第5話腹括った系男子




…あー、………って頭いったァッ!!?!


尋常じゃないほどの頭の痛みで目が覚めた、バネ仕掛けなんじゃないかと思うような勢いで体を跳ね起こす。周りに見えるのは草木…ってことはここは園芸部の畑か?


マジでくっそ痛い…割れて出血とかないよな…ってヤッバっ!?


頭に傷がないかを探しているような場合じゃないだろ、鎌鼬がすぐそこにいるかもしれないのに何やってんだ俺!?

滑り込むように、我が校の誇る園芸部自慢の果樹を背にして身を隠す。

不幸中の幸い、と言っても絶賛今までの人生で最もハード状況な気がしなくもないが、どうやら園芸部の畑の畝まで吹っ飛ばされ、比較的柔らかい土の上を勢い良く転がった。

おかげで気絶と多少の擦り傷程度ですんだようだけども…


気絶する直前に感じた固い感覚は勢い良く木にぶつかったからか、そう考えたらなんか背中が痛くなってきた気がする。


腕時計で時間を確認、時計の針は7時25分を指していた。

さっき教室で時計見たときが大体7時半前だったような気がする、多分だが意識がすっ飛んでたのはほんの一瞬らしい。


木陰から少し顔を出し、教室の方を確認するがやはり電波女の影も形もない、鎌鼬の姿もだ。


……窓になんか黒っぽい液体が降りかかってるような気がするし、ほっぺたになんか生暖かいのが付いてる気もするが、心の安寧の為に意識から逸らす、多分これけつえ…やめよう、精神衛生上よろしくない。


まこと は かんがえるの を やめた !!


日は完全に落ち月明かりで照らされた夜の学校、しかも半分くらい木造とかマジでホラー映画かって感じである。

…いや、絶賛リアルホラー体験の真っ最中だった、学校の怪談に襲われてるんだから間違いない。


と、そんなくだらない事が考えられる程度に回復したのでとりあえず現状の整理でもするか、というか正直なんかしてないとマジで怖い。


とりあえずまず最初に整理すべきことは…対峙してる奴についてか。

俺を襲ったのは妖怪鎌鼬、風に関する妖怪だった気がする、実際あいつが現れた時に突風が吹いてきたし間違いないと思う。


え〜っと、校舎からここまで10mは離れている、ってことはつまりそのくらいの距離まで人間を吹っ飛ばせるだけの強風を自由自在に操る化け物が俺の命を狙ってるって訳で、肝心の頼みの綱の電波女は生死不明と。


あれー…かなり詰んでるような気がするぞ〜…?


…正直、逃げという選択肢はない。

逃げたら男が廃るとかじゃなく、単純に逃げられると思ってないからだ。


目を閉じるとさっき振り下ろされそうになった鎌が頭を過るし、現に逃げられずにさっきは地面を転がされて惨めに気絶もした。手足が震え始めた、まずいまずい。こういう状況でマイナス思考はダメだ、何もできなくなる。


思考をマイナス方向から無理やり切り替えて状況整理に戻す。

電波女は口では後でどうにでもなると言いながらも、何となく核心的な部分を話さずにほのめかしていた。


・鎌鼬が赤紙青紙の正体である

・動物型の怪物は執念深い

・鎌鼬は物理的対処が通じる


鎌鼬が言っていたことを踏まえての推測だが、現代だと鎌鼬は死んでしまうので、比較的近い雰囲気の赤紙青紙の七不思議になりすました。

しかし赤紙青紙という七不思議として活動している以上学校からは動けない。

そして外の世界で生きるのは化学の進歩によってもう無理と、なるほど?意味わからんし何もわからん。


怪物にとっても現代社会は世知辛い世の中に変わりはないと考えると少し同情する気が湧いて…湧い、て…来ないな。うん。


だとしたら、明らかに不可解なのが気絶している間に殺されなかったことだよなぁ…

転倒中に無敵時間が発生する格闘ゲームじゃないんだし、さっきまで俺が目を回しているうちにいくらでも殺す機会はあったはず。

殺す必要が無くなった…?いや、殺せなかった?


