四つ目の話 海と賭け

 七月某日。ハナオは海に来ていた。

「海だーっ!」

 赤い水玉のオフショルダービキニに、防水性ホットパンツを合わせた姿は、活発なハナオによくマッチしている。

「キリノちゃんも出ておいでー?」

「いやだ。……はずかしい」

 砂浜から頭だけ出して応えるキリノ。太陽光が苦手なようで、色素の薄いサングラスをかけている。

「じゃあいいやー!おーよご!」

「まて!わかったからおいていくな!」

「よし!」

「くっ!はめられた!」

 キリノに背を向けて、海に走り出そうとするハナオ。キリノが慌てて飛び出した瞬間に振り向いた。

「いいじゃん!似合ってるよ!かわいい!」

「ハ、ハナオがえらんでくれたみずぎだからな、とうぜんだろう」

 キリノの水着は、モノトーンのモザイク柄のワンピース水着。長めの腰のフリルが特徴的だ。白い肌に赤く染まった顔も相まって、クールかつ愛らしい印象にまとまっている。

「ハナオも、よくにあっているぞ。だが、……めのやりばにこまる」

「そうなの?もっと見てほしいのになー?」

「おい!ちかづくな!」

「ほれほれー♡」

 目を逸らすキリノにハナオが迫る。

「やめっ、やめろぉー!」

「あっ!逃げた!」

 素早く砂に潜るキリノ。

「しょうがないなー。うーん、とりあえず泳ごうかな」

 キリノが潜った所をみつめて呟いた。

「……うん。可愛いよ、キリノ」

『…………かわいいぞ、ハナオ』



「──ぷはっ!海サイコー!」

 海面から頭を出すハナオ。息を吸い、またすぐに海中へ沈む。

「(次は海底まで潜っちゃおう!)」

 小さな泡を出し、どんどん下へ。

『……オ』

「コポ?(ん?)」

 水中なのに、声がした気がする。

『ハナオ……』

「コポポ?(な、なに?)」

 否、実際にハナオを呼ぶ声がした。辺りを見渡す。

「みつけた……ハナオ……」

 目の前の地面が盛り上がり、長い緑髪の女が現れた。

「ゴポアアアッ!!(きゃあああっ!)」

「まてぇ!どこにいくぅ!」

 悲鳴を吐き出し、上へ上へと、勢いよく逃げるハナオ。程なくして、海面へ至った。

「──ぷはぁっ!なんなの!今の──ひっ!?」

 しかし、女が追ってきた。ハナオの方に一直線に。そして……。


「落ち着けハナオ!われだ!キリノだ!」

 海面から、海藻を被ったキリノが顔を出した。

「・ ・ ・」

「ちちゅうのほうがおいつきやすい、そうおもったのだが。……ハナオ?どうした?」

「うわぁん!脅かさないでよキリノちゃーん!バケモノに目ぇ付けられたのかと思ったよぉー!」

「よ、よくわからんが、すまなかった……?」

 キリノのお腹に顔を埋め、海水ではないもので目を濡らすハナオ。事態を呑み込めていないキリノは、首を傾げながらも、ハナオの髪を優しく撫でる。

「ふえぇ……。よし!復活!だけどもう少し続けて!」

「えぇ……。めんたるつよいな……」

「でしょ!ふへへー、キリノちゃんのお腹気持ちいいー♪」

「むぅ、くすぐったい……、ハナオのへんたい……」

「なんとでも言うがいい!あたしは離さないよ!」

 今度は口から涎を垂らして、キリノのお腹を水着越しに頬ずりするハナオ。どこからどう見ても変態である。

「ならば、こうだ!」

「ガボバッ!」

 力を入れ、一気に沈むキリノ。ハナオも引きずり込まれる。

「ほっ。どうだ?」

「げほごほっ!死ぬかと思った……」

「あんしんしろ。ほねはひろってやる」

「殺されるー!」

 再び水面に戻ったときには、ハナオは呼吸で精一杯だった。

「そういえば、ハナオは、せんすいがすきだな」

「ケフッ、まあねぇ。海底の方が、面白いじゃん?」

「なるほど」

 ハナオの言葉を聞き、ちょっとした勝負を提案する。

「では、ひとつ、ショウブしてみないか?」

「勝負?」

「どちらがながく、もぐっていられるか。すいちゅうでの、いどうのうりょくでもよい」

「いいね!やろうやろう!どうせだし何か賭けようよ!」

「かけか、よいぞ。なにをかけるのだ?なんでもよいぞ」

「そうだねー?あたしが勝ったら……。勝ったら……、うーん……?」

 仰向けで浮かび、熟考するハナオ。キリノがそっと目を逸らす。

「……めのやりばにこまる」

「……よっし!決めた!あたしが勝ったら、今日一緒に寝よう!」

「そんなものでいいのか?」


「──ただし水着で!」


「…………へぁ?」

「水着で!一緒に寝よう!」

 今でさえ恥ずかしさその他諸々でおかしくなりそうなキリノ。そんな状態で一夜を過ごすなど言われては、全力で回避する他ない。全身真っ赤になって、大きく首を振る。

「む、むむむむりだ!むりむりむり!はずかしすぎる!」

「えぇー♡なんでもいいって言ったよね♡」

「ぐぬう……!」

「さてさて、キリノちゃんはー?なんでもいいよ♡」

