思いをわざわざ語ってくれたのだ、そんな分かりやすい弱点を突かないほど俺は綺麗な人間ではない。


そして、だからこそ電波女は死なない程度かつ動けない程度の傷で済んだし、すぐにでも封印を解けるこいつは人質にして俺を誘い込もうとした訳だ。

1階で吹っ飛ばされた時に多分すぐに追撃が来なかったのは封印したキューブを探していたんだろう。その結果、気絶した俺に隠れる時間が生まれたので、俺としては愛、美しきかなって感じだ。


軽く肩を叩かれる。


振り向くと、先程のふらふら感は何処へやらといった感じできっちりと着物を直し、何処と無く雰囲気が凛々しさを感じる巫女が立っていた。

しかし傷だらけで衣装も体も血糊まみれでさらにボロボロである、顔も蒼白だった先程と比べて赤みが戻りつつある、残念ながらとても健康そうには見えないが。


おい、電波感はどこへいった。

お前もそんなに簡単にアイデンティティを捨てるな。


「漸く頭に血が戻ってきたみたい、なるほど、理解したわ。 貴方、拷問されることを予想してたのね。」


「まあ、手足の靭を切られでもしたらどうやっても助けられないと思ったんで。

だから、重症に見立てることを考えみたってわけですよ、ええ。」


言い方が悪いが、1匹目との戦闘を鑑みて思ったのは、しっかりと準備さえすれば、電波女にとって鎌鼬は取るに足らない存在だという事。

それは鎌鼬を下級と罵ったことからも考えられる。

つまり、封印を使える存在をとっ捕まえられたこの状況は、鎌鼬にとって大金星、弟を助ける絶好の機会でもある。


だからこそ、鎌鼬にとっては手加減したはずなのに大量出血を起こしたなんて事態は想定外、見た感じ拷問もされなかったようだし作戦は大成功といった所だろう。


「まあ、危うく拷問されかかったけどね」


「……え゛っ。」


え、マジで?

予想以上に恨みつらみが溜まってたんだろうか。


「しっかりとアイアンクローを喰らったわよ。

なにか一言、あるんじゃないの?」


…殺さない程度に痛めつけることくらい考えとくべきだったか。まあ思いつきでやったことだし、詰めが甘いというか何というかって感じだ。


「えぇっと……すまん。」


「よし、許す。

けど、なんか癪だから一発食らってっ!」


素早すぎる手のひら返しに口が開くがまったく反応できず、しかし振り抜かれた一撃に擬音をつけるなら確実にブォン。


ノーモーションにしては威力の高そうな回し蹴りが俺の太ももに吸い込まれていき____________


「〜〜〜っつッッ!!?!?」


いってぇッ!?こんにゃろ!こっちが絶叫できないのをいい事に一番痛いところに蹴りこんできやがった!!?


あまりの痛さに床をころげる。

なんだかすっごくデジャビュを感じる。具体的にはつい2時間前とかかなあ!!?


「でも、助けてくれたのは事実だし、そこは感謝してるわ……ありがとう。」


見下ろされながら言われてもなんか困るんですけどね!!?

先程までの冷淡な声色から一転、少し気恥しそうに感謝を告げる暴力巫女。



てか正直、今更ツンデレ属性とか属性盛りすぎだし何も有難くねえんですけどねぇ?!?

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