「やっぱりよぉ、おかしいよなァ?おい。」


嗄れた老人の様な声が極近くで響く。ゾクリと背を走る悪寒、全身の毛が逆立つ。

ガサリ、ガサリと草の根をかきわける音が耳に届く。かなり近い。

考え事に集中しすぎて敵の接近に気づけないとか俺はアホか!?いや、アホだな!?

なるべく息を殺し体制を低くするが、声の主はもはや目と鼻の先で―――


真横で茂みがかき分けられていく。鼬としては本来有り得ない二足歩行、直立とまではいかないが前足を器用に使い茂みを掻い潜った。

妖しく輝く蒼の双眸、夜の微量の光を取り込める様に進化した獲物を狩るモノの瞳、鋭い眼光が光って俺を捉えた。


―――あ、終わった。


「気配どころか臭いすらしないのぉ…あんのクソ女、隔離結界の符でも持たせやがったのかァ…?」




…は? 見えてない?


「2度も探していない、となると逃げられたかァ…? 増援が来るのは、ちょいと拙いよなァ…」


後頭部を掻く仕草とか完全に動きがおっさんくせえな…ってこんな状況で俺なに考えてんだよ?!

あまりの異常事態に脳みそがフリーズ、今日はよくカチンコチンになる日だなぁ…(現実逃避)


荒くなりそうになる呼吸を物理的に口を塞ぎ、更になけなしの根性で押し殺す。

鎌鼬のこれは明らかに独り言、さっきから全く目が合わないってことは、ほんとに俺が見えてない…っとォ?!


台風の日でもないと聞くことの無いであろう重く唸るような風の音、間髪入れず突風によって巻き上げられた土煙によって辺り一面が見えなくなる。

辛うじて見えたのは、文字通り吹き飛ばされる様に四足で高速移動し、さっきの窓から校舎に戻っていく鎌鼬の背。

砂煙が収まると、更に気味が悪くなった半木造校舎兼お化け屋敷が目の前に広がっていた。


やり過ごせた、のか…?


なるほど、封印の時に瞬き程度のほんの一瞬で現れたのは、風を利用した高速移動なんて特技をお持ちになりやがってたからか…やっぱり逃げられなくね?

呟いていたことから考えるに、現在俺は何かしらの札で透明になってて、うまく逃げられたと思われている。


というかいくらなんでも夜行性の鼬が、影が薄いって理由で俺の存在に気づかないなんて…ある?いやないだろ…。


いくら隠れんぼで隠れてると絶対見つからないからってハブを食らった俺でさえ、あの近距離で見つからないなんてこと……ないと思う。うん、ないよ。


唐突なエンカウントによる緊張の糸が解けた。勘弁してくれよ…と木を背に押し付け縮こまっていた体が楽な体勢に移る。


ビリリ、紙が破れる音が背中辺りで微かに響いた。

一瞬のフリーズ、その後ダラダラと滲み出てくる冷や汗。


嫌な予感がする。


どうしよう、超絶見たくない…見たくないけど、見ないと、まずいよなぁ…


砂で汚れた学ランをゆっくり脱ぎ、背面を半目でチラ…リ。


うわっ、ヤバ…じゃない、…何も見なかった。俺はほぼ破れたなんか高級そうで凄そうな札なんて見てない。見えない。見たくなかったなぁ…これ、どうしようマジで…







あー、現実逃避終了。


制服の背中側、いつの間にやら張り付いていた荘厳な模様が描かれたで・あ・ろ・う・一枚の紙、背中と木の間で擦れてしまってかなり見るも無残な風貌になっていた、いやまあ俺のせいだけど…

多分、さっき言ってたナンタラ隔離の符?とやらがこのくっしゃくしゃの紙なんだろうな…


死んだような目で虚空を見つめながら深くため息を吐く、どうすっかなあ、これ。


そういえば窓から飛び出す少し前に背中によって少し衝撃を感じたような気もしなくもない、多分電波女が保険で付けといてくれたんだろう、ありがたいんだけどさ、つけるんだったら教えろよ…若者のコミュニケーション能力が心配になってくるぜ全く…(ブーメラン)


もちろんあの状況で伝えてきたらそれはそれでやばいんだけどもね、作戦まる聞こえってことだし。


札の表面を軽く触った感じだが若干ピリピリするところを鑑みるに、多少は効果が残ってる可能性はある…でも漫画とかだと破れたら効果切れるとかザラにあるしすごい怖い、やばい。


…やっぱり今なら逃げるられるか?