「…………ぽっきー1はこ」

「そんなのでいいのー?」

「い・い・の・だ!早く始めるぞ!」

 勢いよく沈むキリノ。大量の小さな泡が昇る。

「え?ちょっと待って!もう少し休憩させてー!」



「そろそろ、はじめていいか?」

「回復確認!あたし、準備完了です!」

 浜辺に立って、屈伸する二人。

「サッチ、よろしく!」

 後ろに立つ、派手なメイクで金髪ポニーテールの、少女に声をかける。

「は、はい……。よーい、どんですっ!」

「「とおっ!」」

 海に走って飛び込む二人。

「……バイトに戻らなきゃですね」

 ちなみに。カラフルウエットスーツに身を包んだ彼女は、図書部の部員で、ハナオの同級生である。こんな姿だが、クラス随一の陰キャだ。



「どうしたハナオ?おそいではないか」

「(……なんで水中で喋れるの?)」

 海中。浮かんでいるように自由に泳ぐキリノは、まるで人魚だ。

「やはり、すいちゅうのほうがうごきやすいな」

「(???)」

「なんだ?われにいいたいことでもある、そんなかおだな?」

「コポポコポ!(いっぱいあるよ!伝えれないけど!)」

「……なんだって?」

「コポッ!(ほら伝わらない!)」

 お互いに見つめ合い、(一方的な)会話をする。

「まぁ、ハナオのかんがえていることは、だいたいわかった」

「(以心伝心だね!)」

「このサングラスのことだろう?これがないと、うみからあがったときに、めがやられるのだ」

「コポ!(違う!そうじゃない!)」

 的外れな回答に、全力で首を振るハナオ。

「ちがったか?ならば、すいちゅうでのこうどうか。われは、ふだんつちのなかだからな。ぶっしつのなかのほうが、うごきやすいのだ」

「コッポ!(それもあるけど!そこでもない!)」

「これもちがうのか?では、すいちゅうこきゅうのことだな?われは、ふだんつちのなかだからな。ながくいきをとめることなど、おちゃのこさいさい、というやつだ」

「コポ……コポ!(へぇ……。でも他のことだよ!)」

「これもちがうか……。じゃああとはなんだ?」

「ゴポ!(ここまで来て!?)」

 水中でリアクションをとっている内に、ハナオに限界が来た。

「コポァ……!(てゆーか、そろそろ息が……っ!)」

「ハナオ、だいじょうぶか?」

「(大丈夫じゃない!)」

「ハナオのためにも、いっておくべきだな。われ、あと7ふんはもつぞ」

「 」

 ハナオは思考停止した。手足を垂らして浮かんでゆく。

「……ハナオ?──ハナオぉー!」



『──!ぺっ!んー!』

「んんっ!?」

 ハナオが目を醒ますと、目の前にキリノの顔があった。

「ん──はあ、おきたかハナオ……」

「キリノちゃん?え?キス?え?」

「ちがう!じんこうこきゅうだ!サッチしに、おそわった」

「ど、どもです……」

 事態が呑み込めていないハナオの頬を、キリノがぺちぺち叩く。

「いいか?ハナオはおぼれたのだ。けっこうあぶなかったのだぞ?サッチしとわれにかんしゃするといい」

「……!理解した!ありがとキリノちゃん!あとサッチ!」

「あ、はい。それでは自分、この辺で……」

「ああ。世話になったなサッチし」

「いえ、こちらこそイイモノ見せてもらいましたので。では」

 そそくさと立ち去るサッチ。

「心配かけてごめんね!でも、キリノちゃんが自らキスしてくれた……!もっかい溺れてくる!」

「やめろー!ほんきでしんぱいしたんだからな!」

「あと訊き忘れたことが!なんで水中で喋れてたの?」

「……ぬ?ハナオ、こえがだせなかったのか?」

「そうだよ?」

「いってくれれば、わかったのだが」

「言えなかったんだって!」

 寝ていた状態から起き上がり、鼻息を荒くする。

「われは、ふだんつちのなかだからな。とくしゅなはっせいほうほうがあるのだ」

「地底民ハイスペックだね!あたし負けるしかなかったじゃん!3分息止めれるのに!」

「そうなるな。われはみじゅくゆえ、10ぷんがげんかいだ」

「じゅうぶんスゴいよ!」

 キリノの小さな身体が、今のハナオには大きく見える。

「なんであれ、われのかちだ。やくそくは、まもってもらう」

「ポッキー1箱だっけ?結局なんでコレにしたの?」

「……いわなきゃ、ダメか……?」

「う、うん!」

 頬を染め、うつむくキリノ。ハナオは、期待して次の言葉を待つ。


「……ぽっきーげーむ……」


「!?」

「ひ、ひとはこぶん……」

「!?!?」

 想定外のデレ言動に絶句するハナオ。

「……われらしくなかったな。わすれてくれ」

「断る!(即答)」

「はやいな!」

「どうせだし、あたしと一緒に寝よう!水着で!」

「みずぎはムリだみずぎは!」

「寝てはくれるんだね♪」




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