一瞬頭によぎる一番楽そうな選択肢、だけど否定材料が山ほどある。


…今、俺がとれる最適解は逃げることじゃない。

あのクソ獣は俺がとっくに逃げたもんだと思っているんじゃないだろうか、増援を呼んでくる可能性まで考えていた。


だけど残念なことに俺にはあいにく陰陽師だの霊媒師だのの知り合いなんていないし、警察に行こうものなら嘲笑されるのなんて目に見えてる。

それに、あいつが学校にいて更に正体まで知ってしまった以上、俺の学園生活上での安全は全く保証されないし。


てかそもそもよ?


「…………はぁ〜…逃げたら人質殺されるなんてお約束だもんな…畜生め。」


腹の底からの深い溜息と一緒に弱音がこぼれる。

だけど、電波女あいつは俺を助ける為に奔走してくれたのは確かだし、窓から逃げられなかったのは、多分俺にも非がある。

決心するために、そういうことにしておく。

別に鎌鼬を倒す必要はない、てか倒せるビジョンが浮かばないし。俺の勝利条件はとりあえず人質の救出して学校からトンズラこく事だ。


なんだったら、俺がここにいないと思われている今しかチャンスはないだろうしなぁ…


無意識に天を仰ぐ。さすが田舎、星が綺麗だあ…


「あ゛ぁ〜〜……やるしかない、か。」


乱暴に後頭部を掻きながら立ち上がる、足取りは重い。

しかし無意識のうちに囁くように口から零れたのは弱音ではなく、これからやることに対する覚悟だった。





☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


【 20時30分 】




「んッ、ぃっッ…!」


体が、瞼が、重い…

インフルエンザの時みたいな気怠さと、焼けるような背中の痛みで目が覚めた。

背中とは対照的にそれ以外の所は恐ろしく寒い…血が相当足りてないってことなんだろう。


どこだろ…ここ。


田舎の学校の癖に見栄張って改装したLEDライトが目覚めたばかりの私には周りが明るすぎて、目がチカチカする。

光から逃げるように視線を下にずらすと金属製のチェーン、しかも御丁寧に南京錠で縛り上げられていた。

スカートは血溜まりに浸かっていた為か、黒く変色していた。

なるほど、道理で体を動かす度に金属の摺れる音がするわけだ。


「いっッ…ははっ、これじゃ、さっきと真逆じゃないの…」


乾いた笑いと一緒にポロリと言葉が零れた。

鎌鼬のヤツ、皮肉が効いている。


クツクツという嗤い声が真後ろから聞こえた。

振り向こうとすると顔の両側を獣の前足で固定され、そのまま無理やり真上を向かされる。


目が合った。

のぞき込むような体勢の鎌鼬、私の眼前には血走った青のまなこと血なまぐさい呼吸音がハァハァと静かな教室に響く。


「質問、答えてくれるよのォ?」


間延びした口調、それに全く似合わない殺意を浴びせる視線。

本当だったら今すぐ殺したいくらいなんだろう。


「弟を封印した匣、どこに隠したのかのォ?一通り隈無く漁ったが見つからんのなァ。」


「ぐうぅっッ!?」


頭に添えられていた両腕が万力のような力で徐々に私の頭を締め付けていく。

ギリッ、ギリッと頭蓋骨が悲鳴をあげる。

痛い痛い痛い痛いいたいいたいっっ!!!


「おっと、痛めつけちゃァ話せるもんも話せなくなっちまうわなァ、すまんすまん。」


「っがッ!?はぁ…はぁ…」


万力みたいに頭を締め付けていた両前足から少しづつ力が抜けていく。


…なるほど、拷問ね。

思ったより簡単な話だ。

こいつ、私があの正体不明野郎のポケットにこっそり匣を入れた事なんてとっくに勘づいてるのだ。


…隣の県のヤツ、よっぽど残酷にコイツの兄弟を殺したみたいね…

精神的に未熟なのに変に強力な力を得るとろくな事にならないなんて、簡単に想像ついたと思うけど。

力に対する責任とか



…まあ、私も大差ないか。


初任務で目撃者どころか完全に巻き込んじゃうし、多分、このまま殺されちゃうし…

もし神様がいるんだったら、もう少しくらい、青春とやらを

謳歌させてくれてもいいんじゃないかなって。


未だに疼く背中の痛みとひび割れそうな頭蓋から意識を逸らすための現実逃避…いや既にこれは走馬灯に近いのかもしれない


再び頭が締め付けられ始める、ーーっっッ!!


「あ、あがッっ…!!?」


「強情な奴よのォ、察しとるんじゃろ?とっくのとうにどこにあるかなんて勘づかれてるという事に。」


「うっ、ぅあァッっ…!?」


「だが、残念じゃったのォ!!」


殺意しか感じなかった視線が変わる。

口角が上がり、血濡れの鋭い牙が顔を出す。

数センチしか顔が離れていなくても分かる、愉悦と憐れみの顔。


「あの小僧、もう儂がとっくに八つ裂きにしてやったわいっッ!!イヒひひひひひひひひっ!!!―


鎌鼬が三日月の様に口角を釣り上げ牙をギラギラ光らせ嗤っている。


呆然。笑い続ける鎌鼬が何を言ったか理解できない。


数瞬惚けた脳みそが否が応でも意味を理解させてくる、血の気が引いて身体中がさらに冷たくなってく。


……え?


息が、血なまぐさかった…

いや、そんなはずはない!?ちゃんと逃げられる様に、気配が薄れるように細工した筈なのに!?


ちゃんと、にげられ、る…ように。。


心が、どんどん暗い底に沈んでいく感覚。


…ああ、私は…誰も、救えないのか。



【キーンコーンカーンコーン】



―ひひ、ひ?」


もう、目の前の化け物と私しかいないはずの学校、夜の帳が下りきった伏魔殿に聞こえるはずのない日常であるケの音。


…だれよ、こんなじかんにチャイムなんて…ッて!?


…チャイム? ってまさかーーー


【ポチッとな、さてと。あー、テスっ】


ブチっと放送が途切れる。なんなんだ、でもこれは…!


数秒後再びチャイムが鳴り響く。


【−––ステス、マイクテス、アーホンジツハセイテンナリ。う゛ッう゛ンッ!、おトイレにお住まいの鎌鼬さ〜ん?!!わざわざ教室の電気を付けてくれたおかげで何処にいるか丸わかり。馬鹿じゃないの?】


私を突き刺していた悪意に満ちた視線は、人を小馬鹿にしたスピーカーの方に向いた。

動物の表情は読み取りづらいものだけど、心做しか鎌鼬の顔に血管が浮いてピクピクとしている気がする。


【まあ所詮獣畜生って事だよねぇ!?仕方ないか。多分お気付きのことと思いますがお前の兄弟は俺が預かってっから、と言っても絶対見つけらんないと思うけどネ、お前バカそうだし】


ちょっと煽りスキル高すぎない…?私ですらかなりイラッときた。

2足で立っていた鎌鼬が、4足歩行状態になる。どちらかというとクラウチングスタートへの移行に感じた。



【で、あとはお前をチョチョイと倒すだけなんだけど、特別に、特別にな?俺優しいからさ、しばらくここで待っててやるから___________】


終始軽薄な雰囲気の放送が急に静まり返る。


【かかってこいよ獣野郎ッッ!!】


「そこにいたか!!殺してやるッ!クソガキッ!」


2方面からの怒声が夜の教室を支配した。


ぞわりと背筋が震えるほどの殺意が振りまかれたその直後、台風なんか目じゃないほどの豪風で体が壁際まで吹き飛ばされ、壁に傷が酷い背中を強く打ち付けた。

すでに目の前に鎌鼬はいない。


ッッ〜〜っ!!!……背中はダメでしょ、特に今は…ッッ〜…




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